25:沈黙の森、交易計画

「こうえき?」


 カーバンクルたちが舌足らずに復唱する。

 わたしは大きく頷くと、考えたことを整理しながら話し始めた。


「温泉街を開発するにはね、大量の素材が必要なの。木材や石材はねこまるとししまるが集めてくれるけど……沈黙の森じゃ取れない素材もあるでしょ?」


 梨々乃ちゃんの担当エリアで採取した『魔力を帯びた鉱石』や、塔子ちゃんのエリアで採取した『氷の魔法石』なんかがその最たる例だ。沈黙の森は、木材や石材の調達には困らない反面、そもそも採取できる素材の種類が圧倒的に少ない。


 これはおそらく、エリアごとに特色を出すための意図的な設計だろう。


 そもそも素材というのはプレイヤーのためにあるわけで、エリアごとに固有の素材を作ることで、色々なエリアを冒険してほしいというのが運営の願いなのだ。


「その、森じゃ採取できない素材を、他のレイドボス──って言ってもわかんないか。えぇっと……別のエリアの『主様』に提供してもらおうと思うの。どうかな……?」


 という考察はさておき、今のわたしたちに必要なのは森ではとれない素材たちだ。

 おそるおそる尋ねると、カーバンクルたちはきらきらと目を輝かせた。


「それってすっごく素敵じゃない!?」

「本当だ! 素敵すぎるよ!」

「じゃあ今すぐにでも頼みに行こうよ! 僕たちって結構可愛いし、お願いしたら素材なんていくらでもくれると思うんだよね!」

「あ、う、うん……。そうだね」


 すごい食いつきだった。しかもカーバンクルたちは可愛さにすこぶるの自信を持っているらしい。いやわかるけど……! わたしもこの目に見つめられてお願いされたら素材なんていくらでもあげちゃうけど……!


 がしかし、わたしは首を横に振った。


「それもいいんだけど……でも、温泉街を発展させていくなら別の案もあると思うんだ」


 早速とばかりに可愛いポーズの練習を行なっていたカーバンクルたちが、不思議そうにぱちぱちと目を瞬かせる。わぁ可愛い。これはこれで本当にお金になりそうだからブロマイドとかにしたい。


「素材採取の面で考えた時、沈黙の森の強みは木材や石材が豊富にとれることでしょ? 今日他のエリアを見て気付いたんだけど、そういう素材……特に木材の方は、需要に対して採取できるエリアが少なそうだなって思ったの」


 梨々乃ちゃんが担当する忘れられた都は、荒廃した城下町をモチーフにしているだけあって、木といえば枯れたものがいくらか生えているだけだった。あれはあれで雰囲気があって素敵だったけど、木材の供給地としては機能していない。


 塔子ちゃんが担当する祈りの雪山もそうだ。山だけあって当然木は生えているが、雪を被った木から採取できるのは『魔力を帯びた木材』という特殊素材で、シンプルな『木材』とはまた別のアイテム扱いなのだと塔子ちゃんが教えてくれた。普通の『木材』を採取できるのは麓に生えた木だけで、しかもその数も決して多くないらしい。


「これまでのことを考えても、木材を必要とするクラフトレシピって結構多いはずなんだよね。家とか、倉庫とか……建物を作るってなったらまず木材は必須だし」


 だが、木材を採取できるエリアは限られている。少なくとも、「森」という名が付いた大規模エリアは沈黙の森だけだし、まとめて木材を採取するなら確実にここに踏み入る必要があるだろう。


 つまり木材は、一見すると一般的なようでいて、実は数を揃えるのに苦労する素材なのだ……!


 カーバンクルたちに向き直ると、わたしは短い人差し指をびしりと立てた。


「だから、エリア限定の素材と、うちの木材を物々交換してもらうっていうのはどうかな……! そうしたら他のエリアとも交流が持てていいと思うの!」


 担当エリアをカスタマイズしたり、クラフトレシピを自由に作成したりするのは、全てのレイドボスに与えられた権限である。

 つまり、レイドボスたちがエリアカスタマイズに興味を持つ限り、木材には無限の需要が生まれるのだ……!


 カーバンクルたちは「おお……!」と感嘆の声を漏らすと、ぴょんこぴょんこと飛び跳ね始めた。


「すごい! すごいよ主様! それしかないよ!」

「時代は物々交換だよ! 可愛さで物事を解決しようとした自らの愚かさを恥じるばかりだよ!」

「そうと決まったら植林も進めなきゃだね!」


 途端にわいわいがやがやと盛り上がり、カーバンクルたちは手を繋いで歌いながら踊り始める。ああ、うちの子たちなんて可愛いんだろう……。この愛おしさを知らしめるために写真集とかを作りたいほどである。


 プレイヤーが集まる掲示板を見ていても、レイドボスに挑戦したという話はまだ聞かない。


 わたしが寂しさで泣いていたくらいだ。他のレイドボスたちもプレイヤーが来なくて暇を持て余しているだろうし、となれば、担当エリアのカスタマイズに興味を持っているレイドボスもいるに違いない。


 わたしがクラフトレシピを自由に作成できるっめことに気付いたのはまったくの偶然だったけれど、これを知らないレイドボスたちに教えてあげれば、俄然木材には需要が生まれるはずだし。


「それに、できれば今のうちに取引しておきたいし……」


 カーバンクルたちの踊りを微笑ましく目に焼き付けながら、ぽつりとぼやく。


 木材の供給が沈黙の森に集中している現状は、きっとそう長くは続かない。アップデートで他の森エリアが追加される可能性は大いにあるし、それに、木材が足りないのなら植林を行えばいいだけの話だ。


 忘れられた都に植林を行っても枯れた木しか生えないだろうし、祈りの雪山でも『魔力を帯びた木材』がとれる木しか生えないだろうけれど、それ以外のエリアでは、普通に木材のとれる木が生える可能性が高い。


 カスタマイズ権限を与えた以上、エリアのイメージを崩さない範囲であれば、運営だって木が生える程度じゃ文句は言わないだろう。


 つまり最適解は、木材のレートが高いうちに素材を交換してもらうという、先攻逃げ切り……!


 わたしはすっくと立ち上がると、決意を込めてきゅっと拳を握った。


「よぅし、温泉街のためにも、まずは『木こり号ねこまる』を増産するぞっ……!」


 カーバンクルたちが続けて「おー!」と歓声を上げる。


 ある程度木材が揃ったら、次はレイドボスたちへの営業活動だ。温泉街計画がだんだんと形になっていくのを感じながら、わたしはカスタマイズウィンドウを開いた。

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