『見た相手を妹だと“錯覚”する』魔眼を授かった俺は、クラスメイトを”妹”にして溺愛する

うーた

1.『魔眼と妹』

 高校生活初めての夏休みが明けた。康太こうたがノートを取っていると、教室の開け放たれた窓から風が吹き、カーテンが揺れる。

 その拍子に、隣の席の怜亜れいあの机から消しゴムが落ちた。


(拾うか……? いや、やめとこう)


 怜亜はクラスでも有名な美少女だ。黒髪ショートボブの清楚な雰囲気、長いまつ毛に透き通るような素肌。男子からの人気は高いが、誰のアプローチも受け入れず、告白はすべて断っている。


『好きじゃないのに、付き合うなんてできない』


 以前、彼女が友人にそう話しているのを聞いたことがある。


(俺が話しかけても、たぶん迷惑だろうな)


 そう思って、手を伸ばしかけたのを引っ込める。怜亜はすぐに気づいて、何事もなかったかのように消しゴムを拾った。


(……妹だったら、こんなに遠慮しなくていいのにな)


 心の奥に、そんな願望がふと浮かんだ。




 康太の胸には、言葉にできない渇望があった。


「妹がほしい! 妹さえいれば、遠慮せずにとびっきりの愛情を注げるのに!」


 下校中、誰もいない裏道で叫ぶ康太。あまりに切実な願いを口にした瞬間、風が吹き抜けた。


「ククク……少年よ、力がほしいか?」


「……え?」


 黒いコートにとんがり帽子、銀髪を風になびかせた美女が立っていた。まるで童話の魔女そのもの。


「見た相手を妹にする魔眼まがんを授けよう」


「本当か!? ぜひくれ!」


 康太は即答した。妹がほしい。その一心だった。


「この魔眼にはルールがある。一度に妹にできるのはひとりだけ。そして、お前の意志で解除できる」


「なるほど……?」


「だが、正確には『見た相手を妹だと“錯覚”する』魔眼。お前自身の認識が変わるのだ」


「……よくわからんが、問題ない!」


 魔女が康太の額に指を当てた瞬間――


「うっ、目が、目があああああ!!」


 視界が真っ白に染まり、康太は倒れ込んだ。




 翌朝。


(ん……? 妹の怜亜が隣の席か)


 康太は登校すると、隣の席に座る怜亜を見た。目の奥がビリッと疼く。


(そうだよな、怜亜は俺の妹。だから気さくに話しかけてもいい。何を遠慮していたんだろう?)


 ――康太の常識が、書き換わった。


「怜亜、おはよう!」


「……え?」


 驚いた怜亜をよそに、康太は自然に笑う。


「どうした? まだ眠いの?」


「え、いや……お、おはよう?」


(なんだか戸惑ってるな……まだ寝ぼけてるのか?)


「今日、英語あるよな。ペア学習よろしくな!」


「あ、うん……?」


 怜亜は混乱したように康太を見た。


(……なんか様子が変だけど、ま、いいか! 兄妹なんだから、もっと仲良くしなきゃな!)


 康太は満足げに微笑んだ。



(……いやいや、康太くん、どう考えても変でしょ!?)


 怜亜の心の中は疑問でいっぱいだった。


 入学してから今まで、一度も話しかけてこなかったのに。むしろ、人と関わるのを避けているような雰囲気だったのに。


(それが、なんで今日になって急にフレンドリーになってるの!?)


