黒猫と至聖の剣 5


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素晴らしい技だ、才能がある・・・あれは剣聖の口癖か何かだろうか。

戦った相手を立てる紳士的な振る舞い? ノブレスオブリージュを気取っているのか?

もしもそれで気を良くした相手が手心を加えてくれる、とでも思っているのならとんだお笑い草だ。


自身の命が失われようとしている時ですら、剣聖はそんな世迷言を言っていた。

受けた傷が致命傷である事にも気付いていないのか、まだ助かる可能性があると思ったのか。

そんな可能性など与えはしない、一子相伝の技は確実に剣聖の命を断ち斬ったのだから。


この技が新たな剣聖の技と評される時代がこれから始まるだろう。

お前に認めてもらう必要などない、この剣こそが最強の座に相応しいのだから。




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「アーステール様、本当にあの人が剣聖を殺したんでしょうか?」

「さぁね・・・まだ何とも言えないわ」


引き続きハジャルさんに道案内を任せて、私達は次の控室へ向かう。

唯一の女性参加者という事もあって扱いが違うのか、その控室は殊更離れた位置にあるようだ。


流麗なる美闘士アイゼラ。

美しい女性だとは思ったけれど・・・剣聖と男女の関係だったのだろうか。

出来ればそういう話には関わりたくはなかったのだけれど・・・確かに剣聖を殺せる可能性としては無視出来ないものがあるのも事実だ。


「剣聖と言っても人間だからな・・・人気もあったし、そういう事もあるだろうさ」


前を行くハジャルさんが少し不機嫌そうに答えた、剣聖の人気に嫉妬でもしているんだろうか。

それとも・・・


「あの・・・ハジャルさんって・・・アイゼラさんの事が好きだったり?」

「な・・・何言ってやがる! お、俺は別に・・・」

「あ・・・そうなんだ」

「ち、違うし!絶対に違うからな!」


ハジャルさんは必死に否定するけど、逆にそれが怪しく見える。

同性の私から見てもすごく綺麗な女性で、その上剣の腕もかなりのものとくれば、年頃の彼が憧れてしまうのも無理はない。

見た感じちょっと年上なあたりも、大人な感じで魅力的に感じるんじゃないだろうか。


「うんうん、綺麗な人だもんね・・・でもああいう人って自分より強い人が好きそう」

「にゃー」

「あ、サフィールもそう思うって」

「大丈夫ですよハジャルさん、がんばればいつかきっと・・・」

「お前らな・・・はぁ・・・」


盛り上がる私達に抗議する気力もなくなったのか、ハジャルさんはため息と共に肩を落とした。


「もういい、好きに言ってろ」

「あ、拗ねちゃった・・・子供みたい」

「・・・」


ハジャルさんもアーステール様にそれを言われたくはないだろう。

私達を置いていくかのように歩く速度を速めていく・・・が、足の速さならアーステール様も負けてはいない。

速足で歩くハジャルさんに離される事なく着いて行く・・・結果、私1人が置いて行かれそうになって・・・


「ちょっと・・・二人とも、待って・・・」


幸いな事に2人は目的の控室に到着したようで・・・なんとか私だけ置いて行かれずに済んだ。


「はぁ・・・はぁ・・・」

「ソアレさん大丈夫?! 具合が悪いならここで休んでて」

「もう・・・アーステール様があんな事言うからです・・・」

「?」


私の抗議の声にも、アーステール様はきょとんとした表情で・・・あ、サフィールが一緒に首を傾げた、かわいい。

とりあえず私が一息つくのを待った後・・・ハジャルさんが控室の扉をノックした。


「どうぞ」


室内から凛々しい女性の声が返ってくる。

扉を開けると・・・やはり先程の控室より清潔さを感じる小奇麗な部屋に、その女性はいた。


「はじめましてアイゼラさん、私は・・・」

「伯爵家のアーステール様ですね、貴賓席にいらっしゃったのを覚えております」


そう言って彼女は、騎士がするように跪いて礼をした。

会場では騎士のような甲冑を着た姿だったが、その振る舞いも騎士のよう・・・本当に騎士なのかも知れない。

