第12話 本能
カバンを肩にかけ、生徒玄関を出る。千織は放課後に委員会があるらしく今日は久しぶりに一人だ。だが、校門まで続く道の途中で足を止めた。
「よう。か・る・まくん? 面貸せよ」
立ちふさがる東幸太郎が顎で行き先を示した 校舎裏にたどり着くと、先輩は振り返る。
「昼間は世話になったな」
「…………」
「俺さ、思うんだよ。昼のあれはお前が悪いって。俺は濡れ衣なんじゃねぇかってな」
「…………それで?」
「俺も俺の連れたちもお前に恥をかかされたわけよ。まぁ、お前をボコさなきゃ気が済まないわけ。つーわけで悪く思うなよ?」
気が付いたら東幸太郎のほかに、五人の生徒に囲まれていた。後ろを振り返ると、二人の取り巻きが退路を塞いでいる。合計八人の生徒に囲まれた。
「逃げ場なんて無いからよ。あと、助けなんて期待すんなよ?」
オレに向けられる敵意、殺意の籠った視線。かつて曝され続けた感情。ゾワゾワと興奮で体が震え、眠っていた本能が鎌首をもたげる。
つい舌なめずりをして、口角が持ち上がる。
「なに笑ってやがんだ!」
激高しオレ目掛けて放った拳を横にずれて躱す。何度も何度も拳を振りかざすが、オレに掠りすらしない。冷静さを欠き、突っ込んできたところをさらに躱す。
バランスを崩し、無防備に晒した横っ面に拳をめり込ませた。派手にひっくり返り、鬼の形相でオレを睨みつける。
「てめぇ……。タダで済むと思うなよ!」
その言葉を皮切りに次々と取り巻きが襲ってくる。
「やろうぜぇ! お前らの『愛』をもっとくれよぉッ!」
オレは自分を突き動かす衝動に身を任せた。
※※※
気が付けば夕暮れが濃くなりつつあった。八人もいた先輩たちは、もれなく全員が地べたで伸びている。その内の一人、東幸太郎に近づく。
「なぁ、強いやつと弱いやつの差がなにか。わかるか?」
「わ……わがりま……ぜん」
「理想だ。お前らはどんな理想を求めてオレに攻撃してきた」
「うぇ……? り、理想……」
「強い奴がさらに力を求めんのも。弱い奴が勝てないと知りながら強者の前に立つのも。全て自分の中に理想を思い描いてるからだ」
血と土でぐちゃぐちゃに汚れている東幸太郎を無感情に見下ろす。
「お前からは何も感じない。だから、負けんだよ」
地べたに這いつくばったままの東幸太郎を踏みつけ、歩いていく。
圧倒的な人数差にも関わらず、オレに勝てなかった。この事実は、東幸太郎のプライドを粉々に砕いただろう。
「これであいつらも人生をかけてオレに————…………」
ふと、我に帰り足を止めた。ゆっくりと後ろを振り返るとオレが作り出した惨状が広がっていた。
体を震わせながら立ち上がろうとする東幸太郎の姿を見て、後悔が喉元までせり上がってくる。
現実逃避のため、オレは足早に立ち去った。
帰る気にもなれず、一人になりたくてフラフラと歩いてたら教室に戻ってきてしまった。遠くから吹奏楽部の奏でる音色が聞こえる。教室のドアを開けると千織が椅子に座っていた。何をするでもなく夕暮れの空を眺めている。
「おい……なんでまだ残ってるんだよ」
「なんとなく業ならここに来るかなって。楓から聞いたんだ。業が連れていかれたって」
「…………」
「私も行こうとしたんだけど……止められちゃった。危ないからって」
千織は、申し訳なさそうに笑った。その笑顔がさらにオレの心が締め付ける。
「なぁ……。オレ、怖いんだ」
「怖い? 何が?」
「あいつらに囲まれたとき……あの頃の感覚を思い出した。奪って壊して……ひたすら蹂躙していた頃を……」
「うん」
千織は優しい声でオレの言葉を受けとめてくれる。
「この世界に来て、オレは幸せだったんだ。欲しかったものに囲まれてようやく人間になれた気がしてた。けど、オレは何も変わっていなかった……」
「ダリウス……」
堪え切れずに顔を両手で覆った。変われていなかった現実を直視するのが苦しかった。
「満たされていたはずなのに……。奪いたくもないのに……」
「ダリウス」
「オレは獣だ。生まれ変わっても、人には……なれなかったんだ」
「ダリウスッ」
足音がゆっくりと近づいてくる。
「ワタシは、その苦しみをちゃんと理解してあげられないし、一緒に苦しんであげられない。でもね? ダリウスはしっかり変わってるよ」
「変わってねぇよ……何も、変わってねぇんだ!」
「変わってるよ。だって、ほら」
アリシアは顔を覆っていた手を引きはがす。代わりにアリシアの温かな手がオレの頬を包み、目線を合わせる。
「こんなに苦しんでる」
「……え?」
「昔のダリウスは笑ってたの。でも、今は苦しんでる。だから、変わってるんだよ」
千織の言葉がゆっくりと心に染み込んでいく。
「ダリウス、知ってる? 戦いは奪うためだけにするものじゃないって」
「…………知らない」
「守るためにする戦いもあるの。だから、ダリウスは守るために戦ったんだよ」
「守るって……なにをだ?」
「それはダリウスにしかわからないよ。でも……そうだね。もしかしたら、『みんなと過ごした日々』かもね」
オレが奪われたくないと心から思ったもの。オレが……守るために戦った?
実感はない。けど……心がスッと軽くなっていく。
「もう大丈夫そうだね」
「なにからなにまで、頼りっぱなしで悪いな」
「彼女でしょ? もっと、頼ってちょうだい」
「ずいぶん……たくましくなったな」
アリシアは、夕陽なんて霞むくらいの笑顔を見せる。オレは自分で思っているよりも、アリシアに救われている。そう思わされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます