第13話

 間違ってない。俺は間違ってない。なのにどうしてこんなにも苦しくて辛いんだ?じゃあ間違った事をしたら俺は解放されるかって言ったら、まぁ一瞬は解放されるかもしれないけどまた別の辛さと後悔が押し寄せてくる。


 だから俺は間違えない。絶対に。


 





「ヤース」


「ナース」


 今日も相変わらず独特なあいさつから始まる。


 チクショー明日俺がナースって言うはずだったのに先に言われちまったよ。ナースが使えないから明日言うやつもう決めとかないとな。それにしてもこいつもナースを思いつくとはな、中々やる奴だな。


「昨日のアニメ観た?」


 意外にもこっちの早乙女はアニメを観るみたいだ、原作だとそんな設定無かったような気がするけど、わざわざそんな事書かないし言わないか。早乙女はアニメを観るって。


 もしくは俺の方の水野祥太がアニメが好きだから観たって言ったのかもしれないな。原作の方は観そうに無さそうだったから。


「当たり前だろ。昨日のは正直神回でした」


「な!やっぱりそうだよな!あれだけで今期の覇権になると思うな」


「それは言い過ぎだろ」


「言い過ぎじゃないって」


 まさか早乙女とアニメを語れるとは思わなかった、だってこいつゲームの世界の奴だぜ?ゲームの世界の奴と今期のアニメを語れるなんて誰が思う?


 いやーこれだったら非常に楽勝ですわ。これで親友ポジが務まるなら急にヌルゲーになってくるな。楽なら楽な程良いからな、バイトと一緒で。バイトした事無いけど。


 早乙女との会話を弾ませながらチラッといつもの3人組の方に目を向ける。


 俺ももう見るなよ、見るから気になるんだろうが。これが文化祭まで続くから気になってたらキリがないぞ。


 でも、ちょっと気になったらもうそっちにしか気が向かない。見るだけ辛いだけだぞ、絶対に辞めておいた方がいいぞ。


 ん?いつもと方向が違うぞ?そっちは久田ちゃんの席じゃないぞ?


 3人組の行方を目で追っていくと段々と新色に近づいていく。いや、まさかな。いやいやいや、そんなまさか、…ね?


 


「ごめん。手が滑っちゃった」


 久田ちゃんに見られてた光景が新色で見る事になった。


 は?は!?は?!は?どうしてこうなった。どうして久田ちゃんに向いてた矢印が新色に向く事になるんだよ!


 3人組はニヤニヤしながら教室から出ていくのを見て別に相手を間違えた訳では無さそうだ。相手を間違えてないからこそ問題なんだ。


 間違えててくれよ!どうして新色で合ってんだよ!どうして新色がターゲットになってんだよ!


「悪りぃ用事が出来た」


「お、おう」


 俺は歩いてるけど気持ちは全速力で走って新色の席へと向かう。何人か俺に話しかけようとした奴がいたけど俺の顔を見て辞めたようだ。どうした、ポーカーフェイスが出来てないぞ、いつもなら出来てるだろうが。


