羽化登仙
末座タカ
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暑い屋外から入ると、館内は少し寒いくらいだった。バスの中で注意された通り、薄いカーディガンを持ってきてよかった。薄暗い照明は、落ち着いた感じだが、古さも感じる。
娘がプレゼントしてくれた台湾旅行の二日目。昨日の夕方に空港に到着、すぐにバスで市内のホテルに。チェックインが終わると、もう十二時近く、あとは寝るだけだった。
今日は、一日台北市内観光。明日の午前中にクルーズ船に乗り、横浜港に戻る。
夫の再就職の記念。大学を卒業した息子が家を出て、定年後しばらく無職だった夫が、やっと来月から嘱託で週四日の勤務。
インターネットに記事を書くライターとして、なんとか仕事が入り始めた娘が、仕事の関係で、旅行会社にクーポンをもらって割引だったから、と言う。
「美味しいものを、いっぱい食べてきて」
「そうね、お父さんのお祝いだから、何かしたいわね」
娘が大きく首を振った。
「お母さんの記念よ」
「お父さんは、何もしないから」
ツアーガイドの李さんが、人をかきわけ、こちらに来いと手を振った。遠慮しながら近づく。李さんが人だかりの中の、展示ケースを指し示す。
ケースの中で、木製の展示台に支えられているのは、小さな白菜だった。半透明の石を彫刻したものだ。白い茎と葉の緑。
「上に、バッタがいるのが分かりますか」
「変なものを彫刻するんだね」
夫が言う。
「こちらはどうですか」
「白菜の次はブタの角煮か」
夫があきれたように言った。
中国語で喋りながら後ろから覗き込む、他の観光客が気になってしまう。もっと人のいない展示物はないかと思い、夫たちから離れた。少し離れたケースの中に、小さな四角いものが並んでいた。
やはり石を刻んだものらしいが、半透明な平べったい表面に幾何学的な線彫りがある。ブローチかしら、と思う。身につけるには少し重そうに見えるし、デザインも無骨だ。
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