さすがに今は鎧は着ていないけれど、なかなか仕立ての良い衣服を着ており、すらりと伸びた長身に良く似合っている。

その金の髪と同じ色の長い睫毛に彩られた瞳が、こちらの方に向いて・・・


「あ、アーステール様付きのメイドで、ソアレといいます!・・・そこの彼はハジャルさんと言って・・・」


同性ながら彼女の美しさを前にして緊張してしまう。

アーステール様が時折見せる大人びた表情にもどきりとする事があるけれど、彼女のそれはまた別格だ。

緊張のあまり自分でも何を言ってるかわからない状態・・・ちゃんと説明出来ただろうか。


「剣聖レアシオン・・・彼の件ですね?」


アイゼラさんは表情ひとつ変えずにそう答えた。

自分が疑われている事は察しているのだろう・・・その視線は油断なく怜悧で、抜き身の刃を向けられたかのよう。

・・・けれど、それがまた彼女の美しさを際立たせてもいた。


「率直に聞くわ・・・貴女と剣聖はどういう関係だったの?」


彼女から感じる、刺すような威圧感を全く感じていないのか。

アーステール様は本当に率直に、遠慮など欠片もなく切り込んだ質問を投じた。


「・・・貴女も、私達がそういう関係だったと疑っているのですね」


彼女の視線がより一層険を帯びたものになる。

見ているだけでハラハラするというか、お腹がキリキリと痛みそうなやりとりだ。


「さぁ?・・・わからないわ」

「わからない?」

「ええ、私には何もわからない・・・わからないから、こうして直接貴女の言葉を聞きに来たの」

「・・・」


彼女からの圧が増す・・・果たしてこの身が命の危険を感じ取るのは今日だけで何度目か。

やはり流麗なる美闘士アイゼラもただ美しいだけではない・・・これまでの二人と肩を並べるに足る強者。

しかしアーステール様もそれに動じる事はなかった・・・彼女も只者ではないという事か、それとも単に神経が図太いのか。

一触即発・・・ひりつくようなこの状況を動かしたのは、黒い色の毛玉だった。


「・・・にゃあぁ」

「・・・」


この場の空気など関係ないとばかりに大きな欠伸をした後、黒猫は尻尾を揺らしながらのそのそと。

そのままアイゼラさんの足元まで来ると・・・身体をすりすりと擦りつけた。


「サフィール?!」

「こ、この猫は・・・」


サフィールはそのまま彼女の足元で8の字を描くように、ぐるぐると身体を擦りつけ続けた。

う・・・羨ましい。

アイゼラさんも突然の猫の行動に、どうしたら良いのかわからず・・・身動きが取れなくなっていた。


「サフィールは私以外にはなかなか懐かないのに・・・貴女の事が気に入ったみたい」

「これは・・・懐いているのですか・・・」


アイゼラさんが恐る恐る手を伸ばすと、サフィールは自分からその手に頭を擦りつけて、ごろごろと喉を鳴らした。

ああ、ずるい・・・さっきのジェイドさんといい、初対面なのにどうしてこんな・・・


「アイゼラさん、もう一度言うわ、私には何もわからない・・・貴女の事を疑って良いのかさえも、ね」

「・・・」


猫によって毒気が抜かれてしまったかのように、彼女から威圧感は消え去っていた。

むしろ今の彼女は穏やかな笑顔を浮かべており・・・きっとそれが本来のアイゼラさんの姿なのだろう。


「わかりました・・・本音を言うと少し恥ずかしいのですが・・・」


そう前置きして、彼女は語り始めた。

それは、剣聖に恋した1人の少女の物語・・・




私が生まれたのは、田舎に小さな領地を持つ騎士の家でした。

かつては武勇で名を馳せたらしいのですが、今やすっかり落ちぶれてしまっていて・・・

なかなか男子が生まれなかった事もあり、幼い私が剣を振り始めた時も誰にも叱られる事はありませんでした。


先祖の血を色濃く受け継いでしまったのか、私の剣の腕はみるみる上達して・・・本気の父と立ち合って勝ったのが13歳の時の話です。

そこまで来ますと、父も婿養子を取って私に家を継がせようと考え始めたようで・・・

田舎騎士の娘には無縁と思われた貴族の子弟との縁談の話が持ち上がり始めました。

ですが、田舎の野山で自由に育った私は、貴族の礼儀作法というものがなかなか身に着かず・・・ええ、当時の私はそれはもう粗暴だったのです。


