第30話:ツリートレッキングとチート

 俺たちはツリートレッキングを体験すべく、動きやすい服装に着替えて、ホテルのロビーに集合していた。


「うーん、こういうアウトドア系のアクティビティって久しぶりだなぁ」


 そういいながら、田辺が大げさにストレッチしている。まだ子供が小さい家族の大黒柱なので、運動する機会が減ったのだと、以前聞いた気がする。その隣で、美咲も軽く屈伸をしながら頷いた。


「ですね! 私もデスクワークなのをいいことに、めっきり運動不足ですけど。こういう本格的な運動は久しぶりですね。アスレチックみたいなアクティビティーって、子供のころは気軽にやってましたけど、大人になるとむしろ恐怖が先立ちませんか?」


「ああ、それは分かるな。子供のころにやっていたアナログな遊びって、意外に危険だモノが多かったりするよな。ツリートレッキングは俺もやったことはないが、ホテルのパンフレットを見た感じ、日本でいえば『樹上散歩』って感じらしい――恐怖しかないな!」


 俺がそう言うと、森山が目を輝かせながら割り込んできた。


「いやー、いいですねぇ! 空中アスレチックって感じですか~。ワクワクしますね!」


 森山が俺の隣にやってきてそう言うと、美咲も隣をキープしようとさりげなく位置をずらしてくる。が、


「藤倉の隣は俺のもんだ!」


 田辺ががっつり俺の肩を抱え込んできた。暑苦しい……


「ちょっ、田辺さん!? そこは譲ってくださいよ~。藤倉さんと話せる貴重な機会なんですから」


「いやいや、森山よ。相棒ポジションは譲れんのだよ。直哉の隣を歩くのは俺の役目だからな。はっはっは!」


「えぇー……ずるい」


 森山が残念そうな顔をする横で、美咲も唇を尖らせる。

 すったもんだがあって、結局は田代・森山・俺・美咲の並びでツリートレッキングの会場へと向かうことになった。


 ホテルの正面を抜けると、目の前に広がる芝生の広場が視界に入る。右手には陶芸やガラス細工などのモノづくり体験ができる施設が並び、家族連れやカップルが楽しそうに作業していた。


