ep.17 自愛と葛藤が交錯するSOS

 「顔を上げなさい」



 アゲハが少しずつ前へ歩み寄り、住民達に優しく声をかけた。

 彼らはハッとした表情で、再度アゲハの顔を見る。この時のアゲハに、怒りや恨みの感情は一切なかった。


 「なら… 1つ、頼まれてほしい事がある。


 もう一度、国の一存を背負う者として、戦う“覚悟”はあるか?」




 ミハイル達は息を呑んだ。

 おそらく、先方が「なんでもする」といったからが故の指示だろう。これは僕だから知っているが、アゲハは顔には出さないものの、他者に期待や信頼を置いていいのか警戒する癖がある。


 再び顔を上げた住民達に対し、アゲハは更にこう続けた。


 「これから、この国をどの様に愛し、貢献するかは民の自由だ。戦わなくとも、避難所の確保や物資調達、民間に住む女子供達の守衛、ライフラインの復旧など、幾らでも手はある。私はそれらを決して拒まない。これも、立派な愛国の意思表示だからね。

 今のアガーレールはもう、昔の様な弱小とは違う。だが油断は禁物。敵は想定外の攻撃を仕掛けてくる、倫理観が通用しない相手。その分の戦力は多く備えているんだ。武器も、災害備蓄用の衣食住も、こちらで一通り準備してある。


 きたる戦争によって、再び多くの命が奪われる可能性は否定できないが、敵に慈悲も容赦もない以上、嫌でも私達は立ち向かうしかない。戦わなければ、ただやられるだけ。

 生きるか死ぬか、勝つか負けるか。それが、『戦争』という私達が向き合うべき問題だ」



 少し前に掲げられた、口上を連想させる場面だ。

 気がつけば広場を走り回っていたドワーフ達も皆、その場で静かにアゲハの声を聞いている。それだけ、きたる戦争は自分たちの命に関わる問題でもあると周知している様子だ。


 謝罪の先頭に立っていたミハイルが、同行している住民達の顔を見た。

 みな、真剣な表情で頷いたり、中には偽酋長にほだされ、女王を侮辱してきた子供に謝らせている親の姿も見られる。それらを確認し、彼は再び胸を掲げた。


 「覚悟は、できています。あの野蛮な組織に村ごと奪われ、操られ、善意を踏み躙られてきたこの屈辱、我々も黙っているわけにはいきません。女王様の望みであれば… 襲撃で命を落とした人々の遺志を背負い、共に戦う事を、ここに誓います!」


 「「「おー!!!」」」



 広場一帯を、男たちの力強いとどろきが上がった。


 各々おのおのが手に持っていたものを掲げ、戦意をアピールする。

 そんな「国への忠誠」を前に、アゲハは少し安堵したような、だけどどこか不安を抱いているような、儚い表情を浮かべていた。


 「ありがとう。みんな。この件は、私が軍の指揮官と幹部を務めている近衛このえの2人に報告し、コロニーという新たな陣営の受け入れ体制を促そう。その後、正式に訓練の可否を追って知らせる。それまで、今は自愛の精神を忘れずに」



