第27話 避けられている
私は羽根ペンを撫で、ザウエルは甘い声を吐いているだけで午後の講義は終わった。その後、生徒会室に足を運んだ。面倒な生徒会活動をこなす。
「キアスくん、学園の見回りを今日も頑張ろう」
コルトは面倒な仕事でもやる気を見せ、優等生っぷりを発揮する。
私はコルトの横に並んで歩いているだけで見回りはだいたい終わる。この時間は生徒会活動の中でも、一番マシな仕事だった。でも、最近は変に緊張して会話が上手く出来ている気がしない。
「えっと……、キアスくん。私は君に何か悪いことをしてしまったのかな?」
「え? いや、なんでそう思うの」
「なんか、日常生活の中で避けられているような気がして。もしかして、前の件を根に持っていたりするんじゃ……」
「いやいや、あの話はもうあの時で決着がついてるよ。その、確かに最近はちょっと避けていたかもしれない。でも、嫌いになったとかじゃないよ」
そう呟くと、コルトの表情が暗くなってしまう。別にコルトが嫌いだから避けているわけではなく、彼といると女の自分が出てしまうというか、ボロが出そうになってしまうからあまり一緒にいたらいけないと思っていた。
だが、理由もなく避けられるのは、良い気持ちがしないだろう。なんなら、コルトは私のフルネームを知ったそばから、よそよそしい気がしなくもない。私の下着姿を見てしまっている手前『黒羽の悪魔』と同じ名前であり、Dランククラスに見合わない実力などを考慮し、私の正体に気づきかけている。
彼は女の子が苦手だ。私が女だと気づかれたら距離を置かれてしまうと思った。だから、気づかれないように距離を取って生活していたけれど、コルトからしたら避けられていると思っても仕方がなかった。私しか友達がいないコルトからしたら辛かったかもしれない。
「ねえ、コルトさん。今度の休みに、一緒に街で遊ばない?」
「い、いや……、私に遊ぶ時間なんて」
「たまには息抜きも必要だと思う。それに私はコルトさんの女の子が苦手っていう弱点を克服する手伝いをしたいの。女の子が克服できれば、コルトさんはもっと上の学園に編入できるでしょ」
「いやいや、キアスくんが私に時間を作ってまでするようなことじゃないでしょ」
「コルトさん、逃げていても変わらないよ。今ならまだ編入しても差が大きくない。あの時、ああしておけばよかったと後悔しないでほしいの」
私はいつ学園の者たちに『黒羽の悪魔』本人だと気づかれて去らなければならないかわからない。そうなったら、コルトはずっと一人になってしまう。なら、女の子の恐怖心をすぐに克服してもらい、ドラグニティ魔法学園に編入するのも一つの手だと考えた。そうすれば、彼の実力を今以上に延ばせる。女の子を克服すれば、彼の友達も増えるだろう。
――コルトが他の女とイチャイチャしているところなんて想像したくないけれど。貴族でもない私が何を考えているのやら。
「……わかった。じゃあ、今度の休みの日に一緒に王都の中を巡ろう」
「じゃあ、私は女装していくね。その方が、コルトさんの女の子への苦手意識が薄れるかもしれないから」
「私のためにそこまでして、うぅ、キアスくん、ほんとありがとうっ」
コルトは私の小さな体をぎゅっと抱きしめてくる。分厚い胸板、良い匂いの石鹸、高鳴る心臓の音、腕のゴツゴツしさ。様々な要素が私を捕まえ脱出させなかった唯一の罠を思い起こさせる。今回の罠も抜け出せる気がせず、彼の腕の中が驚くほど心地よかった。
「こ、コルトさん……、く、苦しい」
「あぁ、ごめん。つい。でも、キアスくんがそこまでしてくれるんだ。私も逃げてばかりじゃいられない。必ず、克服してみせる」
コルトは手を握りしめ、やる気に満ち溢れていた。自分一人では一歩が踏み出せなかったようだが、私が背中を押せば飛び込めるくらいの勇気を持っているらしい。
生徒会の仕事を終え、私は広場で鍛錬しているライトとフレイのもとに向かった。
「はぁ……。女の子とどう話したらいいんだろう」
「俺に訊いても女子との話し方なんて知っているわけないだろ」
ライトとフレイは横並びになって倒れていた。
――いや、いつも女子と話てるだろうが。
「フレイくんは結婚とか考えてる? ぼく達は一応貴族だし」
「結婚? 俺と結婚してくれる女子がいると思えないからな。まあ、出来るのならしたいか。ライトは?」
「ぼくも結婚したいかな。ただ、ぼくが結婚出来る要素がないからさ。少しでも強くなろうと思って」
「そうだな。強ければどんな女子でも守れるしな。もう少し鍛錬するか」
「そうだね。キアスくんくらい強くなれたら結婚してくれる相手がいるかもしれない」
「ああ。キアスぐらい頼もしければどんな女も惚れるだろ」
ライトとフレイは立ち上がり、鍛錬を再開した。
「キアスは案外慕われているんだな」
ザウエルは胸の中でポツリと呟いた。私もそんなふうに思われているとは知らなかった。どうやら私は師匠のようにしっかりと指導出来ているようだ。私も鍛錬に混ざり、ライトとフライに限界を越えさせる。