「お、あれちょっと面白そうじゃないですか?」


 森山が興味津々に指をさすが、田辺が即座に首を振る。


「いや、寄り道してる暇ねぇだろ。まずはツリートレッキングをやってからだ。一応、研修を兼ねた社員旅行だからな」


 俺も実のところ、モノづくり体験に興味をそそられていたのだが、田代の手前、興味なさそうにしてそこをやり過ごす。

 さらに進んでいくと、右手に乗馬エリアが広がっていた。

 数頭の馬がのんびりと草を食み、観光客が高原の風を受けながら優雅に乗馬を楽しんでいる。


「乗馬かぁ……こういう場所で馬に乗るのって気持ちよさそうですね」


 美咲がその様子を羨ましそうに眺める。

 確かに、こういう広々とした景色の中で馬に乗るのは気持ちよさそうだ。高原+馬というセットは、日本のいたるところで見ることができる。


「乗ってみたくなったか?」


「うーん……そうですね。でも馬って思ったより大きくて、ちょっと怖いかもです」 そう。種類にもよるのだが、馬というのは存外デカい。

 乗馬場の馬には、競走馬出身の巨体のサラブレッドなんかも多くいたりして、血統を聞くと有名なスターホースの子供だったりするから面白い。


 さらに歩いていくと、目の前には緑の森が広がっていた。遠目にはただの林にしか見えなかったが、その奥にはしっかりとしたツリートレッキングのコースが用意されている。


「へぇ……ぱっと見じゃわからないけど、ちゃんとしたコースになってるんですね」


「そうだな。ま、どんなもんか、早速体験してみるか」



 現地に到着すると、係員からヘルメット、ハーネス、安全ロープが手渡された。


「よし、装備装着完了!」


 森山が気合を入れてヘルメットを被りながら、ふと何かを思い出したように口を開く。


「あ、そういえば……俺、さっき部屋でジャージに着替えてるとき、藤倉さんの体見たんですけど……鋼のようでした」


「「ほんと(です)か?」」


 美咲と田辺が同時に反応する。


「いや、マジっす。腹筋とか、もうバキバキでしたよ」


「うっそ、藤倉ってそんなに鍛えてたっけ?」


 田辺が目を細めて俺を見ながら腕を組む。美咲も怪訝そうな顔をして俺の方をじっと見つめてきた。


「いや、別にそんなことは……」


 俺が誤魔化そうとすると、田辺が何やらピンときた様子で頷く。


「やっぱりお前、婚活のために鍛えてるんじゃないか?」


「ぶふっ!」


 田辺の一言に、美咲がむせる。


「ま、まさか、婚活のために……」


 顔を赤くしながら、美咲が俺をチラチラと盗み見る。

 いやいや、そんなわけないだろうが。


「違うからな! そもそもまだ婚活なんてしていない!」


「いや、でもお前、最近変わったよな? なんかこう、オーラというか、雰囲気が……」


「そうですよね。なんかこう、たくましくなったというか……」


「ですね。さらに格好よくなったと思います!」


 森山が親指を立てて、ニカっと笑った。

 見てくれの良い森山にそう言われると、悪い気はしないのだが、そんなに体を鍛えた覚えがないので、居心地が悪い。

 このまま色々突っ込まれると面倒だと思い、俺は話を切り上げるように勢いよく手を叩いた。


「よし。準備完了! みんな、楽しむぞーー!」


「……今ごまかしましたよね?」


 美咲がジト目で俺を見つめてきたが、俺は気にせず勢いよく腕を振り上げた。


「さぁ、行くぞ! ツリートレッキングの大冒険だ!」


 勢いに乗って先陣を切ると、森山が”うおぉー!”と拳を突き上げて後に続く。


「冒険って響きがいいですね! まあ、命綱ありますけど!」


「まあまあ、それでもスリルはあるだろ?」


 田辺も笑いながらついてきて、美咲も苦笑しつつ”仕方ないですね”と歩を早める。

 みんなのテンションが少し上がったところで、俺たちはツリートレッキングのコースへと足を踏み入れた。



 いよいよ、ツリートレッキングの開始だ。


 係員の説明を聞きながら、森の中へと足を踏み入れる。

 コースには、木々の間に設置された吊り橋やロープウォーク、ネットクライミング、さらにはターザンスイングやジップラインといった多彩なアトラクションが並んでいるらしい。


 最初のステージは、高さ2~3メートルの木製の吊り橋。

 俺は慎重に足を乗せてみるが、思ったほど揺れない。むしろ、驚くほど安定して歩ける。


「お、意外とちゃんとした作りだな」


 美咲が慎重に足を進めるが、後ろから田辺が声を上げた。


「藤倉~! ちょっと早いぞ!」


 俺は気づけば、すでに吊り橋を渡り終えていた。

 振り返ると、美咲、田辺、森山の三人が橋の途中で奮闘していた。田辺はロープをしっかり握りしめ、慎重にバランスを取りながら進んでいるが、その表情には明らかに余裕がない。