「…」


 新色の席に着いたものの昨日が昨日だからどうやって話しかければいいか分からなかった。まずはあいさつからだよな。


「どうしたの?そんな怖い顔して」


 無言で自分の席にいられた事が気になって新色の方から声をかけてきた。俺ってそんな怖い顔してるのか?無理矢理でも良いから口角を上げろ、俺は水野祥太だ。


「ちょ、ちょっと来てくれない?話があるんだけど」


「良いよ」


 あっさりOKをもらい誰もいない所へ場所を移した。


「こんな所に呼び出してどうしたの?もしかして告白?」


 昨日俺が言った事を真似してるんだろうな。真剣な話なのに茶化されるとイラッとしてしまうんだな。それを俺は昨日やってしまったから新色なりの仕返しなんだろう。


「あはは、じゃ告白しちゃおっかなぁ。でも告白するならもっとロマンチックな場所が良いな」


「冗談言うならもっと笑ったら?」


 ここに来る途中で上がってた口角がどうやら下がってたようだ。


 あんな冗談言ってた割に笑ってないのはダサいな。


「どうしてなの?」


「何がどうしてなの?」


 察しが悪い風をするのやめてくれ、絶対に分かってるくせに。どうして自分の口から言わせたいんだよ。


「どうして柴村に目をつけられてるんだよ」


「やっぱりちゃんと見てるじゃん」


「っ!」


 やらかした。そうだった、俺はあくまでも嫌がらせなんて起きてないし俺は見てないっていうスタンスだった。いきなりの事過ぎて頭の中からすっかりこぼれ落ちてた。


「昨日会って直接言いに行ったのしょうもない事しないでって。で、こうなっちゃった」


「こうなっちゃった、って…」


 俺と別れてから3人組を呼び出して直接言ったのか、それが気に食わなかった3人組は新色もターゲットにしたってことか。


「でも、安心して」


「何が」


「もう手を貸してなんて言わないから」


「……」


 これは喜んだ方が良いのか?それとも…、いや、喜んだ方が良いに決まってる。でも、


「決めたの、何日掛かろうと絶対に嫌がらせを止めてやろうって」


 そんな事決めなくていい。おまえにはもっと大事なことがあるだろうが、もっと早乙女に夢中になっててくれよ。どうしてそっちの方に行くんだよ。


「安心して。全然水野の事責めないから、私が勝手にやってる事だから」


 そんな事なら思いっきり罵ってくれよ、だったらこっちだって他人のふり出来るのに。


「そう…何だね。じゃあ止めることは出来ないね。頑張ってね、俺応援してるから!」


「うん、でも何かあったら味方になってね」


「うん」


 確かに俺がやれることは無さそうで良かったよ、なんかまた手伝われそうになるところだった。


 大丈夫だよね?まだ原作通りに進んでるよね?1人が2人に増えただけだからそこまで状況は変わってない。結局文化祭でざまぁをするんだから状況は変わってないはずだ。


 だったら余計に俺がやれることなんか一つもない。

 

 しかもこれ俺悪くないもんね?文化祭でちゃんと解決するし、俺はちゃんとイジメは起きてないってはっきり新色に言ったし。新色が自分から突っ込んでいったからね、俺がやれって言った訳じゃないしね。


 じゃあ俺は何も悪くない。誰がどう見ても俺はちょっとも悪くない。


 …悪くない。悪くないはずなのにどうして俺はこんなにも苦しいんだよ。


 

 







 その後ももちろん嫌がらせは続いたいった。だけど仲間が増えて良かったじゃん。今は1人だけじゃなくて新色が参戦して2人になったから心強いだろ?それに文化祭でざまぁをすることで一気に2人の好感度が上がって一石二鳥になる。俺からしたら良い事しかない。


 ガチな話、新色には悪いけど新色がやろうとしてることは結構無駄死にに近い。よく見たら主犯は3人組だけど、3人組と仲が良いグループがあるからちゃんとした証拠が無かったらこいつらを吊し上げることは出来ない。


 まだまだ日本は多数派が正義だから新色が中途半端な証拠を持ってきてもグループで違うって言えば違うからな。これが多数派の怖い所だ。


 無駄死にだうろとそれでも俺は新色が立派だと思うよ。だから陰ながら応援しようと思う。






 次の日も相変わらず嫌がらせが続いてる。今まで見てただけのグループの奴らもクスクスと笑い始めたし、何なら嫌がらせに参加もしてた。


 ああ、気持ち悪い。俺はあと何日これを見なくちゃいけないんだ。


 ダメだけど間違えて早乙女が気付いて止めてくれる展開を望んでる自分がちょっとだけいる。だけど早乙女は気付きそうになるたびに俺が話を逸らすから気づくはずがない。


 何が止めてくれる展開を望んでる、だ。俺は一体何がしたいんだよ。


「おい、大丈夫か?顔怖いぞ」


「あ、あはは。そう見えた?実は自分的にはかっこいい顔してたんだよ」


「いや、ブサイクだったぞ」


「お前に比べたらな」


 また怖い顔をしてたらしい。どんだけ俺は感情が顔にでるんだよ、ポーカーフェイス下手くそか。


 また3人組が久田ちゃんの方へと向かっていく。今回はリーダーの柴村はいつも通りだけど他の2人はいつもと違う奴らだ。


「ごめん。手が滑っちゃった」


 そしてまたクスクスと笑いながら久田ちゃんの横を通っていく。


 



 俺は見てしまった




 久田ちゃんが泣いてるのを。



 そこで俺の何かが切れる音がした。


 頭の中でフラッシュバックしたんだ。校舎裏で1人泣いてる久田ちゃん。俺を信じて相談に来てくれた新色を。


 座りながら早乙女と談笑してたけど何かが切れた俺は急に立ち上がった。


「お、おい、どうした急に」


 突然の行動するに早乙女は焦ってるけど今は説明をする暇もない。


 ズカズカと俺は柴村の席まで早歩きで向かう。


 席に着いたら柴村の机を持ち上げて思い切り窓に放り投げた。


 パリーン!と教室中に響いて皆んなの会話がピタッと止まって俺に視線が集まる。











「悪い…、手が滑った」


 そして、俺の大事な大事な推しを泣かせた柴村達に宣戦布告した。

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