第15話 彼女を変えた男
「なあ、最近さ、姫巫女様、雰囲気が少し変わったと思わないか?」
授業と授業の合間の10分休憩。ぼんやりと頬杖をつきながらクラスメイトの雑談の内容に耳を傾けていると、ふと、そんな話題が聞こえてきた。
「あ、わかる! なんていうの? ちょっとこう、柔らかくなったっていうか……」
「そうなんだよな、前のクールで神秘的な雰囲気もすごい素敵なんだけど、今はまた違った魅力があるというか……」
「それ、めっちゃ同意! やっぱ最高に可愛いよなあ、姫巫女様……!」
うっとりと頬を染め、そう語る男子たち。
俺はあいつ――神楽坂美織の神秘的な一面をあまり見たことがないので、その仰々しいあだ名で呼ばれているのが彼女であるとやや結びつきづらいのだが。
でも、彼らが今神楽坂美織の話で盛り上がっていることは間違いなさそうだ。
俺は無意識に、耳を澄ませてしまう。
「なんかきっかけがあったのかなあ」
「さあ……もしかして恋とか?!」
「ウソだろ! 姫巫女様が一人の男のものになるとか、泣いちまうぜ! 俺は!」
わざとらしい泣き真似が鼻につくが、まあ、おおむね本心だろう。
普段のポンコツ加減や、性欲モンスター具合を知っている俺からすると心底不思議でならないが、あいつはちょっと尋常じゃないくらいモテる。黒髪ロングの清楚可憐な容姿に抜群のプロポーションだから、内面を知らない男子が軽率に惚れ込んでしまうのは、まあ当然とも言えるが。
だから……改めて考えると、俺がその大人気の「姫巫女様」の自宅に毎日のように通い、料理を振舞ったり掃除をしたり、更にはとても他人には言えないことまでしてしまっている仲だというのは、なんか、変な感じだ。
目の前で神楽坂の話をしているこいつらが聞いたら卒倒するだろう。あるいは、血涙を流しながらハンカチを噛むかもしれない。
「でも、なんか最近の姫巫女様、イイよなあ……」
「ああ……」
「彼女を変えた男がいるとしたら、凄いよな。うらやましいぜ」
「…………」
何気ないクラスメートの言葉に、少し浮かれている自分がいた。
……浮かれるぐらいならまだしも、ちょっと優越感、だなんて、まったくもって俺はおかしくなってしまったようだ。
***
「そういえば、神楽坂って学校ではあんまり絡んで来ないよな」
その日の放課後。例によって神楽坂邸を訪れた俺は、出来上がった夕飯を並べながら、ふと思ったことを口に出してみた。
「え?」
「一応同じクラスだし、話してても不自然じゃないと思うけど、学校じゃ全然話しかけて来ないよな、と思って」
「ふふ……三崎くん、もしかして寂しいの?」
「はあ? ちげーし。ただ気になっただけですー」
ふてくされたように言う俺に、神楽坂はくすりと笑って続けた。
「そりゃあ、私だって未来の旦那様とはいつだってお話していたいし、傍にいたいと思うわ。でも、私……自分で言うのもおかしいけれど、自分が学校でどのように見られているかっていうのは、理解しているつもりなの」
「へえ」
「なんか、姫巫女様? ……とか、変なあだ名までつけられて、勝手に神聖なものとして扱われてるでしょう。毎朝、下駄箱にたくさんラブレターが詰まっていたり、結構人気があるのよ、私って」
苦笑混じりにそう呟く神楽坂。彼女のモテモテっぷりに関してはある程度把握しているつもりだったが、この口ぶりだと彼女もそれなりに苦労しているらしかった。
「だから、あえて学校では距離を置いているの。三崎くんが変な人に目をつけられて、危ない目にあったり、因縁をつけられるようになっても嫌だし……」
「そ、そんなこと考えられる頭があったんだな、お前って」
「あら……私、結構成績は上位のつもりなんだけど」
「そういう話じゃねーよ」
脳内まっピンクかと思ったら、案外そこらへんは常識的な感覚を持ち合わせているようだ。少し驚くとともに、関心してしまう。
「本当は一緒に帰ったりしたいのよ? でも、面倒なことになりそうだから」
「まあ、それは確かに……」
もし、神楽坂と一緒に下校したり、校内で仲良く今日の夕飯の話なんかで盛り上がっていようものなら、男子たちから俺に向けられるジェラシーはとんでもないことになるだろう。想像するだけで、大変なことが起こりそうだ。今回に限っては、珍しく神楽坂の判断が正しいと思えた。
「だ、か、ら……」
神楽坂は急に声のトーンを変えて、配膳途中の俺にぴと……とすり寄ってくる。
「家の中では誰も見ていないし、思う存分、三崎くんを堪能させてもらうわ」
「た、堪能って、おい!」
「もう、学校で私がどれだけ我慢していると思っているの? おかしくなっちゃいそうなくらいなんだから……。早く、三崎くん成分を補給しないと……私、ダメになっちゃう」
もうとっくにダメだよお前は!
……と、ツッコミを入れる前に、神楽坂との距離がどんどん近くなっていく。
そして、その瞬間。
ガチャ、と鍵を開ける音がして、玄関から何者かの足音が近づいてくる。
「あ! 絢斗くん、今日もご苦労様」
「ま、政臣さん!」
帰ってきたのは、この家の主である神楽坂政臣さん。「姫巫女様」の父親でもある。
俺は慌てて神楽坂と距離を取り、取り繕って愛想笑いをした。
「あ、あはは、今日は早く終わったんですねえ」
「いやー、夜にまた仕事関係で、人と会う約束があるんだけどね。たまには夕飯はうちで食べようかと思って。ご一緒してもいいかい?」
「あ、ハイ! もちろんです! こんなのでよければ!」
俺は動揺のあまり少しカタコトになりながら、四つあるうちの一つの椅子を引いて、政臣さんにどうぞと促した。
「……むう」
「……不満げな顔するな……政臣さんにバレるだろ……!」
「ほんと仲いいねえ、君たち」
いいところでストップをかけられ、あからさまに不機嫌になった神楽坂を小声で窘める。
そんな俺たちの秘密を知ってか知らずか、政臣さんは微笑ましそうに言って椅子に腰かけた。
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