第28話 初めて試合用のユニフォームに袖を通した
大久保監督と林先輩のお母さんが病院に迎えに来てくれて、林先輩は松葉杖を付いて帰り、わたしは監督に連れられて一旦学校に戻った。試合会場に置きっぱなしになっていた荷物は、ニシザーが持って帰ってきてくれて、わたしが戻ってくるのを学校で待ってくれていた。
「長谷川」
「はい!」
大久保先生に呼ばれ、いつものようにぴしっと「気を付け」の姿勢を取る。
「来週からの決勝トーナメントから、林に代えて長谷川を選手登録するから。長谷川はいつでも試合に出れるという覚悟をしておきなさい」
「……」
「長谷川?」
わたしには返事ができなかった。自分が林先輩の代わりになれるわけがないとの思いがある。サッカー部に入って1ヶ月。まだルールの理解すらおぼつかない。いつもなら、直立不動で先生の頭の上を見て大きな声でバカみたいな返事をするのに、はい、と返事ができなくて、がくんと頭を落とすように頷いた。
わたしの肩を大久保先生がぽんぽんと叩いて、職員室の方に向かって去っていった。
先生に代わるように、ニシザーがわたしの荷物を持って近寄ってきた。
「ハセガー、帰ろう」
頷いたが、足が踏み出せない。そんなわたしの背中にニシザーが手を回す。その手に押されるように足を一歩前に出し、二人は並んでバス停に向かって歩き出した。
レギュラーってこんなに重かったっけ
知らず、下唇を噛んでいた。
わたしの背中を雅が擦る。
「私が付いてるよ。ハセガー」
____
朱色に近い赤。
ゴールキーパーは他のプレイヤーと違う色のユニフォームを着なくてはならない。
みんなは上が濃い水色で下が紺色なのに、宮本先輩とわたしだけは上下赤い。袖と体側面には薄いオレンジ色のラインが入っているところと、『Minami』というロゴだけは同じというデザインになっている。
背番号は12で、林先輩の着ていたユニフォームをそのまま譲り受けていた。
同じキーパーのユニフォームを着た宮本先輩が、ハイタッチを求めてきたので、それに応える。
「ハセガーがこんなに早くベンチ入りするとは思ってなかったよ」
宮本先輩は苦笑いする。それから応援席にいる制服の林先輩を振り返って手を振った。林先輩はぺこっと頭を下げると、宮本先輩とわたしに手を振ってくれた。
「次の地区トーナメントまで行ければ、林もまた戻って来れるんだけど」
宮本先輩はため息をついた。
____
決勝トーナメント1回戦。予選リーグと違ってノックアウト方式なので、1回負ければそれで終わりだ。
去年の秋の選手権県予選でベスト4に入った4チームと、2つの予選リーグでそれぞれ1位と2位だった4チーム。合計8チームで勝ち抜き戦をする。
1回勝てば準決勝進出でベスト4に入れる。そうしたら、秋の選手権の県予選では必ず決勝トーナメントに出場できる。
わたしたちの高校には、その決勝トーナメント1回戦の勝利がずっと大きな壁となっていて、決勝トーナメントには出れても勝ち残ることができず、毎年ベスト8止まりだった。
でも、今年は、ポイントゲッターのゴトゥーとテクニシャンのニシザーがいる。そもそも主将の原先輩は、1年生の頃から県内でも有名な
そんな緊張感の中で、わたしだけが違う緊張感をまとっている。
敵も味方もたくさんいるが、この中で自分だけが素人だ。
「でも、もうユニフォーム着ちゃったからなあ」
ユニフォームを着た自分の胸を見下ろした。漠然とした違和感がそこにあった。
そんなわたしを挟んで、ニシザーとゴトゥーが両側に立った。
「大丈夫、もし、ハセガーが出るなんて事態になったら、私がセンターバックに入ってハセガーを守るから」
「そして、あたしがゴールを決めちゃう♪」
「そんな事態にならないことを祈るしかないかー」
ゴトゥーがいつも通り、くるくると回り、更には側転した。けがするぞ、バカっと原先輩に怒られ、ひゃああと叫び声が上がる。いつもの風景で、それを見てチームの緊張感が緩む。原先輩もゴトゥーもわざとやってるんじゃないだろうか。
すると、わたしの指先が暖かい何かに包まれた。
ニシザーの手だった。
「キーパーのユニフォーム、やっぱり似合う、ハセガーはカッコいい」
ニシザーがわたしの耳に唇を寄せて、そう言って笑った。
大きな目が半円の形に細められる。
ニシザーからカッコいいと何度も褒めてもらったけれど、全然慣れない。
特に、今は、わたしの緊張をほぐすために言ってくれたものに過ぎないだろうとも思える。
それでも褒められれば嬉しい。
「うん、ありがと」
わたしはニシザーの手を握り返して、ぶんぶんっと前後に大きく振る。
そして、離す。
ニシザーがわたしの背中をぽんぽんと叩いて、ベンチからピッチに駆け出していった。
ああ、好きだなあ
少しだけ遠ざかった背番号21を見て思う。
肩幅はそんなに広くないけれど、背筋が伸びていてしなやかだ。跳ねるように走る癖がある。
今日は、先週までの雑用係ではなく、リザーブメンバーだから、カメラを構えられないのが残念だ。
あの背中を写真に撮って、自分だけのものにしておきたい。
そう思いながらも、宮本先輩に向かって駆け出した。アップを手伝わなくてはならない。
同じフィールドに近付いた。
今は、それだけで十分だった。
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