突然の帰還と二度目の異世界転移。そして盗賊団との戦い
第11話:そうだメヒコに行こう
あの出来事が夢だったように思える。
7月に入って天井知らずに上がる気温。
だけど千代田線の冷房は聞きすぎていて、まるで走る冷蔵庫だ。
乗り換えをする大手町の駅が待ち遠しい。
異世界の広々とした森や、素朴な村のとは比べものにならない窮屈さ。
いや、あそこはあそこで殺伐とはしていたが……。
だけど、俺にとってはやはりことらが"現実"で、何事もなかったかのような日常に素直に身を置いていた。
確かに最初の数日は、異世界のことが頭から離れず、ぼんやりすることも多かった。
セシリアや村人たちは、今頃どうしているのだろうか?
無事に盗賊団から村を守ることができたのだろうか?
そんなことを考える時間は、日に日に少なくなっている。
——でも、一つだけ、明らかに変わったことがある。
それは料理がしたくてたまらないことだ。
◆
異世界から戻て6日後となる木曜の夜。
俺はキッチンに立ち、食材を並べていた。
明日、会社に持っていくお弁当と、ついでに田辺へ差し入れするための料理を作るためである。
「さて、今日はタコスとフラウタスを作ろう! そうだメヒコへ行こう!」
メモアプリに書き込んだ通り、事前に材料は揃えてある。
トルティーヤ生地を作るためのマサ粉、鶏もも肉、牛ひき肉、玉ねぎ、トマト、レタス、アボカド、ライム、各種スパイス、チェダーチーズ、サワークリームなどなど。
どれも大きなスーパーなら手に入るものばかりだが、以前の俺ならトルティーヤの生地は出来合いの生地を使っていたかもしれない。
異世界で料理をした影響なのか、今の俺は"うまいものを作りたい"という欲求が以前にも増して強くなっていた。
まずは、タコスとフラウタスに使う具材の下ごしらえだ。
鶏もも肉と牛ひき肉を適度な大きさにカットし、それぞれスパイスと塩で下味をつけていく。クミン、パプリカパウダー、オレガノ、チリパウダーなどを振りかけ、スパイスが肉に馴染むように、手でよく揉み込む。
次に、鶏もも肉をフライパンに投入し、皮目からじっくりと焼き上げる。
じゅうじゅうと音を立て、きつね色の焼き目がついたら、余分な脂をキッチンペーパーで拭き取りながら仕上げていく。
「よしよし。いい感じだ」
食材の仕込みが終わると、次はトルティーヤ生地の準備だ。
ボウルにマサ粉と塩、水を加え、手でこねる。しっとりとした生地がまとまっていく感触が、なんだか心地よい。
数分ほどこねたら、生地を小分けにし、丸く成形してプレスする。
フライパンで片面ずつ焼いていくと、表面にぷくっと気泡が浮かび上がった。
「おぉ、これぞまさにコーントルティーヤ!」
トルティーヤが焼き上がっていくと、コーンの香ばしい香りがキッチンに広がっていった。
レタスやアボカドをスライスし、ライムもカット。チェダーチーズを削る。
全ての準備を終えるころには、テーブルの上に彩り豊かな具材が並んでいた。
出来上がった半分はタッパーに詰めておく。
具材を好きなようにトルティーヤに乗せて、お好みで食べるスタイルにするつもりだ。
残り半分で、フラウタスを作っていく。
俺の勝手な認識では、具材をトルティーヤで筒状に巻いて揚げたものがフラウタス。トルティーヤに具材を乗せてそのまま食うのがタコスだ。
同じ材料で二度美味しいという寸法よ!
先ほど調理した鶏肉をメインに、具材を良い具合にのせていく。
その上に、チーズをパラリと振りかけ、しっかりと巻き込む。
巻き終わりがほどけないように、つまようじで固定しつつ、揚げ油の温度を確認。
180度に温まったら、油の中にフラウタスをそっと投入だ!
