第18話 ナナシさんの怪(5)
「誰かに押されたんだって」
「
「グループの仲が悪いらしいよ」
「え?じゃあその中の誰かが押したの?こっわー」
翌日。B組にも棚上さんが階段から落ちた話が一瞬にして広まった。やっぱり噂をする生徒達の表情は輝いている。私は何とも言えない居心地の悪さを感じながら心霊現象について考えていた。
「なんだか大変なことになっちゃったね」
隣の席で落合が私に耳打ちする。
「ひとり多かった……」
「え?文香、見たの?もうひとりの子」
落合が興奮したように声を上げた。
「たぶん。見間違いかもしれないけど……。ひとり多いって思った」
「どんな子だったの?」
「それが思い出せない。特徴があればいいんだけど。制服も同じだったし……」
私はこめかみを押して記憶を思い起こそうとする。どこかでこめかみを押すと良いって聞いたことがあったから。不思議なことにひとり多かった生徒の特長を何一つ思い出すことはできなかった。
「怪我人が出た以上は早く解決しないとね……」
落合が深刻な表情を浮かべる。私は落合の正義感の強さに辟易とした。本当に重度のお人好しだ。そういう私は心霊現象を解明するという自分の趣味のためだけに行動している。正義もへったくれもない。
「そうだね」
「まさかこんなことになるなんて……」
昼休み。私と落合はすぐに加河さんと新谷さんに会いに行った。気の強そうな加河さんも愚痴を言うどころではない。顔を青ざめさせていた。
「何があったの?」
私の問いかけに固まってしまった加河さんの代わりに新谷さんが答えた。
「三人で横並びになって喋りながら階段を降りてたんです。そうしたら……突然芽衣の身体が揺れて。誰かが背中を押したみたいな動きでした。でも振り返ってみても誰も芽衣の近くにいなくて……。少し離れたところにいた先輩も芽衣の後ろに誰も居なかったって言うんです」
新谷さんが怯えた表情で後ろを確認する。当然のことながら後ろには誰もいない。
「でも確かにもうひとり、人の気配がしました……」
「ナナシさん……」
ぽつりと加河さんが呟いた。聞き覚えのある名称に私は顔を上げる。
「そうだ!ナナシさんのせいだよ!」
「ナナシさん?何それ?」
落合が首を傾げた。新谷さんも釈然としない様子で加河さんのことを見ている。ふたりのために私がナナシさんについて解説した。
「東雲女子校に昔からある噂話で……。病気で不登校だった子が仲間外れにされて、そのまま亡くなったそうなの。その生徒の霊みたいなものって駒井先生が話してたけど、つくり話だって……」
「だって目の前であんなことが起こったら……それ以外考えられないじゃない!」
加河さんは必死だった。私達が驚いた表情を見せると視線を床に落とす。
「私はやってない!芽衣とは少し嫌な雰囲気になったけど、そんなことしないから!」
そこで私はひとりで納得する。加河さんは心霊現象のせいにすることで己に向けられた疑惑の目を逸らそうとしているのだ。
「ナナシさんよ!ずっとひとり多かったのだって……その幽霊のせいだから!」
「ナナシさんだって……」
「幽霊?怖いね」
心霊現象に関わる噂はすぐに生徒達に広まった。私達の話を聞いていた生徒達が口々に話す。
「そろそろ私達戻りますね……」
新谷さんは加河さんの腕を引きながらC組の教室に戻っていった。
「ナナシさんなんて初めて聞いたな~……。東雲女子校にも学校の七不思議みたいな話があるんだね」
落合がクリームパンを頬張りながら呟く。私達は周りの生徒達よりも遅めの昼食をとっていた。他の子達は教科書や雑誌、スマホを眺めて各々の時間を過ごしている。
私も次の授業に間に合うように急いでお弁当を口に運んだ。
「悪い状況になったかもしれない」
「え?なんで?」
「心霊現象は噂によって力を強める可能性が強い。心霊スポットと呼ばれることで本当に幽霊が寄り付くようになる……言霊みたいにね」
ナナシさんの噂が東雲女子校で盛り上がるとナナシさんという心霊現象の威力が強まる可能性がある。そうするとまた新たな心霊現象が起こるなんてことになりかねない。
私のサイトにも書き込みがされていたように、『ナナシさん』の影響力は少しずつ広がっているようだ。
「へえ~そうなんだ。確かに、皆の思い込みでなんでも幽霊のせいになんてことにもなりかねないよね」
やっぱり『ナナシさん』のせいなのか。そもそもナナシさんの噂が作られたきっかけは何なのか……。
私は黙って卵焼きを飲み込んだ。
放課後。私はひとり棚上さんが落ちて怪我をした階段を見下ろしていた。
校舎は三階建てで、一年生の教室は三階にある。必然的に一年生の方が階段の上り下りが多くなってしまう。
生徒達は部活動に向かい校舎内は静まり返っている。文化部が使用している教室もあるが比較的校舎全体は静けさに包まれていた。
静かな校舎に立っているとオオムカデと対峙した日のことを思い出す。
時計の音が大きく聞こえ、背後に人の気配を感じる。振り返ってみたところで誰もいない。見たところこの階段に違和感はない。
手すりに手を添えて階段を一歩ずつ降りながら考える。後ろから押して階段から落とすなんて……ドラマや漫画で見かけたひと昔前のいじめのようだ。学校でのいじめと言えば陰口に仲間外れ、悪戯の手紙、上履きや靴を隠すなどの手法が思いつく。
もう一歩階段を下りようとしたところで、後ろから声が聞こえた。
「……これでいっしょ……」
「え?」
聞いたことがあるような、ないような女子生徒の声。半分後ろを振り返って私は目を見開いた。
この子は……何だ?
目の前にいるモノが何なのか考える間もなく、私は思いっきり体を押された。振り返ろうとしたせいで手すりから手を離していたことに気が付く。待った……このままだと本当に……床にぶつかる!
床にぶつかる衝撃を想像して思わず目をつぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます