第33話

お昼お弁当を持って、葵のクラスに向かう。

お昼の休憩までの間何度も、葵は絆創膏をそのままでいるだろうかと自分の左手の薬指を眺めた。もちろん自分の指には何もない。

葵が山田さんの手にずっと触れてたりしたから、こんなことをしてしまった。私のいないクラスで授業を受けている彼女が、私に意識を向けていればいいと思った。私を葵の意識に置く方法があの絆創膏だった。


移動してきてすぐ、視線は葵の左手に行く。一拍の心臓がトッと鳴るような緊張の後、視界が捉えた場所に変わらず絆創膏があってほっとする。それから嬉しくなって、唇の端は持ちあがっていた。

私の視線に気づいていたのか葵は、眉を下げる。その表情は困った顔というより、少し呆れているのに近かいように感じる。けど…でもいい、呆れられるようなことだとしても、そうして欲しいと思ったことが、まだ守られていると言うだけで嬉しいから。


山田さんの視線は私と葵を行ったり来たりしていた。

葵の言う通り、ケガもしていなかった葵が、不自然な絆創膏をしていることに、山田さんに気づかれた?と思ったけれど、「絆創膏に気づいた?」なんて聞くわけにもいかない。


お弁当を食べる間、3人の誰一人絆創膏を話題にあげることはなかった。

全く別の話のやり取りをしてた。会話のほとんどは、私がまだよく知らないからって、山田さんのことを聞く質問ばかりになっていた。それで時間はいつの間にか経っていた。絆創膏のことが話題に上がらなかったのはそのせいだろうか。

いや、私が気にしすぎている。たかが絆創膏なんだから、山田さんは全く気付いていないのかもと思い直す。なにに、張り合っているんだろう。


お弁当を食べている間、山田さんに質問するたびに、視線は当然山田さんの方を向く。すると答えを待つ間も、答えている間も山田さんは落ち着きがない動きになる。私って恐れられているのだろうか……葵とはすごく親しそうでいるのに、態度が違うと思う。気になってしまうことばかりだ。


時計を確認して休憩が終わるからと、私は自分の教室に戻った。




放課後になり教室から廊下に出ると、ちょうど葵もこちらに来るところだった。人の流れを避けるように立ち止まって、壁を背にするように隅によって彼女を待った。


「迎えの連絡はしたよ……」


私の所まで来た葵にそう伝えながら、彼女が左肩に掛けたスクールバッグに添えられた手に目が行った。その目線はしっかり葵に追われていた。


「はずしてないから、そんな目で見るのはもうやめて」


深く息を吐いて、やっぱりどこか呆れている葵の声だった。


「そんな目ってどんな目をしている?自分じゃわからない……」


「なんだかちょっと緊張したような目……ずっと気にしてるでしょ?」


絆創膏をそのままでいることに、お願いも強要もしなかったけれど、葵は私が気にするせいで絆創膏を外せなかったんだろうかと思った。


「そんなふうに見えた?……手出して」


「……迎えくるし、校門まで移動しよう、麗華」


放課後に入ったばかりで、廊下を行く生徒はまだ多かった。壁際でこそこそとしたやり取りにチラチラと周りの視線が通り過ぎるのは感じていた。

私の言った言葉を聞いていたのかいないのか、葵は通り過ぎる生徒のほうを一瞥した。絆創膏をもう外してあげようと、催促のために出した私の手を取って葵は歩き出した。

勘違いしている。けれどそうだとは伝えなかった。


私のことを意識してほしいって思った。それはむしろ私が意識しすぎる結果になってた。そんな私を見て、葵は私のことを放課後になるまで気にしていたんだろうなって思う。どうであれ、葵は私のことを考えてたってことだ。


校門を出て少し行った場所で迎えを待つ。生徒はちらほらとしかいないから、廊下よりは目立たない。


「はがすからね?」


葵がそう言った。


「うん」


別に大したやり取りをしているわけじゃない。絆創膏を剥がしているだけ。


「麗華の目線は分かりやすいよ……何をそんなに気にしてたの?そんなに気にするのはやめた方がいい。気にして囚われてたでしょ。今日会うたびに私の手見てる。ダメだよ。他のこと考えなよ」


そう言って葵は自分で絆創膏を外してしまった。葵の否定的な言葉。でも、自分のことより私のことを心配するあたり、責められてる気がしない。


「意識させたかったんだよ」


「そんなの無くたって、麗華のことは気にかけてるよ」


葵の視線は、こちらを見ていない。


「わかって言ってる?私の言う意識させたいっていうのは、葵の言ってる気にかけるのとは違うって。でもどうだとしても、気にかけて放課後まで外さないでいてくれた。それまでの間私のこと考えてくれてたってことでしょ、私は今それを喜んでるから」


「……それは」


「葵は外さないって思ってたよ。確信してた。ただ学校で山田さんのほうが私より葵の近くにいるから、私だって近くにいるってなにかほしいって思った」


「・・・純ちゃん?」


「山田さんに嫉妬してた。今日近かったから、葵は近づいて山田さんの手を取ってた」


「それは怪我してたからで……」


「うん。・・・でも、今うれしい。葵は放課後まで絆創膏をそのまま外さずにいたから」


葵の左手を取って持ち上げる。


「……麗華が、嫉妬って嘘だ」


持ち上げた手、絆創膏のあった場所にキスをする。


!!!葵の手はビクッとして、驚いたのかすぐ引っ込められて後ろに隠されてしまった。

流石に突然すぎたし、学校の近くだったのは良くなかった。

少し距離を取られた。

顔を背けられて、表情が見えなくなった。


葵は独り言のようになにか呟いている、顔はやっぱり見せてくれない。


迎えの車の中はただただ静かで、中学のはじめ、再会した頃のように何も話さないでいた。葵の混乱が、収まってこっちを向いてくれるまでもう少し時間が、かかりそうだと思った。





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