第14話

「悪い…、手が滑った」


 教室の中は状況が理解できなくて全員が固まってしまってる。俺はただ柴村を睨みつけていた。


「おい!変な音がしたぞ!」


 教室の静寂を破ったのは先生だった。俺が机を放り投げて窓を割った音が廊下にいた先生からも聞こえてたようだ。


「何が起きた!状況を説明しろ」


 先生は割れた窓を見て窓が割れたのは理解出来たけど状況が理解出来ないようだ。


 教室の奴らは俺を見てるけど言っていいのか迷っていた。いつもなら水野が割ったって躊躇わずにすぐに言うのに今はただ俺を見ていた。いつも見てる水野祥太と違いすぎて困惑してるのだろう。


「あちゃー!あちゃちゃちゃちゃ。思ったより飛んじゃったなぁ」


 いつもの通りの水野祥太に戻り先生に適当な言い訳を述べる。そんな俺を見て教室の皆んなは一安心したように息を吐いた。ごめんな、ビックリさせちゃって俺の変な行動に付き合わせちゃって。


「何だまた水野か!何が思ったより飛んじゃった、だ!早く机を取りに行って、ガラスの掃除をしろ!」


「へい!」


 陽気に返事をしていつもの水野祥太だとアピールする。いやーどっちにしよっかな?先に机取りに行った方が良いかな?


「ったく、しょうがねぇなぁ」


「さすが水野。また面白い事やってんじゃん」


「これはまた奢って貰わないとな」


 クラスのバカ共が俺の周りにワラワラと集まってガラスの掃除の準備を始めた。


「ガラスの掃除は俺たちに任せてお前は机取りに行ってこいよ」


 早乙女が俺の背中を押した。押す力がちょっと強かったからよろけてしまう。


「お、お前ら。うぅ〜やっぱり持つべきは友だな〜」


 俺がやったのは泣く真似だけど、ここだけの話本当にちょっとだけ泣きそうになったのは恥ずかしいから墓場まで持っていくつもりだ。


「そんなんいいから早く行ってこい」


「ありがとうな、お前ら」


「おう」


 お前ら普段めちゃくちゃキモいけど今日はどんなアイドルよりもかっこいいからな。俺に言われても嬉しくないんだろうけど。


「水野」


「はい」


 先生に呼び止められた。


「後片付けが終わったら生徒指導室に来い」


「分かりました」


 これは説教が確定したし、机を放り投げてガラスを割ったんだから謹慎もあり得るな。


 謹慎って相当悪い事しないと出来ないからな、転生前じゃあり得ない事をやってしまったな。なのに気分が良い。めちゃくちゃ良い。脚が軽い。今の俺に追いつける奴いる?今の俺だったらスキップしちゃうもんね、こんなの先生に見られたら余計に怒られるな。


「これ誰がやったの?」


 用務員さんが先に落ちた机の場所に来て不思議そうに机を眺めてた。


「すみませーん!その机俺がやっちゃいました!」


「ん?水野くん?これ水野くんがやったの?」


 あの初めて校舎裏で久田ちゃんが3人組に絡まれてる所を見た時に手伝った用務員さんと知り合いになってた。たまに出会ったら話す程度には顔を見知ってる。


「はい、ついやっちゃいました」


 テヘヘと手を後頭部に持っていきヘラヘラ笑う。


「いや〜毎回水野くんには驚かされるよ」


「ははは」


「ここはもういいよ、私がやっておくから。机持ってていいよ」


「え、良いんですか?」


「良いよ良いよ、水野くんにはいつも世話になってるからね」


 おいおいおい、何回も俺を泣かせにくるんじゃねぇよ。俺が今水野祥太じゃなかったら100%泣いてからな。


「ありがとう!」


 お礼を言って机を持って教室へと向かった。


 水野の周りはこんな良い奴に囲まれてるんだな、ちょっとだけ羨ましいよ。


「待って!」


「ん?」


 教室に向かう途中で新色が俺を呼び止めた。


「どういう事?」


 そら、1番困惑したのは新色だろう。だってあれだけ俺は関わらないの一点張りだったのだから。でも、もう決めたんだ、もう推しを泣かせないって。


 正直原作の事は分からない。でも、今後悔しない道を選んだ結果がこれだ。


「あの時、全然私の言葉を聞こうとしなかったのに…」


 怖かったよな、信じて相談にした相手が信じてくれなかったのは。


 ムカつくよな、信じなかった奴が急にやる気出すとか。


「ごめん。信頼してくれてたのに俺はそれを聞こうとしなかった。…でも!」


 机から手を離して新色の手を取る。


「…え、いや、ちょっ!」


 こんな推しの言葉より原作を優先するキモい奴に手を握られるのは嫌かもしれない。でも、ちゃんと俺の意思を伝えるから聞いててくれ。


「俺、頑張るから!片方なんか俺らしくない。欲張りでわがままで不器用だけどちゃんと両方手に入れる」


 新色からしたら何言ってるか分からないだろうけど、俺の気持ちはちゃんと伝えたい。


「も、もう分かったから…」


「待って、まだ伝えたいことがあるから」


 手を離そうとしてきたけど、まだ俺には伝えないといけないことがある。


「今まで辛かっただろうけどもう大丈夫だから、あとは俺に任せといて。俺が絶対に終わらせてくるから」


 言葉と態度で新色を裏切ったのなら言葉と態度で誠意を示さないとな。


「絶対に幸せにしてみせる」


 新色と久田ちゃんを。まぁこれは言葉にしなくても分かるだろう。


「…う、うん」


「あ、ごめん。近すぎたよね」


 この馬鹿タレ!推しにそんな顔させるな!あと、近付きすぎだよ、ファンと推しの距離感を間違えるな。

 

