黒猫と至聖の剣 4


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剣聖は死んだ、剣聖はもういない・・・何が最強か、何が無敗か。


あの剣聖を殺す日を夢見てずっと身体を鍛え、技を磨いてきた。

そしてその技はついに剣聖を仕留めた、血の滲むような努力は報われたのだ。

あの瞬間の高揚感よ、綺麗に入った刃が肉を切り裂いた時の感触は、まだこの手を震わせる。


自分は成し遂げたのだ。


声高にこの勝利を誇りたい、だがその必要はない。

自分が誇るべき相手にはもう届いているのだから。




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『見えざる射手』

よもや、その名前を再び耳にする事になろうとは・・・


それは伝説上の刺客、姿を見られる事なき暗殺者。

今もその名を掲げる暗殺者や、あるいは末裔を名乗る暗殺者がいるらしい。


無名の剣士ジェイドは、意外にもあっさりとそれを認めた。


「確かに俺は『見えざる射手』・・・祖先よりその技を受け継ぐ者だ」

「・・・!」


その瞬間・・・この控室の温度が下がったように感じられた。


他の3人と違い、たまたま運よく勝ち抜いただけの、いまいちパッとしない無名の剣士。

この武術祭でジェイドという人物に対して、多くの人が抱いていた印象はそういったものだった。


だが今はどうか・・・今の彼は底知れない存在感と、近寄る事が躊躇われるような威圧感を感じられて・・・

それ以上に、その全身から漂ってくる目に見えない何かは一体・・・それにあてられて、私の身体が危険を訴えるかように震えが・・・止まらない。


「しゃーっ!!」


サフィールも本能でそれを感じ取ったのか、尻尾を逆立てて威嚇の声を上げた。


「サフィール?!どうしたの?!」

「・・・ああ、済まない」


ジェイドが一言謝罪の言葉を発したと同時に、その気配がぴたりと消えた。

身体の震えが止まると同時に、どっと冷や汗が湧いてくる・・・

再びジェイドの方を見ると、まるで今の出来事が嘘だったかのように、ただ平凡で冴えない人物がそこに居た。


「危害を加えるつもりはない・・・信じて欲しかっただけだ」


そう言いながら彼はしゃがみ込むと、未だに威嚇の姿勢を取り続けるサフィールの頭に手を伸ばし・・・ゆっくりと撫でた。

私にするように引っ掻くかと思われたサフィールは、きょとんと・・・何が起こったのかわからないような顔をしたまま、撫でられるがままにされていた。


「よし・・・いい子だ・・・脅かして悪かった」


ジェイドの手は今サフィールの顎にかけられて・・・そのまま喉をさするように動かすとサフィールは気持ちよさそうに瞳を閉じて身体を傾けた。

なにあれ・・・ずるい・・・私には触れる事も出来なかったのに・・・


「今のがその『見えざる射手』の技・・・なのかしら?」

「基礎の技・・・気配を制御しただけ・・・今は、草のように・・・」

「草の・・・気配?」


今のサフィールには彼の手がそこらの草のように感じられて・・・それで警戒を解いたという事?