 美咲は足場を確かめるように一歩ずつ進んでいたが、揺れる橋に思わず”ひゃっ”と小さく声を上げる場面もあった。

 森山はというと、楽しそうに見えるものの、足元が不安定で何度もふらつきながら”うおっと”とバランスを取り直していた。


ようやく渡り切った田代は、疲労したらしい膝上あたりをさすっていた。


「お前早すぎだって……」


「いや、普通に歩いただけだけなんだが」


「普通じゃねぇよ! 俺なんかめっちゃバランス取らないとヤバいのに!」



 次に、一本のロープの上を歩く『バランスロープウォーク』に挑戦する。要するに綱渡りだ。

 ロープは細く、両手で張られた補助ロープを掴んで進むが、俺の足はほとんどブレなかった。むしろ、地面を歩くような感覚でスムーズに前へ出る。


「うわっ、さすがに結構揺れるな……!」


 田辺が慎重に前へ進む中、俺はやはり、早々とロープを渡り切っていた。


「えぇ……こんなに難しいのに、なんでそんなに余裕なんですか?」


「んー、なんか体が勝手にバランス取ってくれる感じかな?」


「……絶対おかしいですよね」


 美咲が疑わしげに俺を見ながら言った。

 うん。俺も”なんだかおかしいな~”とは思っているよ。


 次はネットクライミングにチャレンジだ。

 森山が”腕がプルプルする!”と叫ぶ中、俺はほぼ腕の力だけでスイスイ登っていく。


「流石っス……藤倉さん……さす……ばな」」


「確かに、こういうのって結構体力使うはずなんだけどなぁ……」


 美咲は再び怪訝そうな表情を浮かべていた。


 さらに、空中に吊るされた丸太を渡るエリアでは、森山や田辺が慎重に足を運ぶ中、俺は軽くバランスを取りながら、やはりスタスタと進んでいく。


「うわっとっと……。だからなんでそんなに簡単に行けるんだ。藤倉ぁ~!」


 そして、ターザンスイング。

 ロープを掴み、一気に反対側のプラットフォームへ飛ぶ。


「うわぁぁぁ!」


 森山が勢いよく飛び、少し慌てながらも無事に着地。田辺も意外と余裕そうに飛び、ドスンと着地を決める。


「よっし。俺も行くか」


 ロープを掴み、軽く跳躍すると──ほぼ無音で、完璧な着地を決めた


「普通こういうのって、飛びながら微妙に体が揺れたりするのに、先輩の動き、ほとんどブレずにピタッとしてますね……」


「そ、そうか?」


 最後はジップライン。

 ワイヤーロープにハーネスを固定し、森の中を滑空する爽快なアクティビティだ。


「うおおおお!! これは楽しい!」


 田辺が叫びながら滑り降りる。美咲も”きゃあ!”と少し怖がりつつも楽しそうだ。


 俺はというと──


「これは……気持ちいいな」


 風を切りながら、安定した姿勢で滑空していた。

 うん。これは単純に楽しい♪



 1時間ほどツリートレッキングを楽しみ、ホテルへと戻る道すがら、三人が疲労によって口数が少なくなっていたので、俺は思考を巡らせる時間を得た。


 明らかにおかしいな。

 俺は運動が嫌いじゃないが、ここまでスムーズに動けたことは一度もない。

 異世界での経験が、現実の俺に影響を与えているとしか思えない。


「異世界のフィードバックか……」


 以前も料理スキルが向上したことはあったが、今回のこれはレベルが違っている。

 あの世界での厳しいトレーニングが、何倍にもなって俺の肉体に還元されているのを実感できていた。

 体が異常に軽く、動きが無駄なく洗練されている。動体視力や反射神経も向上しているように感じる。


「もはや異常だな……」


 もしかすると、現実世界での俺は、普通の人間の域を超え始めているのかもしれない。そう考えると少し怖い。


 だが──


「いや、これ、かなりお得じゃないか?」


 異世界での経験が増幅されて現実世界にフィードバックされるとするなら、こんなに美味しい話はない。フィジカルだけじゃなく、勉強だって技術の習得だって容易になるってことだ。

 要するにチート行為なのだろうが、俺は結構ワクワクしていた。


 ──だが。


「嘘をついても、なぜか転移しないんだよな……」


 今のところ、異世界に戻る方法がわからくなってしまっている。

 せっかく得たこの力の秘密を探るためにも、俺はもう一度、異世界へ行く必要があるのに……

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