03 通して

 講義終わりにゼミ仲間と飲みに行った。僕はけっこうお酒が強い。どうやら母の血筋らしい。いくら飲んでも顔に出ないし、多少陽気にはなるけど羽目を外したりなんてしない。

 二次会はカラオケだ、との声がかかり、僕はそそくさと退散した。音痴だから人前で歌うのは苦手なのだ。それほど遅くならずに帰ってこれたのだが、兄は既に眠っていた。

 僕は風呂に入り、兄にぴっとりとくっついて眠った。

 はずなのだが。

 鼻がムズムズして目が覚めた。


「えっ……何? 何?」

「瞬、お願いあるんだよ、起きてくれよ」

「またぁ?」


 兄が持っていたのは靴紐だった。それを僕の鼻の穴に入れてくすぐっていたらしい。時計を見ると深夜の二時だ。


「もう、何! くだらないことなら朝になってからにしてよね!」

「すぐ履くんだよ、新しいスニーカー」

「はっ?」

「だから、スニーカーだよ。靴紐通してくれ」

「ええ……」


 兄はヒョウ柄のスニーカーを持ってきて僕に手渡してきた。


「またこんな派手なの買ったの?」

「いいじゃねぇか、似合うんだし」

「まぁそうなんだけどさぁ」


 僕は至極真っ当なことを言った。


「自分ですれば?」

「俺こういう作業嫌いなんだってば。バランス悪くなるし、瞬に任せた方が綺麗になっていい。カッコいい兄さんでいてほしいだろう?」


 何だかうにゃうにゃ言っているが、つまりはハナから自分でやるという選択肢はないらしい。


「……はぁ。やるよ。やりますよ」


 僕はベッドに腰かけて、スニーカーに靴紐を通していった。しかし、兄の足に合わせないと意味がない。ゆるめに通して、兄に履いてもらおうと振り向くと……仰向けで眠っていた。


「もう!」


 僕はスニーカーでべしべしと兄の額を叩いたのだが、うんともすんともいわない。諦めて無理やり兄の足にスニーカーを履かせ、調整した。それを二回だ。


「うん、バッチリ」


 僕は玄関にスニーカーを並べて寝た。

 そして、朝起きると……。


「わぁ、雨かぁ……」


 窓の外を見ると土砂降りだ。傘をさしていても濡れそうなくらい激しく雨粒が降り注いでいた。兄も起きてきて顔をしかめた。


「こりゃレインブーツ履かないとなぁ」

「えっ、ヒョウ柄のスニーカーは? 僕、靴紐通したよ?」

「せっかく新しいの買ったのにいきなり雨に濡らすのは嫌だよ」

「うう……」


 今日は大学もバイトも休み。僕は夜中の努力が無駄になったことでふて寝した。

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