 でも、ちゃんと言葉で伝えたかったんだ、じゃないと不誠実だ。


「とりあえず今回は俺に任せてほしい!サラサちゃんにはもう危険な目には遭わせない」


「…うん」


 ちょっとは信用を取り戻せただろうか。でも、全然だ、言葉だけじゃなくて今度は態度で示していこうと思う。


 





 その後机を教室に運んだ後無事に生徒指導室に連行された。


 クソッ忘れてると思ってたのに。


 



「お、帰ってきたぞ」


「で、どうだったんだ?」


「半日謹慎だってよ」


「だぁははは!聞いたことねぇよ半日謹慎なんか!」


「お前それただの早退じゃねぇか!」


 生徒指導室に連行された後、先生にたっぷりと説教をしてもらった。本来は1週間なところお前だからという理由で謹慎は許してもらえたけど、謹慎っていう形は取りたいから半日謹慎になった。


 水野祥太の力ってすごいな、謹慎の期間を減らすことが出来るのか?恐るべし。


 で、半日謹慎になってしまったから俺は帰る準備を始める。

 

「うぅ〜もうみんなと会えないの寂しいよぉ」


「明日になったら普通に学校来るんだろが。さっさと帰れ」


「冷てぇな」


 さて、じゃあ帰りますか。



 と、その前に


「いやぁ〜日頃の行いが良かったから助かったよ。やっぱり日頃の行いって大切だなぁ」


 不自然に大きな声を出してわざとあいつらに聞こえるように言った。


 どうしてわざわざ大きな声で言ったのかって?…後々分かるよ。











 …暇だ。


 家にいるのが暇だと思うのなんて初めてだ。学校にいたらアホ共が嫌でも俺に構ってくれるからな。まぁでも、まだ全然家の方が好きなんだけどね。


 どうしよっかなぁ、暇だしゲームでもしよっかな。

 

 


 ピンポーン



 インターホンが鳴った。


 ありゃ、もう来てくれたんだ。思ったより早かったなぁ。


「はーい」


 ちょっとだけ身だしなみを整えて玄関に向かう。


 いや、最初から身だしなみ整えとけよ、と思うかもしれないけどギリギリじゃないと出来ないんだよなぁ。


「やぁ、来てくれたんだね」


「あ?お前が呼んだんだろ」


 まさか俺の家に久田ちゃんが来てくれるなんて…、感無量です。


「こんな所じゃなんだし上がってよ」


 久田ちゃんを家の中に入るように促す。


「入んねぇよ」


 さすが久田ちゃん。やっぱり久田ちゃんは他人の家に入らないよな。


「はい、プリント」


「ありがとう」


 久田ちゃんはぶっきらぼうに学校のプリントを俺に渡してきた。このぶっきらぼうのところが可愛いんだよなぁ。


 ちなみに久田ちゃんにプリントを持って来させたのは俺だ。先生にお願いして絶対に久田ちゃんに持って来させてと頼んだ。


「で、理由は?」


「ん?何が?」


「とぼけんな。お前があんな事した理由!」


 あんな事とは多分、いや絶対に机を投げ飛ばした事だろう。


「あれ、見ててくれたんだ。嬉しいなぁ、結構飛んだでしょ?」


「ふざけんな、真剣に答えろ」


「…柴村たちに嫌がらせされてたでしょ?」


「…チッ。で、頼んでもないのに私を助けようとしたのか?…は?誰が頼んだ?私がいつ助けてって言ったんだよ!」


 久田ちゃん俺の胸ぐらを掴む。


「いつ私があいつらに負けたんだよ。お前はあれを見て弱い者イジメに見えたのか?だったらそのヒーロー気取りなんかやめろ!」


「ごめん」


「迷惑なんだよ。もう私に構うな」


「ごめん」


 しょぼ〜ん。推しにめちゃくちゃ怒られたんですけど、推しとの距離感間違えちゃった。


「でも、ハルカちゃんは一つ間違ってるよ」


「あ?」


 俺には久田ちゃんに言わないといけない事がある。


「俺は別にヒーロー気取りになった訳じゃない」


 俺はそこは弁えてる。俺は主人公じゃない、主人公は早乙女で俺は親友ポジなのだから。


「俺を助けてほしい」


「…へ?」


 予想してない答えが出てきて久田ちゃんはビックリしてる。


「情けないけど俺を助けてほしいんだ。俺1人だったら何も出来ないし逆に仕返しされちゃうのが目に見えてる」


 まだ心を許してない久田ちゃんに助けてあげるは逆効果だ。だから俺は久田ちゃんに助けを借してもらうことにした。


「馬鹿でしょ?そんな馬鹿を助けてくれない?俺1人だったら何の力も無いけどハルカちゃんがいればあいつらをやっつける事が出来る」


 ここで俺は久田ちゃんに手を出す。


「だからお願い!俺と協力して!俺らに負けたあいつらの情けない顔を一緒に見よう!」


 お願いします!手を取ってください!ここで手を取ってくれないと俺が終わる。


「…ふっ、なにそれ」


 さっきまで怒ってたとは思えないほど柔らかい表情になる。


「…今回だけだから」


 そう言って久田ちゃんは俺の手を取ってくれた。


「ありがとう!」

 

 嬉しい、俺の提案に乗ってくれた事が嬉しいのか、久田ちゃんの手を触れた事なのかは分からない。


「やるからには失敗は許さないから」


「うん」


「で、作戦はあるの?」


「あるよ」


「どんなの」


「作戦名は伏線回収作戦、だ」


「ださっ」















 …カッコいいと思ったんだけどなぁ。


 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る