——ジュワワ~
「……おお、いい音♪」
ジュワッと油が弾け、トルティーヤの表面がカリカリに揚がっていく。
菜箸で転がしながら、全体に均一な焼き色をつけていくと、キツネ色の見事なフラウタスが完成した。
「……やっぱり、料理って楽しいな」
流れるような動きで手を動かしながら、自然と笑みがこぼれる。
以前は”食うために作る”って感覚もあったが、今は純粋に"料理そのものが楽しい"と思える。
異世界で料理を振る舞ったときの、村人たちが驚いた顔や、セシリアが美味しそうに頬張っていた姿を思い出すと、なんだか温かい気持ちになった。
——また、あいつらにも食わせてやりたいな。
そんなことを考えながら、俺は手際よく料理を仕上げていった。
◆
「——で、また手作りランチか。藤倉、お前は一体どこに向かってるんだ?」
昼休み、いつもの会社のラウンジスペース。
向かいに座った田辺が、俺の作ったタコスとフラウタスを眺めながら苦笑した。
「どうでもいいじゃんか。さぁタダ飯だ! ありがたく食いたまえ」
「いや、食うけどよ……ほんとOLみたいな趣味してるよな」
「古臭ぇ男女区別すんなよな。だが……そんなOLなら是非嫁に迎えたい! って、いいからさっさと食え!」
田辺は”はいはい”と笑いながら、タコスを一口頬張った。 次の瞬間、眉がピクリと動く。
「……うっま!」
「だろ?」
「いや、マジでレベル上がってるぞこれ。店で出るなら絶対通ってるぜ?」
ふふん、と俺は得意げに腕を組む。
確かに、自分でも驚くほどの出来だった。
タコスのトルティーヤはもちもちで、フラウタスの皮はパリッと揚がっている。
肉の味付けはスパイスのバランスが絶妙で、正直、褒められる確信があった。
「いやー、お前本当にどうしたんだ? これ、独学で作ってんだよな?」
「最近料理にお熱なんだよね~。さて、俺もおひとつ……」
タコスを口に運ぼうとした、そのとき——。
「あの……先輩……?」
声をかけられ、顔を上げる。
目の前には、俺の直属の後輩である北沢
「ん? おー北沢じゃん。 どうしたよ?」
「あの……それ、先輩の手作りですか?」
「おう、そうだけど」
「とても美味しそうですね……。私、メキシカン大好きなんです。えっと、その……私も食べてみたいなーって……でも恥ずかしくて、正直話しかけるタイミングを伺ってました!」
美咲は申し訳なさそうに、だが物欲しそうに俺を見つめてきた。
小柄な体格に、ふわふわのセミロング。
丁寧に嫌味のない甘え上手な後輩は、社内でも人気のある女性社員だ——確かまだ26歳だったか?
「ん~俺の手作りで——問題ないか?」
「え? むしろ大歓迎なんですけど……」
そう言われて、田辺を見る。
こいつは既にフラウタスを2本目に突入していた。
「お前、よくそんなモリモリ食えるな」
「いや、マジでうまいって。北沢も食ってみろよ」
俺は少し考えた後”まぁ、いいけどな”と苦笑しながら、北沢に椅子を勧めた。
「やった……ありがとうございます!」
北沢は嬉しそうにトルティーヤに具材を乗せると、バクっと女性らしからぬ大口でタコスに食らいつく——次の瞬間、目を丸くした。
「え、なにこれ……めっちゃ美味しい……! ほんとに先輩が作ったんですか? すごい、プロみたい……」
そんなに驚かれると、さすがにこっちも気恥ずかしい。
「いや、大したことはしてねぇよ。スパイスは工夫しているけど、基本的にはレシピ通りだしな」
「えぇ〜? 絶対そんなレベルじゃないですって! お願いします。また作ってください!」
北沢は小さく手を合わせ、丁寧に頭を下げてくる。
素直に甘えられるところが、北沢の良いところだ、と俺は思う。
「……まぁ、気が向いたらな」
「やったー! 楽しみにしてますね!」
——こういうノリで、つい押し負けるんだよな。
そんな様子を見て、田辺がニヤニヤしていた。
「そういや、藤倉。週末は何する予定なんだ? なんだったら北沢と——「週末はキャンプだな」
その手には乗るか!
俺は週末はキャンプなのです!
「またかよ。お前ほんと好きだな、ソロキャン」
「一人で静かに飯を食うのが好きなんだよ」
キャンプは俺にとって大事な時間だ。
仕事や日常の喧騒を離れて、ただひたすら自然の中で飯を食う。
焚き火を眺めながら何も考えずにボーッとする時間が、俺にとっては最高のリフレッシュだった。
だが、セシリアや村人たちと野外で囲んだ食卓は、どんなキャンプよりも楽しかった気がするから不思議だ。
「お前、誰か誘えよ。きっと、そっちのほうが楽しいぞ?」
「……まあ、考えとくよ」
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