葵(1)


私が好きな人・・・・・・

分かっていた。告白したところで振られることくらい。でも、きっぱりした答えを私自身確認しなければ諦められなかった。


あの人が好きなのは、私じゃない。それは十分知っていて私は、あの人の思うようにさせていた。あの人の好きな人は知っている。私越しに誰のことを見ているか知っていながら、10歳以上も年上のあの人を好きになってしまった。

頼りがいがあって、自分の意志で行動して、自立している大人で。

可愛がってくれるし、優しくもしてくれるし、甘やかしてくれる。

私は好きな人の代役でも、あの人は代役の私に愛情を見せてくれるから。

もしかしたらと、一縷の望みというのを、期待していた。


振られてみると、初めから覚悟していたはずなのに、ひどく落胆した。

モヤモヤして、むしゃくしゃして、簡単に飲み込めなかった。




土曜日の公園で、そんなむしゃくしゃを晴らすためにひたすら走ろうと思っていた。体を動かすことは嫌いじゃないし、何も考えないでいる方法がそれくらいしか思いつかなかった。


公園の湖の外周を走り始める。その時、側のベンチに麗華が座っているのは気付いた。けれど、声をかける気なんてなかった。麗華の方は少しも気づいていなかったし、今はなにも話したくなかった。外周を1周回って、麗華の後ろを通り過ぎる。2周目の半分過ぎたところで、走るのをやめて歩き出した。

何だろう、無性に麗華がいることを意識している。麗華がいる、いや麗華しかいないから。私と今無条件に、ただ一緒にいてくれそうな人。

そう思ったら、一緒にいてほしいという気持ちが湧いてくるのを止められなくなった。




麗華が座っているベンチまで残りの外周を歩いていく。

もう帰ってしまっていればいい。声をかけなくていいから。

歩きながら声をかけたいようでかけたくない気持ちがいり混じって迷っていた。

話を聞いてほしいけれど、知られたくない気持ちもある。

それに、いつだって、理由もなく麗華は私の所に来たりはしない。理由なんてなくたって、いつでも来てもいいと言ったのに、麗華は律儀で。そんな麗華に面倒なことしたくないとも思う。……まだ座っていたならもしそうなら声をかけようか。そう思って、時間を稼ぐよう歩いた。


麗華の座ったベンチが近づく、まだ距離のある位置から人影が変わらずそこにいるのがわかった。

迷っていたくせに私は、麗華がまだそこにいたことにほっとした。


「麗華」


麗華の後姿に声をかける。

振り返った麗華は朝の空気にふさわしいくらい清々しい表情をしていて、立ち上がって私の側まで来た。

だからそんな麗華を私につき合わせてはダメだと、話しなんてしない方がいい気がしてくる。


「どうせなら一緒に歩こう?」


麗華の方からそう言われて、


「じゃあ一周だけね」


そう言った。

私は湖を1周の間考える時間ができた。そして、湖を1周する間迷っていた。

麗華がいつもより話しかけてくれている気がする。私が少しも話そうとしないからだろう。いつもみたいに上手く振る舞えなかった。


「そろそろ帰るね」


約束通り1周一緒に歩き終わって、麗華がそう言った。


「麗華、もう少し時間ある?家によって行かない?」


咄嗟に引き留めてしまった。

あっさりと帰るねと言った麗華の言葉に、それ以上何も考えず引き留めた。



麗華を連れて私の住むマンションまで帰る。真衣さんに朝食を準備してもらって、食べ始める。真衣さんが出て行くと、2人きりになった。


話を聞いてほしいと思うものの、話し出せなかった。

先に食べ終わって、目の前できれいな所作で食事をしている麗華を眺めていたけれど、見ていると食べづらくなったのか、麗華の動きが少しぎこちなくなった。

話すのは今じゃない、そう思って席を立って洗い物をしに行く。

先に真衣さんが洗ってくれていた、調理器具を拭いて傍らに置くと、今度は自分の食器を洗う。食べ終わった麗華も食器を運んできてくれた。

そのまま置いてソファーにでも座りに行くと思っていた麗華は、ずっと隣に立って私の手元を眺めていた。


私はしばらくそのままにしていたけれど、思わず噴き出したのは、麗華にとってこんなことが新鮮なことなんだと気づいたからだ。変な熱視線を浴びている。


私は何でもできる人にあこがれて、何でもこなす人を尊敬して、自分もそうなりたいと思ってきたから、こんな些細なことでしかないものに熱視線を向けられることに逆に新鮮さを感じた。


麗華って時々意外なところがあって可愛い。小さい子供みたいだ。



「やっぱり、麗華を呼んでよかった」


そう声に出ていた。麗華がいるだけで気が紛れていた。


「何か見ようよ、テレビとか動画とか……座って」


ソファーの隣を示すと、麗華が隣に座る。

部屋の中を少しでも賑やかにしておきたかった。2人とも話さなかったとしてもいいようにとテレビを点けた。

横に並ぶと、私達の目線は必然的に画面に向かう。


テレビの中では、旅先の地域グルメを紹介している。


「おいしそうだね」


麗華がテレビの方を見たままそう言った。


「いいね」


私もテレビの方を向いたまま、そう返した。




なぜだろう。ふっと迷いが消えた。


「私、好きな人がいるの」


私の口から自然とそうこぼれ出てた。

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