第7話

 目を覚ました嘉内かないの視界に入ったのは薄暗い、よく見慣れた天井だった。対策室の仮眠室だ。現場で倒れた嘉内がよくお世話になる場所だ。最近はあまり利用することがなかったため、こんなになるのは久しぶりだな、となんだか感慨かんがい深くなる。


 今何時だ、と時計を探そうとして、なんだか傍に暖かな熱を感じた嘉内がそちらに顔を向けると、嘉内に寄り添う形で横になった麻倉あさくら端正たんせいな寝顔が至近距離にあって慌てて飛び起きた。


「は⁉︎ な、なんで……⁉︎」


 思わず自身の服を確認した嘉内だったが、ジャケットやネクタイは脱がされ、取られているしワイシャツのボタンも胸元まで開けられているが、シャツもスラックスもちゃんと着ていることを確認して一息つく。

 横でゴソゴソと動いたからか、麻倉は軽く唸るとうっすらと目を開き、嘉内を視認した。


「あぁ……、おはようございます。体調大丈夫ですか?」


「いや大丈夫だけどお前なんで一緒に寝てんだ⁉︎」


 くぁ、と大きくあくびをしながら体を起こした麻倉は、嘉内をじっと見つめて額や首筋を触る。


「熱は……、下がりましたね。あなたあの山で瘴気しょうきにあてられて倒れて高熱出したんですよ、覚えてないんですか?」 


「……悪い、何も覚えてない。いやだからと言って一緒に寝てるのはなんでなんだよ」


「それは室長指示ですね。嘉内さんの中の瘴気を取り除く係兼看病役です。接触してる方が浄化しやすいし、もう夜になってたんで俺も寝たいしって感じでこの形に落ち着きました」


 なんてことないとでも言わんばかりに言い放つ麻倉によって、怒気どきが削がれた嘉内は大きくため息を吐くとすまんな、と小さな声で謝罪した。


「お前がいてくれて助かったよ、連れて帰ってくれてありがとう」


「いいですよ、今度なんか奢ってくださいね」


「おーおー、安い居酒屋でいいなら奢ってやるよ」


 軽口の応酬をし、立ち上がって伸びをした嘉内はなんとなくの違和感に襲われる。


「なんか、服でかい?」


「あぁ、発熱で汗が酷かったんで全身拭いて着てたものは洗濯に出したんですよね。嘉内さんここに着替え置いてないでしょう? 代わりに俺の着替え出しました。ワイシャツは新品なんで衛生的には大丈夫だと思います」 


そう言われて自身の体を見下ろせば、スラックスの裾は余って折り曲げられているし、ワイシャツは指先すら隠れるほどの長さだ。麻倉の恵まれた体格との差に嘉内は物悲しさを覚えた。まぁけど着せてくれただけありがたいと思おう。以前同じような状況になった時は着替えなしで素っ裸でベッドに寝かされていたことを思い出せばすごい進歩だ。あの時怒った甲斐があったというものだ。


 仮眠室の時計をみれば短針は八を指していた。先ほどの麻倉の話を聞くにきっと朝の八時なのだろう。山に着いた時には十六時頃だったことを考えると、十二時間以上は意識を失っていたことになる。


 麻倉と連れ立って仮眠室から出れば、一人の男とバッチリと目が合った。ボサボサの金髪に大きな丸メガネ、ヨレヨレの白衣を着たその男は、対策室付きの解析官の宮本みやもとだった。

 宮本は仮眠室から出てきた嘉内と麻倉を一人づつ見遣ると、気まずそうな笑顔を浮かべる。


「えーっと……。昨夜はお楽しみでしたね?」 


「殴るぞ、グーで」


「いや冗談、冗談ですよぉ! 嘉内さんのグーは痛いので絶対やめてください!」


 握り拳を見せてやれば宮本はわざとらしく怯えて頭をガードする。そんな茶番など意に介さない麻倉は、嘉内さんの服取ってきますねと言い残し、颯爽さっそうと対策室から出ていった。


「嘉内さん今すっごい彼シャツ状態ですよぉ、一部の人にめちゃくちゃウケそう」


「やっぱ殴るか」


「ジョークです、すみません! 起きてきたってことはおおよそ浄化が済んだって感じなんですね。体調いかがですか?」


「おう、もうなんともないな。ちょっと身体は痛いが」


「やっぱりお楽しみだったのでは……?」


 その発言に嘉内は今度こそ宮本の頭に握り拳を落とす。宮本の頭からは鈍い音が響き、そのまま頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「殴った」


「事後報告じゃ意味ないんですけどぉ⁉︎」


 涙目にそう訴える宮本をよそに、嘉内は自分のデスクへと座った。デスクには昨日高山に確認させてもらった資料とは別に、嘉内のバイタルデータが置かれていた。


 嘉内が現場で倒れた際にはいつも宮本にデータを取ってもらうよう依頼している。自身にまとわりついた瘴気の濃度や、それによってどの程度嘉内の体調に影響が出たかなどだ。あてられやすいが故に、どれぐらいの相手なのかが判別しやすいからだ。データを見た嘉内は眉を顰めた。


「なるほどな、結構な濃度だったのか。けどあれが山から漏れてないってのがおかしなぐらいの濃度だな」


「そうなんですよねぇ。その瘴気濃度だと付近一帯が汚染されててもおかしくないぐらいなのに、山だけに封じ込められてたのが疑問なんですよねぇ。一応室長が最初に現場に臨場りんじょうした宮内庁くないちょう職員に当時の状況を確認取りに行ってます」


 宮本の言葉を聞いて、今日は山に行くのは厳しいな、と嘉内は判断した。どうやらあの山は事前準備をしっかり行わないと踏み入るのは難しそうな状況だった。山の入り口ですらあれなのだから、おそらく瘴気対策をきっちり行わないと同じようにまた倒れてしまうだろう。瘴気が浄化できる麻倉がずっと側にいるとしても、ろくな対策をしていなければうっかりはぐれた拍子に嘉内は行動不能になりかねない。


 脳内で山に踏み入るために必要なものをリストアップしていると、嘉内の服を片手に携えた麻倉が戻ってきた。


「お待たせしました」


「すまんな、助かる」


 麻倉から服を受け取った嘉内は一度仮眠室へと引っ込み、素早く着替えを済ませて戻る。


「これ、後から洗って返すな」


 麻倉の服を手に携えながらそう言えば、嘉内の手からサッと着替えを拐った麻倉はそのまま自分のロッカーへと突っ込んだ。


「自分で洗濯するので大丈夫ですよ。コインランドリーに使う金を、奢ってくれる居酒屋のランク上げるために使ってください」


「いやそれ絶対居酒屋のランク上げる方がコインランドリーより高くつくだろ……。まぁ今回は世話になったし仕方ないかぁ」


 懐の具合を考えてため息を吐く嘉内に、僕も僕もと宮本が挙手をしてアピールするが嘉内は視界の端に留めるだけにして無視をした。どうにか嘉内の視界の中央に入ろうと飛び跳ねる宮本を見ないようにする、という遊びのようなことをしていたら、ガチャリとドアが開かれて宮本は変な体制のまま止まった。


「お、嘉内くん復活してる……、って宮本くん何してんの?」


 ドアから顔を覗かせた渡辺わたなべは、奇妙な格好の宮本に対し怪訝けげんそうに顔をしかめながら嘉内の前まで歩みを進める。恥ずかしそうに居住まいを正した宮本は、忘れてくださいと消え入りそうな声で渡辺に懇願こんがんした。

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