突然の帰還と二度目の異世界転移。そして盗賊団との戦い

第11話:そうだメヒコに行こう

 あの出来事が夢だったように思える。


 7月に入って天井知らずに上がる気温。

 だけど千代田線の冷房は聞きすぎていて、まるで走る冷蔵庫だ。

 乗り換えをする大手町の駅が待ち遠しい。


 異世界の広々とした森や、素朴な村のとは比べものにならない窮屈さ。

 いや、あそこはあそこで殺伐とはしていたが……。

 だけど、俺にとってはやはりことらが"現実"で、何事もなかったかのような日常に素直に身を置いていた。


 確かに最初の数日は、異世界のことが頭から離れず、ぼんやりすることも多かった。

 セシリアや村人たちは、今頃どうしているのだろうか?

 無事に盗賊団から村を守ることができたのだろうか?

 そんなことを考える時間は、日に日に少なくなっている。


 ——でも、一つだけ、明らかに変わったことがある。


 それは料理がしたくてたまらないことだ。




 異世界から戻て6日後となる木曜の夜。

 俺はキッチンに立ち、食材を並べていた。

 明日、会社に持っていくお弁当と、ついでに田辺へ差し入れするための料理を作るためである。


「さて、今日はタコスとフラウタスを作ろう! そうだメヒコへ行こう!」


 メモアプリに書き込んだ通り、事前に材料は揃えてある。

 トルティーヤ生地を作るためのマサ粉、鶏もも肉、牛ひき肉、玉ねぎ、トマト、レタス、アボカド、ライム、各種スパイス、チェダーチーズ、サワークリームなどなど。

 どれも大きなスーパーなら手に入るものばかりだが、以前の俺ならトルティーヤの生地は出来合いの生地を使っていたかもしれない。


 異世界で料理をした影響なのか、今の俺は"うまいものを作りたい"という欲求が以前にも増して強くなっていた。


 まずは、タコスとフラウタスに使う具材の下ごしらえだ。

 鶏もも肉と牛ひき肉を適度な大きさにカットし、それぞれスパイスと塩で下味をつけていく。クミン、パプリカパウダー、オレガノ、チリパウダーなどを振りかけ、スパイスが肉に馴染むように、手でよく揉み込む。


 次に、鶏もも肉をフライパンに投入し、皮目からじっくりと焼き上げる。

 じゅうじゅうと音を立て、きつね色の焼き目がついたら、余分な脂をキッチンペーパーで拭き取りながら仕上げていく。


「よしよし。いい感じだ」


 食材の仕込みが終わると、次はトルティーヤ生地の準備だ。


 ボウルにマサ粉と塩、水を加え、手でこねる。しっとりとした生地がまとまっていく感触が、なんだか心地よい。

 数分ほどこねたら、生地を小分けにし、丸く成形してプレスする。

 フライパンで片面ずつ焼いていくと、表面にぷくっと気泡が浮かび上がった。


「おぉ、これぞまさにコーントルティーヤ!」


 トルティーヤが焼き上がっていくと、コーンの香ばしい香りがキッチンに広がっていった。


 レタスやアボカドをスライスし、ライムもカット。チェダーチーズを削る。

 全ての準備を終えるころには、テーブルの上に彩り豊かな具材が並んでいた。


 出来上がった半分はタッパーに詰めておく。

 具材を好きなようにトルティーヤに乗せて、お好みで食べるスタイルにするつもりだ。


 残り半分で、フラウタスを作っていく。

 俺の勝手な認識では、具材をトルティーヤで筒状に巻いて揚げたものがフラウタス。トルティーヤに具材を乗せてそのまま食うのがタコスだ。

 同じ材料で二度美味しいという寸法よ!


 先ほど調理した鶏肉をメインに、具材を良い具合にのせていく。

 その上に、チーズをパラリと振りかけ、しっかりと巻き込む。

 巻き終わりがほどけないように、つまようじで固定しつつ、揚げ油の温度を確認。

 180度に温まったら、油の中にフラウタスをそっと投入だ!