 一部から、嬉し涙を啜る声まで聞こえてきた。

 少しだけ、女王として報われたのだろう。


 僕は静かに頷いた。この国が少しずつ、確実に良い方向に向かっているのだと。




 ――――――――――




 ヒナはまだ、眠っている。


 あの時の儀式で、かなりの体力を消耗したのだろう。

 ヒナを寝かせているベッドの横では、礼治が静かにその目覚めを待っていた。



 ――俺のせい… だよな。


 ――仮に、ここが俺の書いた小説の世界だとして… 俺がこんな、残酷で、狂った世界を世に残してしまったせいで、皆が。



 「“燃やすべき”、だったか。ベックス達に、形にされてしまう前に」




 礼治はそう独り言を漏らした。


 葛藤していた。

 虚無の中で、彼の掌から1つの小さな黒焔が、蠟燭ろうそくの火のように揺らめいている。


 この世界は、彼が描いたものでほぼ間違いないだろう。

 サリバにイシュタという、描写した覚えのないニンゲン2人がいる点を除けば、他はすべて心当たりがあるからだ。

 問題は、この小説を執筆した当時の記憶が、かなり曖昧になっていること。


 礼治は静かに立ち上がり、部屋を出た。

 ヒナが目を覚ますのは、まだもう少し先だと予見したからだ。


 黒焔を消し、廊下に出て、開いている窓から外の空気を吸う。

 ちょうどここから見える広場では、アゲハと僕を囲うようにドワーフ族やコロニーの住民たちが集まり、轟が上がっていた。


 見ると、隣の窓の前には、マニーも廊下に立ち止まり広場の様子を見つめている。


 「コロニーが、アガーレールに和解を申し出た。あの様子だと、アゲハがフェデュートへの共闘を条件に出したのだろう。そろそろ、俺とマイキの所に受け入れ案が出されるかもな」

 「…」

 「そっちは? まだ目覚めないのか」


 ヒナのことだ。マニーから訊かれ、礼治は静かに頷いた。

 再び、窓の外を見つめる男2人。


 「あえて、誰とはいわないけど」

 マニーが、礼治に問いかけるように呟いた。この時の彼の表情は、少し険しかった。


 「どうしても、分からない事がある。この世界の筆者は… もし、礼治さんが小説を書く立場なら。一体どういう心理状況で、この世界を描こうと思える?」

 「え」

 「心身が摩耗するような物語を、態々描くと決めた、筆者なりの『正当な理由』があったのではないかと俺は見ている。一般人に馴染みのない、速記を用いている時点でだ。小説を書いた事がある人なら、ここの筆者の、当時の気持ちが分かるんじゃないかと思ってね」

 「…」



 礼治は察した。

 これは、“筆者”として正直に答えないと余計悪化するやつ・・・・・・・・だ、と。


 もちろん、そんな一個人の意見を述べただけで、どうにかなるわけではない。この物語の中で起こっている、問題の解決に向けたギミック――つまり「ネタバレ」――を訊かれているわけではないからだ。

 礼治は僅かに震えながら、自身の腕を抱きしめるような格好で、正直に気持ちを述べた。


 「…たぶん、世間へ向けたSOSだろう。自分にとって脅威となる存在に、この小説の世界を破り捨てられないようにするため、『速記の勉強だ』と、嘘をついて」


 「勉強?」


 「筆者は―― 人間不信だ。きっと、それだけ劣悪な環境で育った。自分の周囲にあるすべて・・・が、1つの仮説となって体系化し、脅威となる者の耳に『情報』として伝わる。そうなれば、筆者が何をされるかわからない。だから、すぐには解読されない速記を使い、脅威となる者の本性を記した1冊の本を作り、それを世間に流し誰かに助けを求めようとした」


 「その脅威って、誰のことだ? もしかして、筆者の『親』か?」


 「…たぶん。考えられるは、この世界におけるマーモの存在。そいつのモデルとなっている脅威に、筆者は、酷く怯えていたのだろう」


 「…質問を変えるよ。なぜ、この世界は途中で執筆が止まったんだ? それだけ、マーモのモデルである者の本性を、ファンタジー小説という形で世間に知らしめたかったのに?」


 「それは」



 ――!!


 その時、礼治の脳裏に、再び電流のような痛みが走った。

 「うっ…!」

 「どうした!?」

 マニーもはっとなり、近くへ駆け寄る。礼治は自身の頭を抱えるように蹲ったが… すぐにその症状は治まり、ゆっくり体制を持ち直した。


 「はっ」


 礼治は、自身の口元を手で覆った。そして… なぜか、顔を赤らめている。

 何か、重要な事を思い出したのだろう。マニーはすぐに内容を訊こうとした。


 だがその時、彼のガラケーに1本の着信が。


 ♪~

 「なんだよ、こんな時に。もしもし?」

 『私よ! サンドラ。誰か、すぐこっちへ来てくれないかしら!? 空で今、まずい事が起こっているの! 敵に、あの島の存在を気づかれてしまったみたいだわ!』


(つづく)

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