大反省会


 お風呂はいい。

 すべての疲れと、心の垢が流れ落ちていく気がする。


 深く湯に浸かり、ふいーっと杏は息を吐いた。


 酒も抜けてくな、と思ったとき、

「杏」

と声がした。


 振り返ると、すりガラスの戸のところに浅人の姿が見えた。


「十時に俺の部屋に来い」


 大反省会だ、と言われ、はーい……と杏は返事をして、また深く湯にもぐった。


 


 髪を乾かし、二階に上がると、ちょうど十時だった。


 さすが浅人。

 計算済みだったな、と思いながら、浅人の部屋をノックする。


 奴は私の部屋を勝手に開けてくれるが、この姉はちゃんと礼儀は守るぞ、という意思表示だった。


「入れ」

と偉そげに言われ、ドアを開ける。


「おおっ」

 テーブルには酎ハイと氷水が置いてあった。


「好きな方を選べ」

と言われる。


「じゃ、じゃあ、普通の斧を」

と言って、ボケが、と言われた。


「口を軽くして、喋りたいなら、酎ハイを取れ。

 酔いを冷ましたいなら、氷水を取れ」


 やはり、なにかの罠か、私という人間を試している気がする、と余計な深読みをしながら、

「じゃあ、水を」

と氷水をもらった。


 風呂上がりなので美味しかった。


 ふうー、とグラスをテーブルに置いて言うと、そのテーブルに頬杖をついている浅人に、

「お前、どうしたいんだ?」

と言われた。


「えっ、どうって……」

「今でも蜂谷と付き合いたいのか」


「……なんでそんなこと訊くの?」


「訊き返すのは自分の気持ちにに自信がないからだな」

と言われる。


 うっ、と詰まった。


「いや、蜂谷を好きじゃなくなったとかじゃないのよ。

 でもさ、蘭にさ、私なら、あんなハッキリしない蜂谷は切るって言われて、ちょっと考えたのよ。


 ハッキリしないから切るとかじゃなくて。

 あそこまでハッキリしないのは、蜂谷がそんなに私のことを好きなわけでもないんじゃないかなと思って。


 いや、まったく好きじゃない可能性もあるけどさ」

と言うと、


「それはねえだろ」

と浅人は言う。


「お前がどんだけわかってるか知らねえが。

 蜂谷、かなりモテんだぞ。


 あれで、誰とも付き合わないでいるのは、そのうち、お前がなにか言ってくるんじゃないかと思って待ってるからだろ」


 それよ、と杏は言った。


「なんで、蜂谷の方が待ってんのよ。

 なんで、私が言ってかなきゃいけないのよ」

と言うと、浅人はこちらを横目に見、


「俺、最近さあ、お前らが上手くいかないのは、俺が最初に揉めさせたせいだけでもないなって思い始めたんだよな」

と言ってくる。


 相性悪いんだよ、と浅人は言い捨てた。


 いや、まあ、そんな気はしていたが、じゃあ、誰と相性がいいのかと言われると、正直言って誰とも良くないな、と思っていた。


 恋愛的な意味では、だが。


「でも俺……すっごい嫌な予感がするんだけど。

 律の親父さん、お前のこと、好きだろ?」


 ないない、と手を振る。


「それはないわ」


「本当か?

 お前、あの課長と、なんにもないか?」

と問われると、なんだか嘘がつけずに、つまってしまう。


「……やっぱりか。

 律にも蜂谷にも黙っておけよ」


 特に律、と言う。


「蜂谷はお前にフラれたと思い込んで、別の女と付き合おうとした不埒な過去があるからいいとして、律には知らせるなよ」


「いや、待ってよ。

 別に課長もそんなんじゃないと思うし、私もそんなんじゃないし」


「そんなんじゃなくて、大人ってのは、関係を持てるのか」


 汚れてんな、と冷ややかに見て言われる。


 待て待て待て、と思った。


「どんだけ妄想膨らませてんのよ。

 ちょっとホテルに連れ込まれて、キスされて、出てきただけよ」

と言ったが、充分だろ、と言われる。


「蜂谷とのための練習だって言われたよ」


「言い訳だろ。

 ……あの課長、モテそうなのにな。


 なんで、お前だ」


「いや、別にそんなんじゃな……」

と言いかけたが、浅人は勝手に、


「たまたまそこに居たからだろうな」

と失礼な結論にたどり着く。


「だいたい、それを言うなら、さっき、律だって」

とつい、トイレに行ったときのことをしゃべってしまう。


「マジか!」

と違う意味で浅人はショックを受けたようだった。


「ぐはっ。

 嘘だろ。


 律に先を越されるなんてっ。


 俺、ファーストキスまだなのにっ」


「嘘っ。

 あんた、いつもチャラチャラしてんじゃんっ」


「一緒にカラオケ行ったりとかだけだよ。

 誰とも付き合ったことねえし。


 キスとかしたこともねえよっ」


「やっぱり、姉弟ねっ。

 私も、この間の課長が初めてなのよっ」

と分かち合おうと手を握ったが、


「……それはちょっとどうしょうもねえな」

と切って捨てられた。





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