第11話 決着

 一人で学食に通い始めて一週間が経った。武尊の言う通りあいつらの嫌がらせ行為は日に日にエスカレートしていった。

 肩をぶつけるところから始まり、列の横入り、使おうと思ってたテーブルが汚されていたりとやりたい放題だった。


「お? よかったよかった。今日もいるじゃん。嫌になって泣いて逃げ出したらどうしようかと心配してたんだぜ」


 口元に持って行きかけた箸を下ろす。取り巻きに囲まれた東幸太郎がニヤニヤとオレを見下ろしていた。


「今日もお友達は不在か? かわいそうになぁ」

「オレは学食が好きなんですよ。友達には付き合ってもらってもらってただけなんで」

「へー。お前のお友達と仲良くしたかったんだけどなぁ」

「東雲ですか? あいつ彼氏いるんで恥かく前に諦めた方がいいですよ」


 少しだけ取り巻きがざわついた。横から伸びてきた手がオレのシャツを乱暴に掴む。思い切り引っ張られ、近くで凄まれる。


「おい、立場わかってんのか?」

「ただの親切心ですよ」


 ニコリと笑ってやると、舌打ちをして突き飛ばされた。

 そして、取り巻きからパックジュースを受け取り、ニヤリと不敵に笑う。大きく振り上げるとオレのテーブルに叩きつけた。飛び散るオレンジ色の液体。破れた紙パックからトクトクと大量に中身が溢れてくる。テーブルは汚れてしまったが、運よく制服にかからずに済んだ。


「片付けとけよ」


 そう言い残して学食から去っていく。視線を感じたので周りを見渡すと、遠巻きから見ていたであろう生徒達が目を逸らした。



※※※



 翌日も学食に行こうと四限目が終わるなり机に手をついて席を立った。だが、死角から手が伸びてきてオレの手を握った。


「蒼真?」

「今日も行くの? もうやめようよ!」


 行かせないと言うように、ギュッと手を掴んで離さない。いまにも泣きそうな顔をしていた。


「業くん。いま自分の周りがどうなってるか知ってるの? 業くん、他の生徒から避けられてるんだよ! そんなの、もう耐えられないよ!」


 蒼真に言われて先日の学食での光景を思い出す。関わらないように、巻き込まれないように見て見ぬふりをした生徒達。武尊や勉、柳原も思い当たる節があるのか気まずそうに目を逸らす。


「ごめん、蒼真。気づかなかった」

「じゃ、じゃあ、もうやめてくれるの⁉」

「いや、やめない」


 一瞬、表情に花を咲かせたが直ぐに曇らせる。


「でも、もう終わらせる。だから、手伝ってほしいんだ」

「お! ついに俺の出番か!」

「いや、悪いな武尊。……千織、手伝ってくれ」

「うん、良いよ」

「俺じゃねぇ―のかよ」


 千織はオレの頼みに快く頷く。武尊にもう一言謝罪をしてから、千織を連れ立って教室を出た。


「まったく……。予定が狂ったな」

「皆がワタシみたいにあなたの強さを知っている訳じゃないんだから、文句言わないの」

「文句じゃねぇ。心配されんのも……悪くねぇなって思っただけだ」

「随分と丸くなったわね。それで戦えるの?」

「余裕だ。お前こそ……へますんなよ」

「誰に言ってるの? あんたこそうまくやりなさい」


 学食は、お昼休みが始まったばかりだからか疎らに生徒がいるだけだった。お弁当の千織はまっすぐ席に向かい、オレは昼食を買いに行く。

 ラーメンの乗ったトレーを受け取り席に向かう。たどり着く直前で東幸太郎に道を塞がれた。


「お、今日はひとりじゃねぇんだな。しかも、彼氏持ちの女の子と一緒とか。昨日はあんなこと言っておいてお前も狙ってんのかよ。汚ねぇ野郎だな」

「恋人同士が一緒にご飯を食べる。なにか問題が? 憧れてたんですよね、こういう青春ぽい——」

 

 先輩が腕を勢いよく振り上げ、オレの手に持っていたトレーを弾き飛ばす。スープが制服やシャツにかかり、麺や具材は無残にも床に打ち付けられる。時間差で器が床に叩きつけられ、ガシャン! と音を立てて砕ける。トレーの落下した音を最後に学食内に静寂が訪れた。

 静寂をいち早く破ったのは千織だった。椅子をガタンと鳴らし、眉を寄せてこちらに走ってくる。


「おっと、済まねぇな! 手が滑っちまった。そんな汚れた状態じゃ、彼女と飯なんてくえねぇだろ? なぁ、情けない彼氏の代わりに俺たちと飯を——」

「業っ! 大丈夫⁉」

「…………は?」


 千織は、オレ以外何も見えていないかのように一直線に走ってくる。そして、ハンカチを取り出して、シャツに押し当てる。


「火傷してない!?」

「平気。ちょっと熱かったくらいだ」

「着替えてきなよ! 私が片付けておくから!」

「いや、片付けるよ。俺が汚したようなものだしな」


——『あっ! 君、破片は手で触っちゃ危ないよ!』


 砕けた器の破片に手を伸ばしかけて、思わず手を引っ込めた。ポニーテールの女子生徒が息を切らしながら、ほうきとちり取りを持って走ってくる。


——『片付けは私たちがやっておくから着替えてきなよ』

——『タオル使ってくれ!』

——『新聞紙と雑巾持ってきたよ!』


雑巾を持ってきたり、タオルを渡してくれたり、オレたちを中心にどんどん大きな人だかりが出来ていく。

そんな状況に東幸太郎とその取り巻きは落ち着きなく周囲を見回していた。

 そんな東幸太郎に上背のある女子生徒が近づいていく。


「東、あんたやりすぎだよ。年下相手になにやってんの?」

「は、はぁ? こいつが勝手にひっくり返しただけだろうがよ!」

「私を含めてみんな見てたんだよ! 謝んな!」

「ちっ! 冷めたわ、もう行こうぜ」


 大きく舌打ちをして、人垣を突き飛ばすように無理やりこじ開けて去っていった。



※※※



「全部、計画のうち?」


 箸を止めた千織はオレを伺うように見る。持ち上げた麺を再びスープの中に戻す。


「まぁな」


 そう言って麺をすする。千織は、まだ何か言いたげな視線を向けてくる。


「ユービルム王国流の交渉術だ。強者の余裕を見せつけ、冷静さを欠かせる」

「へぇ? あんたたちの国に交渉術があったなんて驚きね」


 なんて言ってみたが、単純に運が良かっただけだ。

東幸太郎が千織に気が合ったこと。

その事実にオレが気づけたこと。

既にオレと千織が恋人だったこと。

これらの要因が重なったおかげで我慢比べに勝つことが出来た。全て千織がいなければ成り立たなかった。


「千織がいてくれたおかげで助かった。ありがとな」

「どういたしまして。そうそう、私の演技どうだった? 彼氏を心配する健気な彼女」

「アドリブにしちゃ、上出来——って、演技だったのかよ!」

「うそうそ、演技じゃないよ」


 千織は、箸を置いてオレに向き直る。


「無意識に体が動いてたんだ。業なら大丈夫って信じてたんだけどね。それでも、ケガでもしたらどうしようって」

「おいおい、そんなに心配性だったか?」

「私もびっくりしてるんだ。でも、無意識に体が動いちゃうくらい業のこと好きなんだって改めて思ったの」

「そ、そう……かよ。なら良い」


 照れた表情もせず、正面から面と向かって言われ、つい顔を逸らしてしまった。



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