剣の強さだけが取り柄の、獣のような娘。

そんな私に良縁などあろうはずもなく・・・せっかく父が連れて来てくれた方々も逃げ出す始末。

皆教養ある良家の御子息達だったのですが・・・当時の私からすると・・・「なんか難しい言葉を話す弱っちいやつら」という印象で。

父はさぞ難儀したと思います。


私が15になった頃。

この武術祭の噂を聞きつけた私は、いてもたってもいられず・・・気付いた時には新たに持ち込まれた縁談の話を無視して、この街に旅立っていました。

残念な事に当時の武術祭は女性の参加が認められておらず・・・もちろんそんな事で諦める私ではなかったので男装して参加しました。


初めて参加した武術祭で、私は難なく勝ち進みました。

田舎騎士の家に伝わる剣術は、こちらではなかなか珍しかったようで・・・面白いように勝てました。

実際面白かったです、私から見ても戦った事のない強者達ではありましたので。


でも同時にがっかりもしていました、世界中から集まった剣士達でもこの程度なのかと・・・

そこに現れたのが彼・・・レアシオンでした。

当時はまだ剣聖とは言われておりませんでしたが、当時から無敗で、優勝候補としてその名前が当然のように上がってくる程度には強さが知られていたようです。


準決勝で彼と当たり・・・私はそこで初めて恐怖というものを知りました。

これまで自信を持っていた剣技の何もかもが彼には通用しない・・・獣の私にとって牙と爪を剥がされたような感覚。

彼の前に立つだけで、身体が勝手に震えてきたのを今でも覚えています。


それでも私は負けず嫌いだったので、せめて一太刀・・・一撃でも当てようと必死に食い下がりました。

追い込まれた私が繰り出したのは、相打ちさえ覚悟しての危険な踏み込み・・・私の剣が彼の頬を僅かにかすめたその時。

同時に彼の剣は私の身体を深く切り裂いていました。


幸い一命を取り留めましたが、女性である事が発覚してしまい・・・私は失格。

私が重傷を負った事を聞きつけて駆け付けた両親に、彼は言いました・・・この責任を取って私と結婚すると。

怒り狂った父がそれを許す事はありませんでしたが・・・その時私は思ってしまったのです・・・この人だ、と。


その後の彼の活躍は知っての通り。

連戦連勝、無敗の剣聖・・・そんな彼に相応しい女性とは・・・それが私の出発点でした。

他の誰よりも強く、そして誰よりも美しく・・・別人のように礼儀作法に打ち込む私を見た時の父の顔はとても面白かったです。


身なりも整え、髪をすいて、化粧を学び・・・もちろん剣の鍛錬も。

いつしか、流麗なる美闘士と呼ばれるようになっていました。


ああ、そうだ。

武術祭への女性参加が認められるようになったのは、彼が掛け合ってくれたからと聞きました。

また私と剣を交えたいと・・・それは何よりの励みになりました。

次に会う時はもっと強く・・・もっと綺麗になった私を彼に見せるのだと。


彼との再戦の度に、私は腕を上げてきました。

しかしその一方で彼の剣の方には、手加減を感じるようになりました。

あの時に負わせた傷の事を気にしているのでしょう・・・明らかにその場所を狙ってこないのですぐに気付きました。

それでも私は・・・私の剣は・・・手加減をした彼に一撃も当てる事が出来ない。


今の私の目標はあの時と同じ・・・せめて一太刀。

また一撃でも彼に当てることが出来たなら、その時は・・・今度は私から・・・



「・・・結婚を・・・申し込もうと思って・・・それなのに・・・どうして・・・」



・・・アイゼラは嗚咽に声を詰まらせた。


全くわからない。

とめどなく涙を流す彼女に、どんな言葉をかければ良いのか。


こんなにも純粋な愛情を持った彼女が、剣聖を殺したとはとても思えない。


でも剣聖は死んだ、何者かに殺されたのだ。

それだけは確かな事実・・・でもいったい誰が・・・誰ならば殺せるというのか。


泣きじゃくる彼女に何も言うことが出来ず・・・私達は控室を後にした。


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