第13話 沙矢とライバル

「ク、クレーム、ですか……?」


 どうやら眼前の松村まつむら先輩は、私とひじり先輩が一緒になっているのが相当ジェラっているようで、それに対する苦情を私に申し付けているみたい。ホッ、良かったわ。バイトに関するクレームじゃなくて。


 ――いな、良くないわよ!


 まずどうして私と聖先輩の関係性をご存知ごぞんじなのよ⁉まずそこに疑問を感じたわ!


「アンタ、愛しき聖さんと一緒に暮らしているんでしょ?」

「へっ!?」


 松村先輩、どうして私と聖先輩が同居していることを知っているのよ!?


 だって、百合ヶ崎ゆりがさき高の中じゃ聖先輩が私の家に同居していることは秘密なはずよ!?ましてや聖先輩と交わした約束だし……。


 それなのに、一体どこから得た情報源なのよ……?


 そんな不安と緊張でいっぱいいっぱいな私に対して、松村先輩は頬杖つきながら淡々と不満のような表れを言葉にする。


「最近部活を共に参加していると、愛しき聖さんが何だか嬉しそうに見えるのよね。今までこんなことなかったのに。でもついこの前その謎が解決したわ。アンタ、バレー部の見学に来なかった?」

「あっ……」


 それは私のバイトがお休みだった時、暇潰しとして百合ヶ崎高の部活見学に行った際、体育館で楽しそうに、そして必死となってバレーを勤しむ聖先輩の姿に見惚みとれていた。確かにあの時は聖先輩の目線に気づいて逃げたしまった。


 その時の状況を松村先輩は見て合点がいったってわけか。


「た、確かに来ました。で、ですが、それと同居は何の関係があるのですか?ま、まず、私とひじ――例の先輩が同居しているという確かな情報なんて、あるわけないじゃないですか!?」


 私は松村先輩に聖先輩とは何ら無関係だと誤魔化す。危うく聖先輩の苗字を言いそうになったけど、どうか松村先輩が気にしないことを願うわ。


「ついて来たのよ。アンタと愛しき聖先輩が一緒に帰ってくるところを」


 松村先輩のこと一言が、わたしの目を丸くさせる。


「あなた、二回ほど愛しき聖さんとくっついて歩いてたわね。私は気になってしまい思わずつけたわ。すると愛しき聖先輩がアンタと一緒に一軒家に入っていくところを目撃して、ひょっとするとと思ったら、表札にアンタの苗字が記されていたのよ」


 そ、そんな……。まさかあとをついていくなんて、私は気づかなかった。というかそこまでする必要はある?


「おかげで愛しき聖先輩とアンタの関係性が気になり過ぎて部活に集中できなくなった私は、遂に代表から外れてしまい、そして補欠にまで降格させれたのよ!」


 まさか私と聖先輩が同居しているという理由で部活にまで支障をきたすことになるとは。


 意外なところで悪影響を及ぼしてしまったことに、私は驚きのあまり言葉にすることはできなかった。


 それでも松村先輩の怒りのボルテージは上がる一方だった。


飯原いはら 沙矢さや!一体聖さんとどういう関係なの!?先輩後輩を通り越した親友マブ?それとも肉体関係?」

「ど、どちらでもないですよ!そのぉ、事情を話せば長くなると言いますか――」


 私は多くの勘違いをしている松村先輩に、同居している事情を説明する。


 聖先輩の両親が海外出張する都合で私の家に居候していること。聖先輩の母が私の母と同級生だったから、その縁で私の家で同居していること。


 そして、私とはまだそこまで踏み入れた関係じゃないことも伝える。とはいえ、聖先輩がそうだとしても、私の心の中ではその前面まで行っている。


 ただ、勇気がないだけで――。


「そうなのね。じゃあ飯原 沙矢は、愛しき聖さんとはただならぬ関係じゃないってわけね」

「はい……」


 納得した松村先輩に、私は下を俯きながら肯定する。


 この返事は松村先輩の言葉そのものの返事であって、実は私は聖先輩に片思いしているという意味ではない。


 言うなれば、私は半分嘘をついているということ。


 聖先輩本人や神谷かみや先輩に続いて松村先輩にも嘘をついてしまった。一体私は何人くらい嘘をつけば気が済むのやら。


「あなたさ――」


 私を見ながら松村先輩は、睨みを利かして何か言おうとする。


「……やっぱり何でもないわ。これからもせいぜい愛しき聖さんと許容範囲で接することね」


 そう言いながら松村先輩は、地平線に隠れつつある夕陽ゆうひを見ながら私を通り過ぎてまっすぐ歩く。


「……愛しき聖さんに何か変なことをしたらおからみたいにするから!」

「お、おから!?」


 ちょっと待って!まず変なことって具体的に何ですか!?それに何で聖先輩に手を出すだけで食材に生まれ変わらなきゃいけなんですか!?


 あまりにも特殊とも言える罰を与えることになった私は、松村先輩の背中を見つめるしかなかった。


 ☆☆☆


「はぁ〜……」


 バイトから帰った私は、聖先輩がいないことをチャンスに、私自身の部屋の勉強机に突っ伏す。


 一体、松村先輩って何者なの?妙に私に突っかかって来るし。


 それに節々に出てきた言葉にも、変な引っかかりを覚えちゃう。


「愛しき聖さん――」


「愛しき」ってどういう意味何だろう?まさかとは思うけど――


 いやいやいや!そんなはずはない。ま、まず、聖先輩と私は正式な『アレ』じゃないから、何もそこまでジェラを感じなくてもいいじゃないの!


 まず聖先輩と松村先輩が仲良くなっていれば私はそれでいいのよ!私はただ陰から応援すればいいだけの地味子ちゃんでいればいいの!だけどなぁ〜……。


 不意に訪れるモヤモヤとした感情が喉元までこみ上げて来た。やっぱり私、聖先輩のことが――


 いやいやいや!そんな不純な気持ちを持ってはダメだぞ沙矢!私と先輩はあくまで先輩と後輩の関係であって『アレ』の関係性はないのよ!


 そうおのれに言い聞かせながら、机上きじょうに置かれているシャーペンをコロコロと転がしたり、人差し指で弾き飛ばしたりして落ち着かせる。


 しかしそうやっても、このもどかしさが消えることはない。


 そして、無意識に鼻をスンスンとやってしまう。


 引っ越してからというもの、私の部屋は聖先輩が独占して使用している。だからなのか、私はついつい先輩の残り香を嗅いでしまう。


 席を離れ、部屋の真ん中に移動する私は、ぐるりと時計回りで部屋の香りを嗅ぎ続ける。


 かすかながら聖先輩が付けたであろう香水の香りがするわ。なんだろう?バラかな?それとも――


「あら?飯原さん?」


 ドアから聞き覚えのある声が聞こえた私は、グルグルと回っているさなかの身体からだをピタッと止める。


 そしてゆっくりと首だけをそちらに向けると、制服姿の聖先輩が私の奇妙な動きを不思議そうに見ていた。


「こ、これは違うんですよ聖先輩!バ、バイト先の先輩に教えてもらった、今SNSで話題のグルグルダンスなんですよ!あの、……紅白に出場したアイドルの振り付けの一種でして――」


 咄嗟とっさに出てきた架空のバズりダンスで聖先輩を納得させる。ま、私は流行りのダンスとかソングとかの知識は皆無なんだけどね。


「へぇ~!そうなのぉ!今度教えて貰えないかしら?」

「え、えぇ。機会があれば……」

「それはそうと珍しいね。飯原さんが自分の部屋にいるなんて――」

「あ、あぁ。実は先輩にちょっとしたご相談がありまして、ここで待っていたんですよ……」


 私が編み出した架空のダンスはいずれ教えるとて、私は聖先輩に今日のことに関することを話し、そして相談する。


「なるほどね……。『あずにゃん』がそんなことをね……。とんだ不運だったわね……」


 思いがけないところで松村先輩のニックネームを知った私は、小さく首肯する。


「それは多分、あずにゃんの言うことは『尊敬』としての意味なんじゃないかなぁ?」

「尊敬ですか?」


 聖先輩の言葉の意図が掴めず、私は首をかしげる。


「彼女は私の部活姿を見て、自分もあぁなりたいんじゃないかなって。結構私に対して特に質問攻めにするし」


 あぁ……。なんだかべったりとくっつきながら聖先輩に質問をぶつける松村先輩を想像しちゃう。


 松村先輩の言う愛しきというのは理解したけど、本当にそれが尊敬としてなのか未だ納得できない。


 でも、聖先輩は正直な人だから信じたい。それでも心のモヤモヤが消えないのは何故だろうか。


「……分かりました。納得しましたので隣の部屋に行きます」


 一応の理解をした私は、ゆっくりとした足取りで隣の妹の部屋に移動する。


 これでいいの?私は。このまま今日初めて顔を合わせた恋敵ライバルに取られても。


 こんなことを考えちゃうということは、私ってやっぱり――

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