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第1話
ぎゅうぎゅうに押し合う通勤電車はいつも通りに窮屈で息苦しく、身の置きどころがない。みなが平然としているのが不思議で仕方がないのだが、自分も他人からはそう見えているのだろうか。
顔をしかめて扉の上の電子広告を見たとき、律華は「あ」と声を上げそうになった。
そこにはパイプオルガンの映像があった。音符のイラストが左から右へと流れていくとともに文字が現れる。
『パイプオルガンの夕べ 国宝級オルガニストの凱旋公演!』
『ムトウミューズホール』のこけら落としコンサートで、協賛は有名な楽器メーカーのオーキッドだった。
律華には秘めた思い出がある。ずっと大切に胸にしまっていたのだが、広告を見てそれが鮮烈に蘇った。
電車を降りるとすぐさまスマホを取り出し、申し込む。
パイプオルガンのコンサートがあるなんて思ってもみなかった。申し込みはすぐに完了し、開催日までわくわくと過ごした。
おめかしして出かけた当日、会場の広さと形に驚いた。中心のステージに向かってブロックごとにわかれた座席が段々畑のように放射状に取り囲んでいる。
座席に座ってパンフレットを見る。
この座席は
見回すと、二階にVIP席があった。あの席で聞いたらきっと格別だろう。
ホールの壁がぼこぼこしているのは装飾なのかと思ったら、音の反響のためらしい。
『音楽の帝王』とも称される世界的指揮者のカラヤンは他のコンサートホール建設に関わった際に『オルガンのないコンサートホールは家具のない家と同じだ』と言った逸話があり、このホールでもオルガンを設置することに決めたのだという。
普段接することのない楽器だから、そんな重要な存在だということにまた驚いた。
ホールの壁に埋め込まれるように設置されているスイス製のパイプオルガンは総重量二十五トン。
並び立つ銀色のパイプは大小合わせて約五千本。地上側の一部がへこんで穴があいており、これが歌口という音が鳴る部分だ。その銀の柱がいくつもの円柱を作り、それだけでも壮麗なのに、植物の彫刻に金箔が施されたバロック風のデコラティブな装飾がある。
その下にメインコンソールがあるが、今日の演目では一部はこのコンソール、二部では中央のステージにリモートコンソールを置いて演奏する予定となっていた。
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