第2話

 それは祝日だった。


「来ちゃった」


 朝からインターホンが鳴り、何か頼んだっけと画面を見ると彼女がそんな言葉と共にこちらに手を振っているのが見えた。


「まさか何も連絡も無しに朝から来るとは」

「嬉しいくせに」

「最高の気分です」

「私の事大好きだもんねー」

「今すぐ押し倒してベッドインしたいくらいです」

「それはダメ」

「ですよね」


 そんな軽口を叩きながら俺の部屋へと向かう。ちなみに俺は一人暮らしだ。両親が中々に稼いでいるからというのもあるが、早い内から一人暮らしの生活に慣れて欲しいからと言っていた。


 俺も高校生になるずっと前から、いつかは一人暮らしをしたいなという欲求と憧れが少なからずあったので快く承諾した。

 寂しいという気持ちも勿論ある。けど、両親は渡した生活費を俺なりにやりくりして金銭感覚を今の内からしっかりと身につけて欲しいという事だった。そうすれば、社会に出ても安心だからと。


 そういえば、母さんには内緒だという事で父さんに言われた事がある。



「晴斗、女性を連れ込むのは構わない。だがこの人なら一生を共に出来るという女性だけを連れ込め。分かるな?」

「そんな人がいたらそうするけど、そう簡単にはいかないだろ」

「俺はあまりモテなかった方の男だからな。だがそんな俺でも出会えた人が母さんだ。見て分かるが綺麗だろう?大変だったんだぞ?周りの男共を蹴散らし母さんを落とすのは。それも全て母さんという最高の女性を勝ち取る為に努力し続けたからこそだ」

「だからいつもトレーニングしてるのか……」


 呆れた目で父さんを見る。その体は同年代の中では異質な輝きを放っている。服の上からでもパッと見てこの人は体を鍛えているなというのが分かってしまうくらいだ。そしてその肉体は母さんを落とすために努力したものだと今教えられたわけだ。


「あまり若い内から筋肉をつけるのは良くないとも聞く。だからお前にはある程度のトレーニングしかさせていない。それでも同年代の女性から見ればお前の体は魅力的に見えるはずだ」

「そういう理由で俺もトレーニングさせられてたのか……」

「俺だって孫を早く見たいという気持ちもある。だが何よりも母さんが喜ぶ。そんな母さんを俺に見せる為にも早く彼女を見つけて欲しいんだ父親として」

「最後それっぽい感じで言ったけど、本心は全部自分の為じゃねぇか!!」



 そんなやり取りもあったなと遠い目をしていると、彼女に両手で顔を挟まれる。


「ねぇ聞いてる?」

「ふぉめん、聞いふぇなかっひゃ」

「はぁ、朝まだでしょ?何がいい?」

「あーっと……確か卵があと何個かだったから使い切って欲しいかな。今日買いに行こうと思ってたし」

「卵ね、りょうかーい」


 彼女はそう言って冷蔵庫の方へと向かって行った。そして冷蔵庫から卵やネギなどの野菜を取り出している。取り出し終わると、掛けてあるエプロンを手に取り身に着ける。


「春香」

「んー何?」

「ありがとう、あとエプロン姿最高に可愛いです」

「ふふ、ばーか」


 ニコっとした彼女は本当に可愛い。彼女が手際よく台所で準備している姿をしばらく見つめた後、父さんに教えられてきた簡単な筋トレを始める。

 俺は周囲からどう思われているのかは分からないが、自分では自分をイケメンだとは全く思っていない。だからこそ彼女の為にも自分を磨く努力を惜しまない。


(もう少し体が成長したら今よりも本格的にトレーニングが出来るんだけどな)


 そんな事を思いながら、いつものルーティンをこなしていく。俺がシャツを脱いだ姿を初めて見た彼女の驚いた顔は今でも忘れられない。



 まだ彼女が俺の家に遊びに来て片手で数えられるくらいの頃の話だ。休日だったその日、俺はいつものトレーニングをした後だったので上半身が裸だった。だから上に何か着ようとした所で、今日と同じように彼女が突然家に来たのだ。インターホンに映る彼女を見て舞い上がった俺は、上を着ていないという事が頭から消えそのまま彼女を迎え入れてしまった。


「……すごい」


 ドアを開けて俺を見た彼女は、そんな言葉をポツリと漏らしながら俺の体を人差し指でなぞる。


「……ちょっと我慢出来ないかも、ごめんね」


 そう言った直後、俺の胸に頬をくっつけて強く抱き締めて来た。時折鼻を鳴らしては、ちゅぱっという音を出してキスをしている。


 彼女の突然の行動に驚いていた俺は何も出来ず、彼女の行為をただ受け入れてしまっていた。


「……ねぇ、ちょっとだけ強く私を抱き締めて?」

「あ、あぁ分かった」


 彼女は蕩けた表情で上目遣いをしながら言って来た。俺は彼女の要望通りに背中に手を回し、彼女の目を見つめながら少し強めに抱き締める。その瞬間、彼女の熱い吐息が俺の首にかかる。


「あぁ……んっ」


 熱い吐息と共に漏れ聞こえる彼女の声。一人の男として反応しない訳も無く。


「……晴斗、私からやっておいてごめんね。それはまだちょっと怖いかも」

「ご、ごめんっ!態とじゃなくてっ!でもその、春香にこうなるのは許して欲しい」

「分かってる。嫌だとかじゃないの、寧ろ嬉しいくらい。でもやっぱり最初は痛いとか聞くからどうしても、ね?」

「俺だって嫌われたくないからさ。お互いに覚悟が決まったらその時は」

「……うん、ありがとう」


 そんな空気になっていたからか、俺と春香は初めてそこでキスをした。

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