第3話

 部屋に敷いたビニールシートに彼女がきょとんとすると同時に、俺はその背中をナイフで突き刺していた。


 満月の夜はいつもそうだ。あの女が、母親が出て行ったのが満月の日だったからだろう。綺麗に化粧をして、付けた口紅はチェリーレッド。父は何も言わなかった。ただ、母さんは何処、と訊いた時、好きな男の所だよ、と言われたのを覚えている。だからあんなに綺麗にお化粧をしていたのかと、スンッと心が納得するのが解った。母の好きな人は俺や父じゃなかった。毒々しいチェリーレッドの口紅が妙に目に起き付いて。だから俺が初めて人を殺したのは十九歳の頃だった。


 家を出て大学に通って、そんな時に出会った女。スクールカーストで言うなら女王バチのそいつは、遊びに俺を誘った。その口紅はチェリーレッド。彼女の部屋に誘われて、そして持っていた護身用のバタフライナイフでぐさり。そしてその口をより美しく見せるために、俺は口唇の両脇を裂いた。『口裂き魔』と呼ばれる殺人鬼の誕生だった。

 院に進んでも月に一人の殺人は止まらず、繁華街でチェリーレッドの口紅を見付けては、名前も知らない女たちを殺して口を裂いて来た。工事現場から拝借したビニールシートで血の痕が出ないように部屋を覆った。今日もそうだ。訝られる前に軍手で手を覆い、背中から突き刺す。そして彼女が倒れるのは、天井に付いた窓から入る月光の真下。この家を借りているのは天井に巨大な窓が開いているからだ。月光に照らされた死体は神聖なものに見える。と、視線を感じた気がして上を見上げた。しかし隣の家の窓はすべてカーテンが掛かっている。気のせいか、と思って俺はぐるぐると女の死体をブルーシートにくるみ、車で適当な場所に捨てに行く。


 隣に家がある事だけがこの部屋の欠点だな、と俺は思った。でなければサンシェードがあれば良いのに。隣はずっと空き家だったが、三人の兄妹が引っ越して来てからやりづらくなった。長兄は出稼ぎか何かでいることは少ないが、学校に行っていない弟妹はいつも家に居るのだ。

 大家に夏の直射日光がきついとでも言ってサンシェードを作ってもらおうか。しかし貯金は少ないから、俺に勝手につけろと言われたら困る。それに月光が届かなくなるのは本末転倒だった。俺はこの部屋の、この月光の入り方が気に入って住んでいるんだから。


 まあ良い、警察に通報されたことは無いし鑑識が来たって血は見付からない。春巻きのようにくるくると包んだ死体を車に運び、俺はしょっちゅう使っている山に向かった。まだ見つかっていない死体もある。警戒はしなくて良い、持ち主も知れない里山だった。



 ピンポン、と音が鳴って、論文を英語で書いていた俺はPCから顔を上げた。モニターを見ると知らない女子高生ぐらいの女の子が黒いワンピースで立っている。もじもじした様子が可愛い。ドアを開けると、小さなトートバッグを持った少女が俺を見上げて来た。化粧もしていない子供だ。それはどこか俺をホッとさせた。このぐらいの子供なら、殺人衝動も湧かない。


「あの、隣に引っ越してきた黒鳥です。黒鳥玄霞くろとり・しずか。挨拶が遅くなってしまってすみません」

「いや、良いよ。俺は槇野雄介まきの・ゆうすけ。大学院に通ってて、まあ、一人暮らしかな。普段はこの時間学校にいるんで、運が良かったよ、玄霞ちゃん」

「頭の良い人だとご近所の噂で聞いていたので、安心しました。あの、それで、不躾なお願いがあるのですが」

「何だい?」

「暇な時で良いので、私に高校レベルの勉強を教えて頂けないでしょうか。事情があって行けないんです。でも勉強はしたくて」

「お安い御用だよ、そのぐらい。なんなら今日から始めようか? 俺は論文書いてるから、分からなくなった時だけ呼んでくれればいい」

「ありがとうございます」


 ほっと明るい笑顔で笑った彼女に、どきりとする。可愛い女の子だった。ロリコンじゃあないと思っていたが、高校生なんてもう成熟している頃合いなんだろう。だが彼女は黒いワンピースがそう見せるのかほっそりしている。ひざ丈で下品な感じじゃないのも良い。母親とは正反対だな、なんて思って、俺は慌てて首を振る。比べるな。失礼だ。この子に対して。


