桜とチョコレート

玖珂李奈

第1話 せつない桜

 塾の最終日。大教室。

 ぴん、と張りつめた空気の中、校長先生が最後の話をしている。


 明後日は二月一日。

 東京の中学受験初日、そして私の第一志望校受験日だ。

 模試では最高でB判定だったけれど、絶対に合格してみせる。


 そう決意しているけれど、視線はどうしても三列前にある後頭部に行ってしまう。

 しょうがない。私より二つ上のクラスにいる駿しゅん君と一緒にいられるのは、自習室と今くらいなのだから。


 駿君は、少し前かがみになって話を聞いている。そして時折、ノートに何かを書いている。

 ということは、その時、先生は大事なことを話していたはず。

 それに気がついたのは、話が終わった後だった。


 最後にみんなで拳を上げて「えいえいおー!」と叫んだ。

 恥ずかしいなんて言っていられない。私も思いきり声を上げる。


 駿君も力強く拳を振り上げていた。その姿がかっこいいな、と思う気持ちと一緒に、胸の痛みがきゅうっと迫る。

 だって、彼の拳の力強さの向こうには、同じ中学に通えない未来があるのだ。




 帰りの支度をしていると、手元にふわっと影が落ちた。


行野ゆきのさん」


 私の苗字を呼ぶ声が、鼓膜を通って心臓をどかんと鳴らす。

 顔を上げると、リュックを背負った駿君が微笑んでいた。


「第一志望、輝守てるす中だっけ」

「う、うん。うん、そう」

一日ついたちに受けるの」

「そ、そうだよおうっ」


 なんなの私。半年前、同じクラスにいたときは――まあ、その後、私が一クラス下がって彼が一クラス上がったのだけど――もっと普通に話せたのに。

 話す機会が減ってしまうと、なぜかうまく言葉が出ない。変な子だと思われたらどうしよう。


「そっかあ。俺、輝守は三日に受けるんだよね」

「そうなんだ。如月君は一日ついたち、第一志望を受けるのかな」

「うん。一応、一日と二日の両方で願書出している」

「そう」


 ぎゅうっと鳴く胸を抑えて笑顔を作る。


「じゃあ、一日ついたちに受験が終わるといいねっ。お互い頑張ろっ」


 にっこり笑って教室を出る。


 頬に冷たい風が刺さる。

 歩くたびに涙がにじむ。


 駿君の第一志望は男子校だ。合格したらもう一緒にいられない。

 その上私と駿君は小学校が違う。私の家はここから遠いのだ。


 だから彼と会えるのは、あと一日。卒塾式の日だけ。

 駿君は私の第一志望を受けると言っているけれど、彼にとってあそこは滑り止め。一緒の中学に通うことは、きっとない。


 それなのに。

 時々、「一緒の中学に通いたいな」という気持ちが浮かんでしまう、 自分の心が凄く怖い。

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