 ——ジュワワ~


 「……おお、いい音♪」


 ジュワッと油が弾け、トルティーヤの表面がカリカリに揚がっていく。

 菜箸で転がしながら、全体に均一な焼き色をつけていくと、キツネ色の見事なフラウタスが完成した。


 「……やっぱり、料理って楽しいな」


 流れるような動きで手を動かしながら、自然と笑みがこぼれる。

 以前は”食うために作る”って感覚もあったが、今は純粋に"料理そのものが楽しい"と思える。

 異世界で料理を振る舞ったときの、村人たちが驚いた顔や、セシリアが美味しそうに頬張っていた姿を思い出すと、なんだか温かい気持ちになった。


 ——また、あいつらにも食わせてやりたいな。


 そんなことを考えながら、俺は手際よく料理を仕上げていった。




「——で、また手作りランチか。藤倉、お前は一体どこに向かってるんだ?」


 昼休み、いつもの会社のラウンジスペース。

 向かいに座った田辺が、俺の作ったタコスとフラウタスを眺めながら苦笑した。


「どうでもいいじゃんか。さぁタダ飯だ! ありがたく食いたまえ」


「いや、食うけどよ……ほんとOLみたいな趣味してるよな」


「古臭ぇ男女区別すんなよな。だが……そんなOLなら是非嫁に迎えたい! って、いいからさっさと食え!」


 田辺は”はいはい”と笑いながら、タコスを一口頬張った。 次の瞬間、眉がピクリと動く。


「……うっま!」


「だろ?」


「いや、マジでレベル上がってるぞこれ。店で出るなら絶対通ってるぜ?」


 ふふん、と俺は得意げに腕を組む。


 確かに、自分でも驚くほどの出来だった。

 タコスのトルティーヤはもちもちで、フラウタスの皮はパリッと揚がっている。

 肉の味付けはスパイスのバランスが絶妙で、正直、褒められる確信があった。


「いやー、お前本当にどうしたんだ? これ、独学で作ってんだよな?」


「最近料理にお熱なんだよね~。さて、俺もおひとつ……」


 タコスを口に運ぼうとした、そのとき——。


「あの……先輩……?」


 声をかけられ、顔を上げる。

 目の前には、俺の直属の後輩である北沢 美咲きたざわ みさきが立っていた。


「ん? おー北沢じゃん。 どうしたよ?」


「あの……それ、先輩の手作りですか?」


「おう、そうだけど」


「とても美味しそうですね……。私、メキシカン大好きなんです。えっと、その……私も食べてみたいなーって……でも恥ずかしくて、正直話しかけるタイミングを伺ってました!」


 美咲は申し訳なさそうに、だが物欲しそうに俺を見つめてきた。

 小柄な体格に、ふわふわのセミロング。

 丁寧に嫌味のない甘え上手な後輩は、社内でも人気のある女性社員だ——確かまだ26歳だったか?


「ん~俺の手作りで——問題ないか?」


「え? むしろ大歓迎なんですけど……」


 そう言われて、田辺を見る。

 こいつは既にフラウタスを2本目に突入していた。


「お前、よくそんなモリモリ食えるな」


「いや、マジでうまいって。北沢も食ってみろよ」


 俺は少し考えた後”まぁ、いいけどな”と苦笑しながら、北沢に椅子を勧めた。


「やった……ありがとうございます!」


 北沢は嬉しそうにトルティーヤに具材を乗せると、バクっと女性らしからぬ大口でタコスに食らいつく——次の瞬間、目を丸くした。


「え、なにこれ……めっちゃ美味しい……! ほんとに先輩が作ったんですか? すごい、プロみたい……」


 そんなに驚かれると、さすがにこっちも気恥ずかしい。


「いや、大したことはしてねぇよ。スパイスは工夫しているけど、基本的にはレシピ通りだしな」


「えぇ〜? 絶対そんなレベルじゃないですって! お願いします。また作ってください!」


 北沢は小さく手を合わせ、丁寧に頭を下げてくる。

 素直に甘えられるところが、北沢の良いところだ、と俺は思う。


「……まぁ、気が向いたらな」


「やったー! 楽しみにしてますね!」


 ——こういうノリで、つい押し負けるんだよな。

 そんな様子を見て、田辺がニヤニヤしていた。


「そういや、藤倉。週末は何する予定なんだ? なんだったら北沢と——「週末はキャンプだな」


 その手には乗るか!

 俺は週末はキャンプなのです!


「またかよ。お前ほんと好きだな、ソロキャン」


「一人で静かに飯を食うのが好きなんだよ」


 キャンプは俺にとって大事な時間だ。

 仕事や日常の喧騒を離れて、ただひたすら自然の中で飯を食う。

 焚き火を眺めながら何も考えずにボーッとする時間が、俺にとっては最高のリフレッシュだった。


 だが、セシリアや村人たちと野外で囲んだ食卓は、どんなキャンプよりも楽しかった気がするから不思議だ。


「お前、誰か誘えよ。きっと、そっちのほうが楽しいぞ?」


「……まあ、考えとくよ」

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