「槇野さん?」

「あーうん、ちょっと論文の新しい表現がね……さ、上がって」

「失礼いたします」


 ぺこりと頭を下げて入って来る少女のペンケースからは、鉛筆が転がる音がした。


「珍しいね、今どき鉛筆使ってるの?」


 しょりしょりと専用カッターで鉛筆を削る彼女に、俺は声を掛ける。鉛筆研ぎ専用カッターなんて俺の時代でも見なかったものだ。所々に鉛筆の線が入っていて、愛用しているものだと知れる。指を傷付けないように反対側が丸くなっているそれは、まだ売っているのかと俺に思わせるのに十分だった。PCだってタブレットに押されている時代である。そこでこんなものを見るとは思わなかった。くす、っと色の薄い口唇が笑う。女子の笑顔を綺麗だな、と素直に思ったのは何年ぶりだろう。同級生は段々化粧を覚えて行く。チェリーレッドも。

 でもまだ幼い感じのある彼女には似合わないな。白粉やチークだって早いだろう。高校生ぐらいの勉強、と言っていたから十六・七だと思うが、素顔の方がまだ可愛い年頃だ。くふっと笑って、彼女は鋭利に尖った鉛筆の先端を見る。


「兄譲りなんです。出張が多い人なので、少しでも思い出せたらッて」

「ブラコンなんだな」

「そうかもしれません」


 くふくふ笑いながら、俺はPCに向かい、かたかたと専門用語を打ち込んでいく。

 彼女は数学の分からない箇所を二つ訊いただけだった。

 優秀な生徒が出来たことに、俺は少し笑った。



  ぜー、ぜーと喉が鳴る。二週間。二週間しかもたなかったことなんて今までにない。なのに俺は二週間後、また女を殺していた。口も丁寧に裂いて、死体をブルーシートにくるむ。なんだって衝動が抑えられないんだろう。いつもは一か月に一人で済んでいたんだ。なのに、堪えられない。論文を書き終えた解放感から来ているのか? そんなの今までになかったことだ。何が。何が変わったって。


 しいて言うなら三日に一度程度訪ねてくる玄霞ちゃんがいるぐらいだ。でも俺は彼女に殺意を向けたりしない。彼女はそんな対象にならない。だけど、だからなのかと思ってしまう。楚々とした佇まいが女を感じさせて、俺の衝動を高ぶらせていくのか。そんな馬鹿な。

 彼女はそんなんじゃない、関係ない。ふと木の匂いに気付くと、ゴミ箱には彼女が削った鉛筆がある。なんだかホッとして、すーはーとゴミ箱の上で深呼吸してしまう。そうだ、次はどこに捨てに行こうか。最近は見付かる死体が増えて、口裂き魔、なんて異名も付いている。だが被害者同士に接点はない。いつも違う酒場で引っ掛けて、いつも違うレンタカーで運んでいるからだ。今日も。


 近所の婆さん達のお喋りにも、口裂き魔の事は出ている。物騒だとか危ないとか。そんな茶会の席に、俺は初めて玄霞ちゃんを連れて行った。近所付き合いが苦手だと言うから、いつも茶会でぺちゃくちゃうるさい婆さんの所に。


「本当、怖いわよねえ。玄霞ちゃんだっけ? あなたも年頃の女の子だから、気を付けなきゃダメよぉ。夜間外出なんてとんでもないわ」

「帰りは俺が徒歩で送って行ってるから大丈夫ですよ。変なことはするかもしれないですけれどね、口裂き魔みたいなのじゃなくて」

「まあいやらしい。玄霞ちゃん、男の人には気を付けなきゃ。年頃になったなら慎むのが、一番の防衛策よ」

「はい、おばさま」

「まあこんな年寄りつかまえておばさまだなんて、照れるわあ。あんまり見ないけれど、あのお兄さんの躾かしら。格好良いわよねえ。あら、こんなおばあちゃんが言っても仕方ないかしら」

