いっそ醸せばカモミール
由汰のらん
「ヘイマスター。ノンアルコールのカモミールを私に。」
「うちはノンアルコールしか取扱はありませんが?」
「私の可愛いジョークよ。なにも言わずに引き取って。」
田園が広がる田園町にもの珍しい紅茶店が開店したのは、もう去年の夏だ。ジメジメと湿っぽい夏の暑さに、開眼するほど粋な店が誕生したと近所で噂になったのだ。
カモミールなんて飲み物に知り合ったのも、この店のお陰。
「休日のJKが昼間っから紅茶店とは、生意気にもほどがある。」
「売上に貢献してあげてんだから大目に見てよ。」
高校3年生の私は、すでに東京の美容専門学校に行くことが決まっている。推しであるアイドルのヘアメイクをするため、ヘアメイクアーティストになりたいのだ。
で、その推しであるアイドルにそっくりなのが、このお店のマスター、
沢尻さんを見つめるだけで毎日が健やかに過ごせる。カモミールティー1杯620円払うくらいの余力などJKにだってあるのだよ。
「マスター、今日も顔がいい。いつ見ても私好み。」
「毎日毎日。よく同じこと言ってて飽きないね?」
「でも茶髪にしてもう少し髪を伸ばせばもっとカッコいい。」
「それは初めて聞いたわ。」
東京からやって来たという黒髪ショートのマスターは、田舎という辺境地で、印象操作のために風貌を清純派にしているらしい。
学生時代は好奇心から派手な見た目にしていた時期もあったようで、それを私に隠さず伝えてくるあたり、すでに私を印象操作しようとしているに違いない。
ビジュアルいい男って、何をしてもいい方向にしか働かないから詐欺だ。
「ねえマスター。私が東京の専門学校行っちゃったら悲しい?」
「悲しくないけど、寂しくはあるよね。」
「ところで東京ってどんなとこ?」
「んー。地球侵略を企む火星人が、人間に扮して政府の人間と談合するとこ。」
実際東京出身の癖に。マスターはなんでも雰囲気だけでものを言う。そこがツボだったりするんだけど。
「ノンアルコールカモミール一丁、Heyお待ち。」
カウンターにコトリと置かれたカモミールティーのカップ。紅茶らしさを窺わせるセレブリティなカップの取っ手に指を添えれば、ハーブっぽい香りが漂う。
鼻からも、耳からも感じ取れそうな香りを引き金に深呼吸。ああ、はい、これで来週も頑張れる気がします。
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