第17話 プレゼント大作戦

「絢斗くん、これ」

「……なんですか? これ」

「はは、君のお給料に決まっているじゃないか」

「え」


 その日の仕事を終え、さあ帰ろうか、と帰り支度をしていたときだった。今日は在宅で仕事をしていたらしい政臣さんから自室に呼ばれ、封筒を手渡される。


 早いもので、この家事代行のアルバイトを始めてから、もう一か月になるらしい。ひと月分の給料の詰められた封筒は、なんだかずっしりと重く感じられる。……いや、本当はたぶん、そんなに重量はないはずなのだが、初めてアルバイトというものを経験して、初めて給料をもらった俺にとっては、それは確かな重みとして両手に伝わってきたのである。


「い、いただいていいんですか、本当に」

「当たり前だろう。まさか、僕が君をタダ働きさせるとでも?」

「いえ、そういうことでは……」

「はは、冗談だよ」


 つくづく、政臣さんのところで働かせてもらえることになってよかったなと、そう思う。社会経験もロクにない、ちょっと家事ができるだけの俺なんて、他のバイト先ではまったく役に立たなかったことだろう。そもそも、他のバイト仲間とのコミュニケーションだって、根暗な俺がそつなくこなせるとは思えなかった。


 それが、優しい雇用主のおかげで、いい意味で気を張らずに自分の能力を発揮することができ、のびのびと仕事ができている。まさか自分がここまでできると思っていなかった俺は、今ちょっと感動していた。


「お給料は、好きに使っていいって健二さんも言ってたよ」

「親父が……」

「今、何か欲しいものはあるのかい?」

「うーん……」


 考えてみたが、これといって思いつかない。


「そうですね、今のところは特にないです。お給料は貯金しようかと」

「堅実だね、君は。高校生らしくないね」

「ハハ、よく言われます」


 もともと地味な生活を送ってきて、それに慣れてしまっているから、今更贅沢をしようとか、自分にご褒美を、とか思っても、何をしたらいいのかよくわからないのが本音だった。



 その後、政臣さんの部屋を後にした俺は、給料の使い道について改めて考えていた。


「うーん……」


 普段、食材の買い出しなどの際に使う費用は、政臣さんから「食費」としてすでに受け取っている。だからこそ、やはりぱっと使い道が思い浮かばなかった。

 でも、全額を貯金に回すというのも、確かに面白みがないかもしれない。


「……あ、」


 そんなとき、ふと、頭の中にの顔が浮かんだ。


「まあ、たまには……いいよな」


 誰も文句など言いやしないのに、自分に言い聞かせるようにしてそう呟く。

 俺は給料の入った封筒を握りしめ、次の休日の行き先と、過ごし方を決めた。



***


「……うわ、似たようなヤツがいっぱいあるな……」


 土曜日。俺が訪れたのは、つい最近神楽坂と一緒に出掛けたショッピングモールだった。ここは食品はもちろん、服屋や雑貨などの専門店も充実している。

 俺は、その中のとあるアクセサリーショップの前にいた。

 ショーケースの中で視線を行ったり来たりさせるが、俺の目ではどれも同じように見えてしまい、デザインや質の違いがまったく理解できず途方に暮れているところだ。


「何かお探しですか?」

「ひっ! あ、ま、まあ、そんなところ……です」


 すると見かねたショップ店員が声をかけてきたが、生まれてこのかたアクセサリーなど買ったことのない俺はキョドり、変に上ずった声で応答してしまった。

 しかし店員さんは気にすることなく、親切にショーケースの中の商品の説明をしてくれる。


「こちらのケースはネックレス、あちらはリングになりますね。あと、ブレスレットやピアス、イヤリングなんかもございますが、どのようなものをお考えですか?」

「あ、えっと……」


 いきなり慣れないカタカナがいっぱい出てきて、危うくパニックになりかける。


「プレゼントに、と思って……」

「まあ! 素敵……! 彼女さんですか?」

「か! 彼女、では……ないんですけど、まあ……」

「あら、ウフフ」


 あたふたと赤面する俺を、微笑ましそうに見つめる店員さん。おそらく、青春だなあ~とか、照れちゃってウブだな~とか、そんなようなことを思っているに違いない。くそう、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「お相手の方の印象はどのような感じですか?」

「印象……」

「華やかな方ですとか、落ち着いた方ですとか」

「華やか……というか、こう、派手な感じではないですね。ぱっと見は、どちらかというと落ち着いてるかも……」


 店員さんに尋ねられ、改めてあいつの雰囲気をイメージしてみるが、やっぱりムカつくほどに容姿がいい。


「でしたら、こちらのネックレスはいかがでしょう?」

「ネックレス、ですか」


 そう言っておすすめされたのは、雨粒のようなモチーフの、小ぶりでシンプルなシルバーのネックレス。


「デザインとしても落ち着いていますし、モチーフもハートや星ほどキュートな感じではありませんから、普段あまりアクセサリーをしない方でも抵抗なくつけられると思いますよ」


 丁寧に解説してくれる店員さんの言葉を聞きながら、俺はまじまじとそのネックレスを眺める。確かに、ハートや星みたいな、わかりやすいモチーフよりも洗練されていて、高級感のある印象だ。シルバーという色も、ゴールドやピンクゴールドより、俺の中のあいつのイメージに合っている気がした。


 と、ここまで考えて、デザインではなくて値段のほうが可愛くない金額だったらどうしよう、と一瞬躊躇してしまう。が、恐る恐る値札のほうに視線をやると、意外と学生でも手の届きそうな、良心的な価格設定だった。

 もしかすると、ターゲット層を中高生などの若い女性に絞っているのかもしれない。

 俺は覚悟を決め、店員さんに「これ買います」と宣言した。


「お買い上げ、ありがとうございます。お相手さん、喜んでくださるといいですね」


 店員さんは最後までにこやかに俺を見送ってくれた。

 綺麗にラッピングされたネックレスを、宝物でも持っているかのように、慎重に持って帰りながら――。

 頭の中では、いかにしてこれを不自然にならずにプレゼントできるか、というシミュレーションが、忙しなく行われていた。

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