「兄に伝えおきます」

「やだわあこんな歳になって、内緒にして頂戴な」


 あはは、と笑ってばーさんたちは玄霞ちゃんの家庭事情を聞き出そうとする。兄二人とどうやって暮らしているのか、なぜ学校に行かないのか。彼女は曖昧な笑みでそれをかわしていった。俺もつい、加勢してしまう。


「良いじゃないですか、一応院生の俺が教えてるんですから。彼女、学力は高い方ですよ。ただ時々ふらついてるんで、身体の事情か何かじゃないのかな。生理が重いとか」


 一瞬場が静まる。


「下品なこと言わないで頂戴な、槇野さん。デリカシーが無いと言われるわよ、いくら院生で頭が良いと言ったって」

「すいません。ジョークのつもりだったんですけどね。大学でも一般教養は良い方でしたし。そうだ、玄霞ちゃん、勉強が終わったら大検受けてみたらどうかな」

「だいけん?」

「まあ、大学入る試験みたいなのかな。君の学力なら俺の通ってたとこは余裕だと思うからさ」

「はあ……」


 あまり乗り気でないらしい。あの家がそんなに居心地良いのだろうか。だったらリモートって手もある。最近は何でも、どうにか代替案が出て来るような世間だ。


「あーっ玄霞ちゃん!」


 唐突に響いた声に、庭の薔薇の生垣の向こうからこちらを指さしている、真っ白な髪に童顔の男を見る。確か玄霞ちゃんのお兄さんの一人だろう。生垣を超えてシャツにあちこち穴を開けながら、不躾に入って来る。


「駄目でしょ玄霞ちゃん、勝手にお出掛けしたら! 君は僕と一緒に居なきゃダメなんだから!」

靂巳れきし……」


 忌々しそうにその名を呟く玄霞ちゃん。

 ぐいぐいと腕を引っ張ってその細い身体を立たせ、ぺこっと頭を下げてくる。


「しつれーしました! 帰るよ、玄霞ちゃん!」


 今度はちゃんと生垣の途切れたドアから出て行く、靂巳とやらと玄霞ちゃん。

 衝動が起こる。殺したい。それは誰でも良いと言う、俺らしくないそれだった。



 一週間。

 一週間しか、もたなかった。


 一発で殺してそれから口を綺麗に裂く。それが俺のやり方だったはずなのに、今の俺は女をめった刺しにしてただ印のように口を裂くだけだった。レンタカー屋は毎度変えているが、さすがにこれほどの頻度で借りるのは不自然だろう。一週間。一か月で抑え込まれていたものが、たったの一週間しかもたなくなっている。


 何でだ? この一か月、俺に何があったって言うんだ? 頭を抱えるとぐちゃぐちゃの臓物を出した死体がこっちを見ているようで、さっさと片付けてしまう。と、隣の家を見た。明かりは点いていない。夜更けだからかだろう。彼女もきっと眠っている。

 彼女――玄霞ちゃんのことを考えると、ちょっと気分が落ち着いた。あの独特の雰囲気、少女であると言う現実。彼女は殺さなくて良い。口紅なんかしていないし、俺にいつも優しい笑みをくれる。成績だって優秀だ。文系は殆ど出来るし、数学はちょっと躓くことがあるけれど、悪いわけじゃない。理数系はほんのちょっとだけ苦手な、可愛い、女の子。


 だがあの兄――靂巳と言ったか、あいつが来てからは近所の茶会にも俺の所にも来なくなってしまった。あの時の嫌そうな顔を思い出すと、兄に殺意は向かう。もう一人いて出張が多いと言うのなら、一人ぐらい減ったって良いんじゃないだろうか? 一人ぐらい殺したって、良いんじゃないだろうか。


 げらげらげらげら。俺は月に向かって笑う。三日月ほどになっている月は痩せ細っていて、光が足りない。満月でなきゃいけないはずだったのに。俺のポリシーがどんどん壊れて行く。とりあえず死体を山に埋めよう。最近は昔の死体が見つかることが増えている。口裂き魔。その名前は周知されている。

