第24話 山田さんはおせっかい?

不安は、翌日いつものように迎えの車に乗っていた私に、葵が手を振ってくれたことでなくなった。そんな簡単なことだった。

昨日の電話口の様子で、もしかしたら私と距離を取った話し方をしていたのかもと思ったのは勘違いだったんだと安心する。


葵の待つ位置に車は横付けで止まる。


「おはようございます」


優しい笑みを見せて隣に乗り込む葵が、運転手に丁寧なあいさつをした。そして私の方にも笑顔のままで、「おはよう」とあいさつした。

そこに、私が心配していた様なよそよそしさはなかったからほっとした。


ほっとすると、行動に気を付けようと反省もしていたはずなのに、もっとちゃんと確かめたいと手を伸ばしてしまう。葵の袖口に手が触れて、一瞬それを掴む。つい引き寄せようとしてしまっていた。

掴んでしまってから、思い直して手を離す。


そんなことをしたから葵と目が合ったけれど、何もなかったように、車のシートに手を下ろして葵とは反対側の窓の外に目を向けた。つい手を伸ばしてしまうくらい、心の中がそわそわとしていたのだ。

不自然ずぎる行動だけれど、昨日のふとした不安と、葵を困らせ続けているのは気にしているから強制的に自分を止めた。


しばらく外を眺めて、何も葵が何も言ってこないとわかると視線を前方に戻す。自然に振舞うように……。

ふと、シートに下ろしたままでいた私の手に、葵の視線が落とされているのが視界の端に見えた。


何でどうしてなのか……ドキッとした。何か思うところがあったら、言ってくるものだと思うから、無言で見つめられていたのはどうしてなのか。

でもすぐに葵の視線は違うところに移って、私からは外れた。

「どうしたの?」と聞くにしても、視線は逸らされている。だからなのもあるが、私の突然手を掴むなんて行動の方が「どうしたの?」って言われるべきことだったから、聞けなかった。

車を降りた後も、それについてお互いが言及しないままいつものように降りて、お昼を今日も一緒に食べるという約束をする。

お互い気にしているというのは伝わっていながら、じゃあと教室の前まで歩きそれぞれに分かれた。





「あ、あの……。と、隣いいですか?」


「……ああ山田さん。ええ、別に誰もいないから、どうぞ」


午後になって、芸術の選択授業の時間。書道室に移動して、教室に入ると山田純さんに声をかけられて、彼女も同じ書道を選択しているのだと今日初めて知った。


お昼のお弁当は今日も3人で食べた。その時はそんな話をしなかったから、すぐお昼休憩が終わってまた山田さんに会うとは思わなかった。


授業の始まりにはまだ少し時間がある。私が一人なのを見て話しかけられたのだろうけど、声をかけてくるタイプではなさそうだったから少し驚いた。

葵は音楽選択だから、一緒にならない。音楽にしとけばよかったな。

選択科目の中で一番得意なものを選んだけれど、時間を戻して選びなおせたら音楽を選択した。

山田さんが隣に来たっていうのに、そんなことを考えていた。



「こういうことを、会って間もない藤宮様に話すのはどうかと思うんですが…」


そう前置きして山田さんが話始めようとした。

けれど、その前にどうしても気になった。


「ちょっと待って。……なんでなの?同級生にいつも様付けしてるの?」


「い、いいえ……それは藤宮様だから…」


そういえば、葵のことは葵ちゃんって呼んでいる。なんで私だけ?

さすがに今まで様付けで呼んでくる同級生はいなかった……


「あの、普通にみんなと同じように呼んで・・・お願いだから」


頭が痛い。葵の友達にそういう呼び方をされるのは…


「は、はい。いいのでしょうか……?」


私はあきれたように首を縦に振った。むしろ『何で悪いと思うの?』とは聞かないでいた。


「あの、それで、昨日ご飯粒事件あったじゃないですか、そ、それは、本当に目の前で私なんかが見て、すみませんという感じだったんですが……」


「事件……」


事件という言葉は訂正したいと思ったけれど、余計なことは言わずに話を聞くことにする。私に見られているのがダメだったのか、山田さんは下を向いてしまった。そして小声で話し始めた。


「藤宮さm、さんが照れてらっしゃると思ったのですが……私的にそれは眼福…そうじゃなくて……。

今日のお昼の時間も、ご一緒させてもったのですが。ええと・・・葵ちゃんが、お昼ご飯の藤宮さ、さんが来られる前に『触るのは良くなかったかぁ』なんて、独り言のように言ってまして。それで葵ちゃんの視線が私の唇を見てたので…絶対昨日のことだと思ったんですけど、お弁当食べている時の2人の様子が、普通に見えました見えましたけど、もしかしてぎくしゃくとしているのかもとも見えて……いや、それで、こういうことを御本人に言うのはと思いましたが、葵ちゃんは、私にも結構フランクにそういうことをやってくるので、無意識というか、親しい人には結構近い距離で優しいというか……頭を打ったりなんかした時にはしばらくさすってくれたり、なんてしてくれるんで、葵ちゃんが触るのは優しさですから、許してあげてほしいというか……」


下を向いて、話し続けていた山田さんがそこで初めて顔を上げた。


「あ、あわわ、わわ……、怒りましたよね。わ、私なんかが失礼なことを言って、すみません」


そこで、私は自分の顔が険しくなっていることに気づく。

葵って、親しいと誰にでもそういう優しさを見せるって知って嫉妬というか、ショックを受けている。

山田さんにもするんだ……それがすごく気になった。

でも、慰めてほしいと思ったりするのは、それを頼むのは私だけのはずだから……

そうやってマウントを取るように心を落ち着ける。



「怒ってない…。ちょっとモヤモヤしただけだから……」


「……モヤモヤ?」


山田さんか考え込みそうになったところで、チャイムが鳴って授業が始まった。


『触るのは良くなかったかなぁ』

葵が、山田さんに漏らした葵の言葉。葵はどういう気持ちで言ったのだろう。

そう言うってことは触ったこと後悔していて、これからはしないってことだ。

触ってくれていいんだけど、葵……

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