第59話 久岳
◇ 天正7年(1579年)6月 岐阜城
松永久秀の反乱を鎮圧した織田信忠は、岐阜城に帰還していた。
未だに播磨の別所長治、摂津の荒木村重の反乱は収まっていない。しかし、各支城が次々と落とされ、荒木村重のいる有岡城が落ちるのも時間の問題だ。
それゆえに、信長は各地の秋の収穫に備えるため、一部の軍を解体し、しばらくは大きな戦いを休めて長期戦の構えをとることにした。
とはいえ、方面軍の大将である明智光秀や羽柴秀吉、柴田勝家などは、各地で戦を続けており帰ることは叶わない。
信忠は彼らに同情しつつも、束の間の休息を享受することにした。
◇ 天正7年(1579年)6月 播磨
松永久秀の反乱を鎮圧した羽柴秀吉は播磨の攻略へと戻された。
播磨の国衆の調略と別所長治の討伐が秀吉の仕事である。
小寺官兵衛が有岡城から帰って来ないので、織田家中では官兵衛が裏切ったとされていた。
実際、官兵衛の主君である
そんな中で秀吉の軍師である竹中半兵衛が陣中にて病に倒れた。
半兵衛は今わの際に秀吉に伝える。
「官兵衛殿は裏切っておりません。私が亡き後は官兵衛殿を私の後継者として下さい」
「な、何を弱気な」
「官兵衛殿の御子息の松寿丸は私が密かに匿っております。官兵衛殿を助け出したら、信長殿に助命を………」
秀吉の右腕にして軍師である竹中半兵衛は陣中にして没した。
◇ 天正7年(1579年)6月 美作
「毛利を見限るか……」
宇喜多直家は一人静かに自室の畳の上で思案を巡らせていた。
彼は浦上氏に仕えると、家族の仇である島村氏を暗殺して浦上家中でトップに上り詰め、更には主君の浦上氏を追放するという下克上を果たしている。
更には敵対勢力も暗殺を繰り返して勢力を増大させ、「稀代の梟雄」と呼ばれていた。
美作において一大勢力を築いた直家だが、その立場は安定してはいない。
毛利と織田という二大勢力に挟まれ、毛利に臣従することで織田との最前線に立たされている。
更には彼の支配下にある美作は、毛利派、宇喜多派、そして織田派の国衆が入り乱れており、内乱の絶えない状態だったのである。
その為に別所長治の謀反で孤立している播磨の織田勢に対して攻め込むことが出来ない。
そこに届いたのが、織田信長からの密約だった。
もし信長に与するならば、備前と美作の領有を確約するという。
直家にとって、これほど魅力的な提案はなかった。美作を巡って毛利とは潜在的に争っているようなものだ。
このままだと織田と毛利と両者と対立することになるだろう。織田は新参者でも能力次第で優遇する。千載一遇のチャンスだ。
しかし、直家は慎重だった。つい先日、織田家と内通していた美作の国衆を粛清したばかりだ。
信長は果たして許容するだろうか。
「もう少し、様子を見よう……」
結論を急ぐことなく、直家は静かに呟いた。
◇ 天正7年(1579年)6月 丹波
松永久秀の反乱を鎮圧した明智光秀は丹波へと戻された。
丹波の制圧と丹後の一色氏の討伐と播磨の別所長治の討伐が仕事である。
与力として細川藤孝や武田元明や津田信澄などがいるにせよ、六十過ぎの光秀に仕事を割り振りすぎである。
各地の戦場を激しく動き回る明智光秀であった。
◇ 天正7年(1579年)6月 美濃国
信貴山城の戦いが終わり、織田信忠の軍が一時解体される中、京極高次は美濃の領地へと帰って来た。
彼の供をしていたのは、一人の老僧であった。老僧の名は
「この村に、例の隠斎がいます」
高次の言葉に老僧は静かに頷いた。彼らが訪れたのは、山間の小さな焼き物の村であった。
二代目・馬淵隠斎が彼らを出迎えた。二代目といっても代々襲名する名である。近江で高次の家臣となった隠斎の息子を美濃へ連れて来たのである。
馬淵一族は近江に根付いた甲賀忍びの村の長だ。忍びのネットワークを活かして情報を集めたり広めたり、または高次の秘密の発明品の制作をしたりしている。
若き隠斎は二人を丁重に迎え入れた。
「高次様、まさかこんなところまで……。その方は?」
隠斎が老僧に視線を向けると、高次が口を開いた。
「この御仁は、茶の湯を深く愛する方でな。美濃磁器について、色々と教えを請いたいと」
隠斎は老僧のただならぬ雰囲気に気圧されながらも、二人の言葉に導かれるまま、自らの工房へと案内した。
工房には、轆轤(ろくろ)や素焼きされた陶器、そしてまだ形も定まらぬ粘土が所狭しと並んでいる。
そこで隠斎は高次に許可を取り、美濃磁器についての解説を行った。
その最大の秘密である馬の骨を混ぜる方法も話す。
ただ、その秘密だけでは美しい色合いは出せない。
美濃の土の特性、窯の温度、火加減の調整、そして釉薬の秘密。それら全てが美しい磁器の作成には必要なのだ。
「わしは、高次殿に許可を得て、この近くの寺で暮らすことになった」
「久岳殿は茶の湯の大家だ。美濃磁器の価値をより大きくしてくれるだろう。協力してやってくれ」
久岳の言葉に高次が言葉を添える。
「もちろんでございます。いつでもおいでください」
こうして、松永久秀は美濃の山間で、静かに余生を過ごすことになった。
信貴山城の戦いで父と袂を分かった松永久通は
彼は大和の国を取り戻すために、新たな戦いに身を投じていた。
武将としての松永久秀の人生は、久通へと受け継がれ、茶人の久岳としての人生が始まるのだった。
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