第42話 一夏の恋?

 結局、海の家バイトの面接はあってないようなものだった。若い男子というだけで、働き手としては期待できると思われたようだ。

 学校も夏休みに入り、俺は宿題をどういうペースで進めるかの計画を立てたりなんてしながら、家から数駅先にある海水浴場へ向かっていた。この海水浴場にある海の家「さざなみ」が、俺の新しいバイト先になる。


「絢斗くん! 暑いけど体調平気? 今日からよろしく頼むね!」


 まさに海の男! といった出で立ちのこの男こそが、海の家の店長だ。面接を受けに来た際に一度顔を合わせているが、日焼けした肌に明るい茶髪が、なんていうか、南国っぽい雰囲気を感じさせる人である。趣味はサーフィンなどのマリンスポーツだというだけあって、体つきもなかなか鍛え抜かれている。歳は30代だと思われるが、20代後半だと言っても通用しそうなほど、全体的に若々しくて、ノリも軽い。


「はい、よろしくお願いします!」

「今日からの子、他にもいるからさ。着替えたら軽く挨拶しちゃってよ!」

「あ、そうなんですね。わかりました」


 店長に促され、俺は一旦裏に引っ込んで服を着替えることにした。黒いスタッフ用Tシャツに、下は濡れてもいいよう海パン姿。店長とは正反対の白い肌に、お世辞にも男らしいとは言い難い肉体。どこからどう見ても日陰の男だが、貯金という目標のため、ここは腹をくくって一肌脱ぐしかなさそうだ。


「絢斗くーん? 着替えたー? 開けちゃって平気?」

「あ、はい! 大丈夫です!」


 バックヤードにある、簡易的な更衣室の向こうから店長の声が聞こえたので、俺は慌てて返事をする。海パンを履くためには一度パンツを脱ぐ必要があるので、間違っても生まれたままの姿を他人に晒すわけにはいかない……とそれなりに緊張しながら着替えていたものだが、店長もさすがにそこらへんの配慮はしてくれるらしい。まあ、当たり前か。

 などと考えながら、更衣室のカーテンを開ける。


「この子たちが今日から働いてくれる二人だよー! ああ、そういえば高校は絢斗くんと一緒だったような……?」


 そう言いながら顎を撫でる店長に続いて入ってきたのは、同い年くらいに見える男子と女子がそれぞれ一人ずつ。というか、その姿には見覚えがあった。


「あ……もしかして三崎くん?」

「え、あ、やっぱ入江いりえ葉山はやまだよな?」

「うお、まさか青南生が三人とは!」

「あー、やっぱ知り合い?」


 女子のほうは、入江 夕莉いりえ ゆうり。特別仲がよかったわけではないが、一年生の時に同じクラスだったので、当然顔と名前は知っている。明るい麦色の髪が特徴的な、明るく朗らかな女子だ。

 男子のほうは、葉山 圭介はやま けいすけ。こいつも去年クラスが同じで、大親友……とまではいかないが、クラスではそれなりに話したりする程度の仲だった男だ。店長に負けず劣らずの日焼けした肌が健康的……だと思ったが、そういえば冬でもこんな色だった気がする。ただの地黒なのかもしれない。

 ともかく、見知った顔が二つもあるというこの状況は、慣れない陽キャバイトで心臓バックバクだった俺を安心させる材料としては充分だ。やべ、なんかめっちゃ嬉しい。


「え、久しぶりじゃん三崎。クラス離れてからあんま話す機会なくなったけど……お前ってこういうバイトやりたがるタイプだっけ?」

「うっせ、いいだろ根暗が海の家やっても」

「根暗とは言ってねえだろ根暗とは!」

「ふふ、なんだか一年生の頃に戻ったみたい!」


 俺と葉山が軽く小突き合いをしているのを見て、入江もくすっと柔らかい笑みを零した。

 入江はビキニタイプの水着の上からスタッフTシャツを着ているようで、しなやかな生足があらわになっていた。きわどいビキニラインといい、ちょっと目のやり場に困る。特に今まで、そういう目で見ていたわけではなかったけども。


「いやー、いいね! 仲良し三人組で頑張っちゃってよ!」

「はい、店長! あたしたち一生懸命頑張ります!」


 仲良し三人組と呼ばれるほどの仲ではないのは三人ともわかっていたが、面倒なのでそういうことにしておいた。店長は満足げに白い歯を見せて、「じゃあ早速色々教えてくからね!」と親指を立てる。


「いやー、ホント偶然だよなあ」

「まあでも、夏休みの短期バイトとしては定番だしな。みんな考えることは一緒だったってことか」

「二人はどうかわからないけど、あたし、家が結構ビンボーだからさ、ここのバイト時給いいし、高校生可だったから、これしかない! って思ったんだよね~」


 あくまでも暗い話にならないトーンで、入江は海の家バイトに応募した決め手を語った。


「あ、わかる! 俺んちもさ、結構家計厳しくて。ホントはもいっこバイトしてんだけどさ、できるだけ貯金とかしたくて、夏休みの間だけ掛け持ちすることにしたんだ」

「三崎くんも……? そうなんだ! なんだか親近感っ」

「へー、お前らなんかエラいなあ。家のためとかさ。俺はただ遊ぶ金欲しさって感じだけど。尊敬だわ」


 なんだか自分と境遇が似ている気がして、俺と入江はすぐさま意気投合しかけた。それを見た葉山は、感心したような様子でパチパチと手を叩く。


「でも、フツーの高校生はそうだと思うよ。あたしの家が、ちょっと特殊なだけだから」

「いや、俺んちもだよ。とにかく、夏休みはバイト三昧! そんで稼いで、貯金しまくる! それが俺の目標ってわけ!」

「……三崎くんっ、一緒に頑張ろうね!」


 いつになく自分が燃えているのがわかる。グッと握り拳に力を入れて意気込みを語ると、入江がキラキラと目を輝かせながら、ぱっと俺の手を握って……ん?


「!! ひゃ、ご、ごめんなさい! あたし、つい!」

「い、いや、ご、ごめん! 俺こそ変な反応して!」

「ん? おやおや? おやおやぁ~~??」


 入江が俺の手を握っていることを理解した瞬間、かあっと顔が熱くなって、思わずその手を振り払うような仕草をしてしまった。今の、態度悪かったよな……などと反省しながら謝るが、しどろもどろでカッコつかない。入江も入江で、赤くなった頬を両手で押さえるようにしながら、フリーズしてしまっていた。

 途端に、葉山がニヤニヤといやらしい目つきをしながら、俺ににじり寄って来て、


「これは……一夏の恋の予感、ですかなぁ?」

「う、うっせ!!」


 ――夏は、まだまだ始まったばかりだ。

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