10:レイドボス、またの名を無能上司

 無言で固まるわたしを不思議そうに見つめ、オーガさんは首を傾げた。


「どうした嬢ちゃん。もしかして怖がらせちまったか?」

「あっ、い、いえっ! そんなことは……!」


 ない、とも言い切れないのがコミュ症兼臆病者の悲しいさがである。ま、まさか、サービスが始まって最初に話すのがモンスターになるとは……。


「余計なお世話だったらわりぃな。オレも暇でよ、断ってくれても構わねえぞ」


 苦笑して頭を掻くオーガさんに、慌ててブンブンと首を横に振る。……ど、どうしよう。


 コミュ症的には一人でどうにかしたいんだけど、でも、現実的に考えて勝手がわからない上に知識もないわたしが家なんて建てられるはずがないし。


 それにせっかくこう言ってくれているんだから、大人しく助けを求めるべきだ。わたしはこくりと頷いた。


「お、……おねがい、してもいいですか……」

「おうとも!」


 わたしの小さな肯定に、オーガさんは気前よく笑った。さ、さわやかだなあ……。


 まさかオーガに対して笑顔が眩しいなんて感情を持つ日が来るとは。……βテストのときは、モンスターなんて見かければ倒すだけの相手だったけれど、こう見ると案外親しみやすいのかもしれない。


 少なくとも「あっ」「えっと」を文頭につけないと喋れないわたしなんかよりずっとコミュ強だ。


 このオーガさんはモンスター界の中でも屈指の陽キャなんだろうなあ……と思いながら木材を積み上げていく背を眺めていると、オーガさんが不意に口を開いた。


「そういえば、嬢ちゃん名前はなんていうんだ?」

「あっ、ラ、ラビ、です……」


 一瞬名乗る名前に迷ったが、突然「あ、《冥々の眠り姫》です」なんて言い始めたらなんだこいつ痛いハンドルネーム付けやがってと思われるに違いない。


 ということでポロンと決めたインナーネームを名乗ると、オーガさんの大きな身体がぴたりと動きを止めた。


 ぎぎぎ、とブリキのおもちゃのような挙動でオーガさんが振り返る。


 大きく見開かれた目がわたしを捉えたかと思うと、次の瞬間、オーガさんはその巨大な身体を折り曲げ、がばっと勢いよく地面に額を地面に擦り付けた。えっ?


「ま、ままままさかっ、《冥々の眠り姫》様!?」

「へぁっ!?」

「そうとは知らず、数々の無礼な口を……! どうかお許しください!」

「ええぇええっ!? だ、大丈夫です! 大丈夫ですから頭上げてぇっ!」


 なぜ土下座されているのだろう。わけもわからずパニックになり、わたしまでその場に正座して必死に頭を下げ始める。


 やがて、おそるおそるといった様子でオーガさんが顔を上げる。気づけば、屈強なオーガと幼女が森の真ん中で正座をして向き合うという奇妙な光景が出来上がっていた。……な、何やってんだろうわたし……。


「申し訳ございません……。まさかこの森の新たなる主様だったとは、夢にも思わず」

「あ、あるじさま……?」


 そんなものに就任した記憶は一切ないのだが、どうやら、モンスターからすればレイドボスはそういう立ち位置らしい。


「寛大なお心遣い、痛み入ります。このガルド、全身全霊をかけて、主様のお住まいを建てさせていただきます!」

「わ、わかりましたからっ! 頭下げるのもうやめてぇーっ!」


 地面に擦り付けた額の痕でクレーターができそうだ。半泣きになりながらオーガ──ガルドさんを必死で止め、ぺこぺこと頭を下げる。


 結局、ガルドさんの様子が落ち着いたのは、このやり取りを五度ほど繰り返した後だった。……コミュニケーションって難しいなあ。



 ◇◇◇



 そんなこんなで、建築作業が本格的に開始した。


 屈強な見た目に反して、ガルドさんは案外器用だった。

 得意だと豪語していた通り建築も手慣れた様子で、木材で基礎を組み、レンガを的確に積み上げていく。


「それにしても、なかなか凝った家ですねえ。主様が考えられたんですか?」

「ぁ……い、いえ、理想の家をちょっと描いたらレシピになってくれただけで、そんな大したものじゃ……」

「いやいや、これだけ完成図がしっかりしていれば十分ですよ。素晴らしいお家になるでしょう」


 でもって、建築に励むガルドさんの横でわたしが何をしているのかといえば、ちょこんと体育座りをしながら組み上がる家を眺めているだけである。うーんこれは穀潰し。


 ガルドさんは「主様はお茶でもなさっていてください」と言ってくれたけど、自分が住む家を他の人に建てさせながらお茶会って普通に嫌な上司だ。


 ……よし、こうして見ているだけなのも申し訳ないし。


 わたしは意を決して立ち上がると、小さな手でどんと胸元を叩いた。


「ぁ、あのっ! ……て、手伝い、ます。わたしも!」

「えっ? いやでも、主様のお手を煩わせるなど」

「大丈夫ですっ! やらせてください!」


 むしろやりたい。このまま見ているだけだとなんか大事なところがぐさぐさくる気がする……!


 ガルドさんは少し困った様子で考え込み、しかし、わたしの頼みを無碍にもできないと考えたらしい。


「わかりました」と頷くと、さっそくわたしに役目を与えてくれた。


「このレンガを10個ずつにわけてください。終わったら石材をそちらで積み上げていっていただけますか?」

「はいっ! まかせて、くださいっ……!」


 それくらいなら建築の知識がないわたしでもできそうだ。早めにこなして、新しい仕事をもらおう。

 ……と、意気込んだはいいが。


 ──パリンッ!

「ひぃっ!? すみませんレンガが粉々にっ!」


 ──バキッ!

「あああああももも木材踏んじゃった! き、木くずになっちゃった……」


 うまいことパワーを制御することができず、なにか行動を起こすたび素材を破壊してしまった。む、無能上司すぎる……。


 そのたびガルドさんが「大丈夫ですか!? お怪我は!?」と駆け寄ってきてくれるのが本当に申し訳ない。優しさが苦しいってこういうことを言うんだろうな……。


「ありがとうございます。でも主様がお怪我をなされたら大変ですから、どうか休まれていてください」


 ……そして戦力外通告を受けた。

 これ以上邪魔になるわけにもいかないのですごすごと木陰に寄り、再び体育座りで現場を見守る。


「……力をセーブする練習、したほうがいいかなあ」


 このままだと本当に触れるもの全てを壊す勢いだ。試しに近くに落ちていた小石を親指と人差し指でつまんでみると、ぷちっと押し潰されたように粉々になってしまう。こ、これでもだめかあ……。


 今度はそおっと石を手に取り、かる~くぽいっと、そのへんに放るイメージで投げてみる。

 石が空の彼方へ消えていった。どうしろっていうのこれ。


「……ん?」


 レイドボスって、思った以上に不便なのかもしれない。


 そう自分のパワーに絶望していたわたしは、不意に何かの視線と気配を感じ、ぴたりと動きを止めた。……何だろう、これ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る