 しかも、距離感がおかしい。妙に親しげで遠慮がない。


 そんな違和感を抱えたまま英語のペア学習を終え、放課後になった。困惑しながらも康太の相手をしていたら、友人の美香みかが興味津々といった様子で駆け寄ってきた。


「ちょっとちょっと、二人って仲良かったっけ?」


「え? いや、別に……」


「へぇ~?」


 美香はじっと康太を観察すると、おもしろそうに目を輝かせる。


「君、怜亜とそんな仲だったっけ?」


「ん? 俺の妹だけど」


「……は?」


 怜亜と美香の思考が一瞬止まる。


「……えっと、康太くん? それ、どういう……?」


「ん? だから、怜亜は俺の妹だぞ」


「え、ちょ、なに言ってんの!? いつから兄妹になった!?」


 怜亜は慌ててツッコむが、康太の表情は至って真剣だった。


「いや、元々だろ?」


「元々じゃないから!」


 康太の常識外れの物言いに、怜亜は混乱した。


 ――しかし、横で話を聞いていた美香はすでに面白がっていた。


「へぇ~、康太くんって意外とノリいいじゃん!」


「……え?」


「最初クール系かと思ってたけど、話してみたら案外おもしろいね!」


 美香が早くも康太と打ち解けてしまったのを見て、怜亜は肩の力が抜けた。警戒して頑なな態度をとっていた自分がバカらしく思えてくる。


「……はぁ。もういいや」


 力なくため息をつきながらも、怜亜は少しだけ笑った。


 そんな怜亜の横顔を見て、康太も満足げに微笑む。



 

(……なんで、ついてくるの!?)


 驚きの連続だった一日を終え、帰宅しようとした怜亜は、当たり前のように隣を歩く康太に思わず声をかけた。


「えっと……康太くんの家、こっちだっけ?」


「まぁ、途中までは一緒かな」


「そ、そうなんだ……」


 変な一日はまだ続くらしい。


 ……でも、もしかして。


 怜亜は嫌な予感を抱く。


(もしかして、私に気があるとか……?)


 康太くんは今まで話しかけてきた男たちと雰囲気が違った。だけど、もしそうなら――はっきり断らなければならない。


 だから、冷たく尋ねた。


「ねぇ、康太くん。……私のこと、好きなの?」


 ぴたりと足が止まる。


 怜亜は視線を逸らさず、康太の答えを待った。


 ――すると、康太はあまりにも軽い調子で答える。


「好きだよ? そりゃあ、可愛くて仕方ないからな」


「……っ!」


 怜亜は一瞬、息を呑んだ。


(……やっぱり)


 少し残念な気持ちになる。康太くんは今までの男たちとは違うと思ったのに――結局、同じだったんだ。


「ごめん。私、付き合うとか無理だから」


 迷いなく拒絶する。怜亜は誰かとそういう関係になる気はない。今まで、散々嫌な思いをしてきたのだから。


 ――だけど、康太の反応は予想と違っていた。


「は? 付き合う……?」


 康太は少し引き気味に首を傾げた。


「いや、まぁ……そういうマンガとかも見ないことはないけど、アブノーマルっていうか……そりゃ、そうだろ」


「……え?」


 怜亜はぽかんと康太を見た。


(なに、この反応……?)


 彼は、まるで恋愛感情の「好き」とは別の意味で答えたようだった。


 次の瞬間――


「ったく、危ないぞ」


「――っ!」


 康太が怜亜の肩を引き寄せる。


 直後、猛スピードでカーブしてきた車が横を通り過ぎた。


「……あ、ありがとう」


 怜亜の胸がドキドキする。


(……本当に、何考えてるのかわからない)


 康太の気持ちが、一層わからなくなった。


「そうだ、週末に肉でも食べに行こうぜ」


「え、でも……」


「怜亜、今月誕生日だっただろ? 誕生月だと半額になるステーキがあるんだよ。身分証忘れるなよ!」


「……」


 康太の押しに、怜亜は頷くしかなかった。


(……この人、本当にどういうつもりなんだろう)



 怜亜を送り届けたあと、康太は家への帰り道をスキップでもしそうな勢いで歩いていた。


「うおおおおお! 妹がいるって、なんて幸せなんだ!!」


 夜の街に響くテンション爆上がりの声。


「俺の心のピースに足りなかったのは、間違いなく妹だ!!」


 そう叫びながら、ルンルンで帰宅するのだった。

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