 そうだ、俺は口裂き魔だ。口を裂いてやる。真っ赤なチェリーレッドでなくても良い。その口を。無防備に夜を遊ぶその口を。ああでも、その前にあの口を裂きたい。


 靂巳。あいつの口を裂けば、玄霞ちゃんは俺のものだ。清楚で可愛らしく、不貞など知らない頭の良い子。まだゴミ箱に残っている鉛筆の削りカスの匂いを嗅いで、俺はすーはーと深呼吸をする。ウッディな香水の匂いにも思えて、彼女の清楚さを思い出させる。可愛いあの子の邪魔をするなら。俺の邪魔をするなら。

 家族だろうと殺してやる。


 俺は古いセダンに包んだ死体を乗せて、ギアを入れて走り出す。今どき珍しいマニュアル車だ。電気自動車でもない。場末のレンタカー屋ではそんなのしかないから、別に良いだろう。ギアチェンジは小さい頃に親父の手を見て覚えた。だからオートマ限定の免許証しか持ってない俺でも操作できる。これも捜査攪乱だ。

 父がいて母がいて、そんな頃が懐かしい。感傷に浸っている暇はない。はやくこれを捨てて来なければ。

 そうしたら次のターゲットはお前だ。黒鳥靂巳。

 そうすればきっと、俺のこの殺意の暴走は消えるだろう。



 「あの子来なくなっちゃったわねえ、玄霞ちゃんって言ったかしら」

「生理痛で寝込んでるんじゃないですか? 俺の所にもこの一週間来てませんよ」

「槇野さん。下品な予測は止めなさいったら」

「あはは、大卒でも男なんて考えることは同じですよ。お兄さんに家から出してもらえないのかもしれませんね。年頃の男女が二人で何してるんだかって感じですけど」

「槇野さん!」


 ばーさんがちょっとキレ気味に俺を睨んだ。更年期ですか? と聞くと、返事もせずにスコーンを食べる。食べて発散するしかないこともあるんだろう。俺の場合食が細いので紅茶で充分だが、砂糖は入れる。


「大体あの兄妹似てなさすぎるんですよ。もう一人のお兄さんは髪とか同じ色してましたけど」

「ああ、そう言えば滅多に見ないわねえ、もう一人のお兄さんは」

「サングラス越しだけど、玄霞ちゃんに似たちょっと吊り目のお兄さんでしたよ。最後に見たのが一か月前かな」

「忙しい仕事してるのかしらねえ」


 それは好都合だった。


 茶会の終わり、俺はいつもと違うルートで帰った。それは観察して来た靂巳の散歩コースである。玄霞ちゃんには許さないくせに自分は良いのか。チッと舌打ちをする。こいつがいなくなればまた玄霞ちゃんはうちに来るようになる。鉛筆をしゃりしゃり鳴らしながら参考書を持って来るようになる。こいつさえ。こいつさえいなければ。

 誰も居なくなったところで、俺はその背中を――


「わわっ!」


 道の石に躓いて、靂巳は転ぶ。運が良かったのか、ナイフを空を切るだけだった。しかしそれにぎょっとしたのは靂巳の方である。チッ、もう一度舌を鳴らしてナイフを向けるが、今度は俺が石に躓いた。ナイフが落ちないようにしたが、何かが手に刺さり、結局かしゃんっと音を立ててバタフライナイフを落としてしまう。

 拾ったのは靂巳だった。


「逃げて、おにーさん」

「は?」


 何を言っている? こいつは。


「僕の力が働いてるうちに、早く逃げて!」


 怒鳴られて慌てて逃げる。力? 何の話だ? 否、それより右手が痛い。まだ刺さっている小さなナイフのようなそれに、俺は家に入って初めて気付く。

 それは鉛筆削り用のナイフだった。

 黒炭がいくつも線を引いている。それは、『彼女』の持ち物。


 でも何で? まるで靂巳を助けるように飛んできたナイフ。誰にも気付かれないようにあいつを着けていたはずなのに、一体どうして? どうやって? どう、俺の思考を読み取って?


