第2章 愛人、現る

第21話 占いの結果

 ――6月。

 神楽坂家の家事代行のアルバイトにもすっかり慣れ、もはや第二の実家のような感覚さえ芽生え始めてくる頃。

 いつものように買い出しのため外出していると、不意に女性の声で引き留められた。


「お兄さん、占い、やっていきませんか?」


 ぱっと振り返ると、橋の上で一人の女性が、机の上に水晶や、分厚い本のようなものを広げて、手招きをしていた。


「占い?」


 女性はまだ若く、おそらく30代くらいだ。恰好は普通で、特に占い師らしい姿ではない。率直な言い方をすれば、占い師にしてはやや貫禄が足りないのでは、と、思わざるを得なかった。

 いや、占い師といえば魔女みたいなオーラのあるばあさん、っていうのも、勝手な偏見に過ぎないのかもしれないが。


「ああ、ちょっと待ってください」

「……」

「私、まだこのお仕事を始めたばかりで。今ならタダで見させていただきますから」


 ピタリ、と、足を止める。

 いや、わかってる。こんな怪しさ満載の客引き、相手にしないほうが絶対によいと。タダより高いものはないというし、そう言って釣っておいて、わけわからん幸運のブレスレットとか、そういう開運グッズみたいなのを無理やり買わされる流れだ……!

 そう理解しているはずなのに、「タダ」という言葉に自然と体が女性のほうに吸い寄せられていく。悲しき庶民の性である。


「……占いって、どういうのやるんですか? 手相とか?」

「私は主に占星術で見ています。どうぞ、そこにおかけください」

「……」


 ああ、座ってしまった。ダメだ、カモすぎる、俺。


「こちらの紙に、お名前と生年月日を書いていただけますか?」


 そう促され、手渡された紙に言われたとおり名前と生年月日を記入する。

 占い師を名乗る女性は、俺からその紙を受け取ると、机の上にあった分厚い本をパラパラとめくりだした。


「ええと、三崎絢斗さんですね」

「はい」


 すると、占い師は急に厳めしい表情になる。普段、占いなんて特に信じていない俺だが、ここまであからさまに態度に出されると、一体どんな悪い結果が出たのかと、思わず身震いしてしまう。


「え、何ですか? 俺、結構運勢悪い感じですか?」

「え、ええ……ああ、悪いことばかりではないですよ。今年の絢斗さんは、健康や家庭に関してはむしろ良いです」


 確かに、今年は風邪なども引いていないし、家族仲も変わらず良い。

 しかし、本題はそこではないのだろう。占い師は、少し切り出しづらそうな表情をしている。

 俺は黙って頷き、先を促した。……聞きたいような、聞きたくないような。実に微妙な気持ちだ。


「ただ……」

「ただ?」

「恋愛面でちょっと……言うなればそう、女難の結果が出ていますね」

「女難?」

「はい。おそらく、女性関係で苦労することになるかと……」

「えぇ」

「くれぐれも、危険なニオイのする女性には、お気を付けください」


 ゴクリ、と唾をのむ。

 こんな無料の占いにどれだけ信憑性があるのかは定かではないが、およそ高校生男子を占って出てくる結果ではないような気もする。

 しかし、女難、女難か。……いやまあ、神楽坂とのあれこれも、苦労といえば、苦労なのかも。危険なニオイがするかどうかはわからないが。

 そういうふうに考えるとそれなりに納得がいき、俺は軽く礼を言って占い師と別れた。


「……ほんとにタダだったな」


 変な開運グッズも売りつけられなかったし、普通に良心的な新人占い師だったのかも。

 疑ってすみませんでした、と心の中で謝罪しながら、本来の目的である買い出しに行こうと歩みを進めるも――。


「ねーえ彼女、俺たちと一緒に遊ばない?」

「や、やめてください……私、そんなつもりはありませんので」

「いいじゃんいいじゃん、そんなつれないこと言わないでさァ」

「で、ですから……」


 道の目立つところで、今時こんな古典的なナンパあるか? と呆れてしまうような、ステレオタイプのナンパ男×2が、一人の女の子に執着している場面を見つけてしまう。

 女の子は薄い桃色のセミロングヘアに、花の髪飾りをした、穏やかそうな雰囲気の美少女だ。髪色と同じ、桃色のセーラー服は――確か、近所の女子校、「桜美おうみ女子」の制服だったような、気がする。

 確かに、思わず声をかけたくなってしまうのも納得の美少女だが、明らかに嫌がっている女の子を無理やりものにしようだなんて、男の風上にも置けない。なんという卑劣さ。


「……どうする? 助けるか?」


 面倒なことになることは必至だが――。

 俺はそこでふと、政臣さんから聞いた、親父の学生時代の話を思い出す。政臣さんは、カツアゲをされそうになって困っていたところを、親父に助けてもらったと言っていた。それを聞いたときは、我が父親ながらやるじゃないかと、少し誇らしい気持ちになったものだった。


 目の前にいる女の子は、カツアゲをされているわけではなさそうだが……それでも、彼女自身が嫌がっていることには変わりない。

 親父にできることが、俺にできないわけ、ないだろ。親子なんだから。

 俺は覚悟を決め、ナンパ男たちの前に一歩足を踏み出した。

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