第9話

「ナイト様はこの国の英雄騎士。そんなお方の役に立てるのなら光栄です」


「……私はもう騎士ではない」


「貴方様はこの国にとっても、私にとっても、特別な騎士です」


「それはもう、私ではないのだよ」



柔らかな小さい手がナイトの頬に触れる。それに重ねるようにナイトは何度も剣を握って来た手で包み込む。



ナイトは国を、国民を、愛していた。


抱え切れぬほど大きなものを守るためにずっと戦ってきた。



だがもう、他人のために剣は握れない。英雄騎士は死んだ。


エリスのため、エリスとの日々を壊そうとする者と戦うためだけに剣を振るう。そのために己は厳しい父の指南に耐え、剣の道を極めたのだとさえ思っていた。





「…では、ナイト様」


「エリス?」



エリスはナイトの目元に付けたばかりの布をしゅるりと解く。


太陽の差し込まないこの部屋を照らすのは大きなシャンデリア。その光に一瞬眩しさを覚え、ナイトは目を細めた。



視界に映り込んだのは、聖母のように優しく笑うエリス、ではない。


今まで持っていなかった熱を瞳の奥で揺るがせ、はやるようにナイトへ自分の顔を近づける。



触れると火傷してしまいそうな程に、熱く、激しい。



「私だけの騎士になっていただけますか?」



目の前に垂らされた甘い誘惑に、ナイトはゴクリと息を飲む。至近距離に映り込む真珠の光は期待したようにナイトの青い瞳を覗き込む。


あと、少し、たった数センチの距離を埋めたのは、ナイトだった。

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