 ピンポン、と音がする。まだ血の出ている手で、俺はすぐ後ろの玄関を開ける。迂闊にも。

 そこに立っていたのはいつも茶会を開いているばーさんだった。

 そして俺は腹に熱いものを感じる。

 血が出ていた。

 ナイフで、刺されている。

 肝臓の辺りを確実に突いていた。


 ふーっ、ふーっと荒い息でばーさんは俺を見る。

 真っ赤な目は、充血していた。

 何かにとりつかれたような、そんな、殺人犯の交代だった。



『……町で起きた大学院生殺人事件では、容疑者の女性がいつも世間話に学歴自慢や茶化した下品な話題を出すのが限界だったと言われており――』


「それで? お前は何をした、玄霞」


 兄さんの言葉に私はにっこり笑って、『何も』と答えた。


「隣のお兄さんに勉強教えてもらいに行ったり、お茶会に邪魔しに行ったり、ごく普通の近所付き合いをしていただけだよ、私は。私は何もしていない。精々清楚なお嬢さんの振りをしていたぐらいだよ」

「もー、玄霞ちゃんはいっつもそうやって誤魔化すー。僕と一緒なら、君の『細菌』の増殖だって止められるのにー」

「うるさい黙れやかましい、あんたと一緒に居ると煩わしいのよ。あれこれ話し掛けて来て。その点隣のお兄さんは普段からPC弄ってばっかりだったから楽だったわ。勉強も大分進んだし」

「僕にも教えてー」

「あんた足し算も出来ないでしょ」

「あうー。環境の問題だよー」

「それなら私だって環境の問題だわ」


 ぷーっと頬を膨らます靂巳に、私はツンとそっぽを向く。


「それで? どうしてお前は、隣の人間を訪ねた?」


 くっく、笑いながら兄さんは自分のカップに入れられたコーヒーを飲む。まだ熱かったのかすぐに離した。可愛い、と言ったら怒られるかもしれないけれど、私の兄さんは世界で一番強くて可愛くて格好良い。


「窓から死体の口を切ってるのが見えてね。人殺しなら良いかと思って、犠牲になって貰った。あのおばさんも私達の事を詮索するのが鬱陶しいから、一緒に片付けちゃおうって。精々清純なふりして来たから、肩が凝って大変だったよ」

「でも玄霞ちゃん僕が狙われた時は助けてくれたもんねー。やっぱり愛!? 愛の力!?」

「馬鹿じゃないの。あんたの死体調べられたら厄介だから仕方なく助けたに決まってるじゃない。大体そうしなくても、あんたは死なないでしょ。それがあんたの、ありえない幸運を作り出す『力』なんだから。二人揃って転んだ時には笑いをこらえるので大変だったわよ」

「ぶー……玄霞ちゃん冷たい。霧玄くーん、お姉ちゃんがいじめるよー」

「……そう言えばお前、そろそろ四歳か」

「細胞分裂でこの歳格好だからね、そろそろかも」

「何か用意しなくてはな。玄霞、お前も横着せずに何か選んでやれよ。もっとも俺達は一緒に出歩かなくては意味がないから、サプライズ性はないが」

「今どきはネットで買えるよ、兄さん。着払いだけど。兄さんクレジットカード持ってないし」

「仕方あるまい、こんな生まれだ」

「だけどね。クマの着ぐるみパジャマとかで良いんじゃない? 無駄に喜び」

「わー何それ、そんなのあるの!? 欲しい欲しい、でもちゃんとトイレ間に合うか不安!」

「…………」

「喜んでいるようだな、玄霞」

「不愉快だわ……」


 隣の家はごった返したマスコミで囲まれている。まあ、ほとぼりが冷めるまでの食糧はあるから、巣ごもりは出来るだろう。うちにも記者やテレビが時折来るけれど、私の『細菌』や兄さんの『ツバサ』と言った物騒な能力は靂巳の『白蛇』で無効化される。殺意を増殖させる『細菌』。ありえない悲劇を起こす『ツバサ』。ありえない奇跡をもたらす『白蛇』。すべてが児増局前身黒白鳥機関で研究されていたものだ。

 今は総理大臣が突然SPに殺されて混乱している時期だから、こっちの事件はすぐに忘れら去られるだろう。何故SPは総理への不満を我慢しきれなかったのか。それは私が毎日その傍にいたからだ。殺意の増殖。細菌感染のように、増悪していくそれ。


 しばらくはこの町にいる予定だけれど、靂巳がいつも私の傍にいれば今回のような事件は防がれてしまうのだろう。それはちょっと面白くないな、と、私はコーヒーに口を付けた。

 まだ熱いから口を離す。

 さて、今度兄さんが出張の時は、どんな事件を起こそうかな。

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