なんだか魔法でも見せられているような気分だ。


「気配を消すのは簡単・・・だがそれでは不自然・・・勘の良い者には簡単に気取られる」

「それで誰も気に留めないような気配を模倣しているの・・・すごい技術ね」

「・・・ふ」


もはや超常の域にある技を前にして、しかしアーステール様は動揺した様子もなく。

ただ感心したようにそう呟くと・・・ジェイドはにやりと笑みを浮かべた。


「そんな風に素直に褒められたのは久しぶりだ・・・そう・・・あの時の剣聖以来・・・」


剣聖・・・暗殺者とは対極にあるはずの存在。

だが、今彼が発したその言葉には・・・親しみのようなものが感じられた。


「貴方も剣聖レアシオンと関わりがあるのね・・・話を聞かせて貰えるかしら?」

「あまり話すのは得意ではないが・・・」


そう前置きをして、『見えざる射手』ジェイドは語る。

その言葉の通り、彼の話は途切れ途切れで聞き取りにくかったけれど・・・その話を纏めると・・・



かつて実在した凄腕の暗殺者。

それが神話にもなった『見えざる射手』本人なのかどうかは定かではないらしい。

ただ彼の凄まじい手腕によって、当時の人々からは自然とそう呼ばれるようになっていたという。


その技は暗殺稼業と共に代々継承され・・・現在の継承者がジェイド・・・驚くべきことに偽名ではなく彼の本名だそうだ。

若くして祖先の技の全てを継承した彼は、これまで数多くの人物を闇に葬ってきたという。

『見えざる射手』の逸話通りに、誰にも姿を見られる事無く・・・その唯一の例外、それが剣聖レアシオンだった。


「初めて見る・・・面白い技だ」


それが・・・必殺のはずの一撃を凌ぎながら、剣聖が発した第一声だった。

周囲と気配を同化しての、死角から放ったその一撃は・・・驚くべき反応速度によって受け流された。


もちろん彼にも『二の矢』と呼ぶべき技がないわけではない、仕留め損ねた時の為の技もまた受け継がれてきている。

しかし、姿を見られる前に相手を仕留めるが故の『見えざる射手』・・・その姿を認識された時点で、彼の敗北は確定していた。

不意を突くわけでもなく繰り出された彼の技は、剣聖の技には遠く及ばない。


そして何よりも必殺の初撃を外された彼自身がひどく動揺していた・・・その技は精彩に欠けており、本来の鋭さを発揮できていなかった。

持てる技の全てを出し尽くし・・・苦し紛れに相手の技を真似てみたりもしたが、そんな付け焼刃が通用するはずもなく。


彼は死を覚悟した・・・暗殺に失敗して返り討ちに遭う、それも決して珍しい事ではない。

いくら腕が立つと言っても自分だけが無縁なはずもない・・・ついにその時が来たのだ・・・と。


しかし・・・剣聖の剣が彼の命を断つことはなく・・・


「どうした・・・はやく斬れ・・・」

「いや・・・やめておこう」


敗北を、死を受け入れたジェイドに対して、レアシオンは清々しいばかりの笑顔を見せながらそう答えた。


「その域に達するまで、さぞ修練を積んできたのだろう、素晴らしい技の数々だった・・・出来る事ならもう一度戦いたい」


ジェイドは技を褒められた事がなかった。

受け継がれた技の習得とその洗練は一族の義務であり、褒める必要などありはしない。

まして全てを受け継いだ今の彼が技を見せるのは標的となった相手のみ・・・死人は語る口など持たない。


しかしレアシオンは素直な心で、彼の繰り出した技・・・その一つ一つに対して感想を語って聞かせた。

それは、苦し紛れに放った技真似にも追及が入り・・・


「初見であの技を模倣されたのも君が初めてだ・・・君は剣士としても優れた才能があるようだ」

「剣士の才能・・・」

「ああ・・・君も表舞台に出てこないか? その素晴らしい技が誰にも知られないのは勿体ない」

「・・・」


その言葉を残し、レアシオンは剣を収めると彼に背を向けて立ち去ったという。



「この男は何を言っているのか・・・気でも狂ったのか・・・最初はそう思った・・・だが・・・」


その時の体験は、暗殺者としての彼をその根底から揺るがしてしまった。


「その日からだ・・・仕事が虚しくなった・・・どんな強者を仕留めても、あの時感じた何かは・・・得られなかった」


それはきっと強敵と刃を交える事でしか得られない・・・武の領域。

暗殺者ではなく、剣士としての彼が生まれた瞬間だったのだ。


「それが・・・貴方がこの武術祭に参加した理由なのね」

「そうだ・・・俺はここでもう一度・・・あの男と戦いたかった・・・」


そう語ったジェイドの頬に涙が流れたように見えたのは錯覚だろうか・・・私には彼が嘘を言っているようには見えない。

彼の言葉を信じるのならば、彼の技でも剣聖は殺せない・・・暗殺者の奇襲すら、剣聖を殺し得ない。

では他に誰が・・・


「本当にあの剣聖の出鱈目さにも程があるわ・・・まさか死角からの奇襲にすら対応出来るだなんて・・・困ったわね、いったい誰なら彼を殺せたのかしら?」

「優れた強者も・・・女の前では無力となる・・・裏の世界では然程珍しくない話だ」


百戦錬磨の暗殺者はそう断定する。


「・・・あの男を殺したのは・・・女だ」

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