「も、もう、無理だよぉ。こ、これ以上は……」
ライトは水を被ったのかと思うほど汗を掻き、顔をくしゃくしゃにしながら息を荒らげていた。
「出せる、もっと出せるよ。自分を扱けば扱くだけ沢山出せるようになるから頑張って」
「く……、こ、これ以上出したら、し、死んじまう……。も、もう耐えられない……」
フレイは身を震わせながら涙目になり、必死にこらえていた。
「まだまだ、出して。もう、スッカラカンになるまで溜まっているものを全部出して! そうすれば超気持ちよくなれるから! ここで止めたら雑魚だよ。ヘタレだよ。へっぽこだよ。ほらほら、自分磨き自分磨き! 私も手伝ってあげるから、出しきって終わろう!」
「く、ぐぅうううう!」
「く、ぐぁああああ!」
ライトは腕立て伏せをしながら身を最後の一回持ち上げる。フレイも同様に全身が震えるほどの力を籠め、体を持ち上げた。
「二人共、よく頑張ったね。どう、気持ちいいでしょ?」
「ものすごく気持ちいいです……」
「あ、ああ……。もう、出しきった。清々しい」
ライトとフレイは体力を使い切り、心を穏やかにしていた。
「毎日これくらい鍛錬していれば、もっと強くなれるから。一緒に頑張ろうね」
「うぅ、毎日は流石に……」
「そ、それは、死ぬ……」
ライトとフレイは顔を白くさせながら小さく震えていた。全力を出す快感を覚えてもらえればあとは勝手に強くなるのに。
私達は食堂に向かい、夕食を得た。ライトとフレイは体が動かない中、食べ物を胃の中に無理やり詰め込む。食べ物が無ければ体は育たないのでしっかりと食べていることは素晴らしい。
夕食を終えたら部屋に戻り、汗をお風呂で綺麗に洗い流そうと服を脱ぐ。
「おーい、おーい。私も体を洗わせろ」
羽根ペンになっているザウエルから話し掛けられる。
「まったく、仕方ないな」
私は制服の内ポケットから羽根ペンを取り出し、ザウエルを元の姿に戻した。彼女は服を着ていない素っ裸の状態だった。
「はぁ、やっと元に戻った」
「じゃあ、一緒に入ろうか」
私は下着を脱ぎ捨てて、すでに素っ裸のザウエルの手を持ち、お風呂場に連れ込む。
「ちょ、なんで私が人族なんかと一緒に体を洗わないといけないんだ」
「別にいいじゃん。気にすることじゃないよ。同性だし、気にしない気にしない」
私は一人の寂しいお風呂に飽き飽きしていた。一人よりも二人のほうが楽しいに決まっている。そう思い、お風呂場に向かう。
「うちが人前で素っ裸にされるなんて、屈辱的だ」
ザウエルは腕や手でいつもは隠している部分を覆う。案外恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。
「別に友達同士なんだし良いでしょ」
私は見られて恥ずかしいほど体が発育しているわけではないため、特に隠すような行動はとらず、お風呂場でシャワーヘッドを掴む。蛇口をひねってお湯を出し、ザウエルの体に掛けた。
「あっつ! あっつぅ~!」
「えぇ、これが熱いの?」
私はお湯の温度を調節する蛇口をひねり、お湯の温度を下げた。
「いつもはお湯なんか使わないから、思ったよりも熱かっただけだ」
ザウエルはぬるめのお湯を体に浴び、心地よさそうに尻尾を振る。
私達はお湯を溜めたお風呂に一緒に入った。互いに体が大きくないので、余裕で入れる。
「ふぅ~。暖かい」
「あぁ……。これは何とも。暖かくて、頭が蕩けそうになって、身と心が解されていく。滅茶苦茶気持ちいい。こんな暮らしも悪くないな」
「このまま、私が飼ってあげてもいいけど、ザウエルちゃんは嫌でしょ。魔族領にどうやったら戻れるのかな」
「お前を殺したら戻れると思う。でも殺せる気がしない」
「魔族領に家族はいるの?」
「うちは魔王様の配下だ。家族はもういない。だから気にするな。魔王様はうちのような孤児を引き取って指導してくださるのだ。人族のお前達と違って慈悲深いお方なんだよ」
ザウエルは私を睨みつけてくる。確かに私は魔物を一掃したけどさ。別に私が完全に悪い訳じゃないじゃん。そっちが人族を襲うからこっちも倒しただけじゃん。
私は心の中で抗議したが、時間の無駄だと思うのでしなかった。
「もし、私が魔王を倒しに行くって言ったらザウエルちゃんはどっちに着く?」
「うちが羽根ペンにされていたら何も出来ないのだから聞く必要もないだろ」
「いやいやー。魔王が目の前で倒されるところをまじまじと見ないといけないんだよ」
「魔王様に勝つつもりでいるのかよ。言っておくけどな、魔王様はキアスより強いぞ」
ザウエルの口調からしてお世辞を言っているように聞こえなかった。私よりも強い可能性があると考えると、今のルークス王国にいる冒険者たちが束になって掛かっても倒せないかもしれない。
魔王が私を倒すためにザウエルをよこした理由は強さを計るためかな。となると、何もできずにおしっこ漏らしながら帰って来たザウエルちゃんより強い奴がまた来るかも。
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