タールの物語

日前 滴(ひまえ しずく)

第一章 拾われた少年

第一話 拾われた少年

 「今晩が峠だ。絶対に助け出す。」

 暗がりの中、一人の騎士が呟く。

 人攫いは、夜に行動する。人目を避けるため。逃げ道を確保するため。それだけじゃない。彼らから人間を買うような奴らは恐怖に慄く顔を見るのが大好きだからだ。闇は弱った心に深く突き刺さる。

 今夜、動きがあるはずだ。そこを狙う。

 人気の無い路地裏。冬の風は冷たく、手がかじかむ。

 それでも心は冷えていなかった。必ずポット様を助ける。その覚悟の炎が燃えていた。

 

―――――――――――――――――――――

 ある国に妻と二人で暮らす男がいた。


 ある日、男はいつものように市場で野菜を売っていた。すべて売り終えて家へと帰る途中、道の脇に少年が座り込んでいた。歳の頃は五つか六つに見える。


 男は気になり声をかけた。

 「おまえ、どうしてこんなところに座り込んでる。」


 少年はうつむいていた頭を上げ男の顔を見て言った。

 「今朝ここに着いた。あの山から下りてきた。」

 少年は男の家の方角にある山を指差した。


 「あの山に住んでたのか?」

 「超えてきたんだ。生まれたのは山の向こうの村だよ。」

 「家族は、いないのか?」

 「母ちゃんがいたけど山賊にさらわれた。村はそいつらがめちゃくちゃにしたんだ。だから逃げてきた。」

 「・・・そうか。名前は」

 「タール」

 「タール、うちに来るか?」

 「いいの?」

 「お前をこのままにしたら飯が美味くないからな。」

 そういって男はタールに手を差し伸べた。タールは男の手を握り立ち上がった。


 男がタールを拾ってから十年の月日が経った。


 いまやタールは男の背丈を抜かし、立派な青年になっていた。

 「母さん、父さん、話があります。」

 ある日タールは二人を集めた。


 「なんだい、話って」男の妻が訊いた。

 「僕は、騎士になりたいです。」タールはしっかりとした声で言った。

 「お二人への孝行を投げ出すことになってしまいますが、僕は、僕や僕の母のような人を一人でも少なくしたいのです。」


 「私たちへの孝行なんて今まで十分してくれたじゃないか。そんなことは気にせずに騎士になりな。ねえ、あんた」

 「おうともよ、立派になったもんだ。騎士になるにゃ王都に行かねば。馬車は用意するからお前は自分の支度をしろ」

 「はい。了承いただきありがとうございます。」

 そう言ってタールは支度を始めた。

 支度はその日のうちに終わり、次の日の朝、タールを乗せた馬車は村を発った。


 馬車は王都を目指し東に向かっていく。


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