第3章 ダークホース、現る
第41話 波乱の夏、スタート!
「いやあ、それにしてもなあ、絢斗、お前が二人も女の子連れて来るとはなあ……」
「いつまでその話してんだよ!」
美織と凛花がうちに来てから二週間以上経っているというのに、相も変わらず親父の話のタネはそればかり。
根暗な俺が異性を(それも複数)家に連れて来たことが、そんなに意外だとでもいうのだろうか。……いや、まあ、そうか。以前の俺なら考えられなかったことではあるな、確かに。
「だってよお、絢斗、昔っから友達とか作るの下手で、まして女の子となんかほとんど話したことなかったろ」
「う、うるせー!」
「保育園の時だったかなあ、お遊戯会かなんかでさ、女の子と手繋ぐ場面があって……あからさまに緊張して、ガッチガチになっちまってよお! あー、ありゃ今思い出しても笑えるぜ」
「笑うなよ! 我が子の晴れ舞台だったろ!」
「アーハッハ!」
ムキになって怒る俺に構わず、親父は愉快そうな高笑いを漏らす。そうして何を思ったか、おもむろにその場を立ち上がり、押し入れを開け始めた。
「? 何やってんだよ」
「いやあ、あの時の写真、なかったかなと思ってよ」
「い、いいって! そんなのわざわざ見返さなくたってさ……!」
「んー? ねえなあ。ここじゃなかったっけな……ああ、上の方に……」
言いながら、よっこいせ、と背筋を伸ばし、頭上のものを取ろうとした瞬間――。
「アイテェエエエエ!!!!!」
「お、親父―――――?!?!?!」
***
「……というわけで、急に休暇をもらうことになってすまなかった。それもこれも、親父がぎっくり腰になったせいだったというわけだ」
高いところにある昔のアルバムを取ろうとして、うっかり腰を痛めてしまった親父の身の回りの世話をするため――俺は数日の間、神楽坂邸での家事代行のアルバイトを休まざるを得ない状況になっていた。
数日ぶりに会った美織の顔を見るなり、俺はぱちん、と手を合わせて謝罪をする。
「い、いいえ……事情が事情だし、こちらの方は問題ないのだけれど。その、お父様は大丈夫なのかしら?」
「ああ。親父の方は、数日ゆっくり休んでもう回復してるんだけどさ……」
ふう、とため息混じりに、俺は話を続けていく。
「でもさ、俺、思ったんだけど。今回は大事にはならなかったけど、ウチの親父の仕事って建設系でさ、体が資本っていうか、怪我とか病気とかしちまうと、当然働けないし、たちまち家計もピンチになるワケでさ」
「そ、それはそうよね。お父様には健康でいていただかないと」
「俺もそう思うよ。とはいえ、親父だってもう若いわけじゃないし、いつどんなことが起きるかわからないだろ。病気はともかく、事故による怪我とかは、防ぎようがないわけだしさ」
「ううん……」
それもそうね、と難しい顔をする美織。
「で、親父がもし何らかの事情で働けなくなっても困らないように、俺もちょっとずつ貯蓄を増やしていこうと思ったんだよ」
「絢斗くんらしい、堅実な考えね」
「それで本題なんだけど……夏休みの間さ、短期のバイトを増やしても問題ないか?」
夏休みに入れば、自由な時間は格段に増えるし、新しいバイトを一つくらい増やしても、元の家事代行のアルバイトの方には支障は出ないと踏んでいた。だが、雇用主である政臣さんや、美織の許可なくして勝手に決めることもできない。
実はもう政臣さんのほうには許可を得ていたりするのだが、念のため美織のほうにも伺いを立てておこうというわけだ。
「それは……ウチでのアルバイトと掛け持ちで、他の仕事もやるっていうこと?」
「ああ、まあそうなるな。でも、家事代行のバイトはもちろん疎かにしないように気を付けるし! 空いた時間で他のバイトをして、少しでも貯金したいんだよ」
「せっかくの夏休みに、バイト三昧……少し可哀想な気もするけれど」
うっ、そんな哀れむような目で見ないでくれ。
いいんだよ、どうせ一緒に遊ぶ友達もいやしないんだから……って、自分で言ってて悲しくなってきたな。
「ウチでのお仕事を疎かにしないって言うんなら、私が反対する理由はないけれど……絢斗くん、貴方こそ、体のほうは大丈夫なの?」
「俺?」
「バイトのしすぎで体調を崩したとなったら、お父様も心配するわよ」
「うーん、ご忠告サンキュ。でも、俺は大丈夫だよ」
つい最近熱中症で倒れかけて、通りすがりの凛花に助けられたことは内緒だ。
でも、あれ以降俺も体調には気を配っているし、熱中症対策もバッチリとっている。若いだけが取り柄なのに、そう頻繁にフラフラになってたまるか!
「それで……その短期バイトのほうは、どんなお仕事をするのか決めているの?」
「え? あ、ああ。面接はまだなんだけど、結構採用予定人数も多いし、たぶん受かると思うんだよな」
「ふうん……それで、どんな内容なの?」
美織が興味深そうに、俺の顔をぐいっと覗き込んでくる。今日も今日とて、この女はムカつくくらいに顔が良い。俺は思わず美織から逃げるように視線を逸らして、そのまま宙を泳がせた。
「べ、別に……なんだっていいだろ。バイトの内容なんて」
「それはそうだけど。ただの興味本位っていうか……でも、隠されると余計に気になるわね。何か卑猥な内容なの?!」
「なんでそうなるッ! 高校生が卑猥なバイトなんかできるか!」
「じゃ、じゃあ今流行りの闇バイトってヤツ?!」
「違うよ! とにかく、お前が心配するような危ないヤツじゃないから……! めちゃくちゃ健全なヤツだから!」
よからぬことを考えている美織に慌てて弁明するものの、彼女のじっとりとした表情が和らぐことはない。完全に怪しまれている……!
「いや、ホントにさ、別に普通のバイトなんだって……」
「それなら、何のバイトなのか答えられるでしょ」
「……う。絶対笑うなよ! 絶対だからな!」
「笑わないわよ」
「……家」
「え?」
「海の家!! 海水浴場で焼きそばとかかき氷とか売ってるアレだよ!」
ヤケになって声を荒らげる俺に、美織はぽかんと口を開けたままフリーズしていた。
「え……絢斗くんが?」
「ほら!! 絶対そういう反応になると思ったよッ! 悪かったな根暗が海の家なんかやろうとしてて! 時給いいし、夏の間だけっていう条件もピッタリだったんだよッ」
「いや、そんな必死にならなくても……別に笑ってないわよ……ふふっ……」
「笑ってるじゃん!!」
美織は手で口元を押さえながら、明らかに込み上げる笑いを押し殺しているような様子。「笑っていない」と口では言いつつも、その声がかすかに震えているのは、笑いを我慢している証拠に他ならない。
「だ、だから言うのイヤだったんだよ……!」
「ご、ごめんなさい。ちょっと似合わないなって思っただけで」
「ほらー!」
「と、とにかく。バイト自体には反対ではないから。……私も今度遊びに行くわ」
「来なくていい!!」
俺はただ、今後のことを考えて、堅実に、効率よく! 金を貯めたいだけなのに!
なんだか波乱の夏の幕開けのような気がするのは、俺の気のせいだと思いたい。
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