国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
またたびやま銀猫
プロローグ
なぜパイプオルガンの音はこんなに胸を締め付けるのだろう。
さきほどまで音楽の渦の中にいた。全身にしみこんだ音をこぼすまいと席に座ったまま、正面にそびえるパイプオルガンを見る。巨大なその楽器は見た目も壮麗で芸術的だ。
コンサートは照明を駆使した光の演出も見事で、視覚、聴覚、音が伝わる肌感覚まで楽しめた。音に肌触りがあるなんて思う日が来るなんて予想もしなかった。
やっぱり素敵だった。来て良かった。
体を満たすさざ波のような残響を無粋に断ち切ったのは、突然の放送だった。
「お客様のお呼び出しを申し上げます。2Lの15番の席のお客様。恐れ入りますが受付までお越しください」
律華は首をかしげた。繰り返し告げられた2Lの15番は自分が座っている席だ。
どうしたのだろう。
まだ余韻に浸っていたいのに、と名残惜しく思いながら席を立つ。
同じように酔いしれた人、感動した人、歓喜に興奮する人たちの間を泳ぐように避けて受付に向かうと、女性の係員に楽屋へ案内された。
なにが起こっているのかわからず、戸惑う。
係員が扉をノックすると、中から「どうぞ」と男性の返事があった。
がちゃ、と開けて女性は一礼する。
「お連れしました」
簡潔に伝えると、彼女は律華を部屋に残して去ってしまう。
十二畳ほどの部屋だった。ベージュの絨毯に、茶色のソファセットがある。壁面にはドレッサーとピアノがあり、畳まれた衝立があった。
ソファには二人の男性が座っていた。一人は年配で、もう一人は若い。
「来てくれてありがとう!」
若い男性が顔を輝かせて立ち上がった。
オルガニストの
ぱっちりした明るい茶色の目はやや垂れていて優しげだ。黒髪はパーマをかけているのか毛先が跳ねていて、左耳に緑の石のピアスをしている。
自分のペンダントと同じ色だ、と律華は思った。
戸惑う律華とは対照的に、奏鳴は感極まったように目を細め、彼女に歩み寄る。
「会いたかった。抱きしめていい?」
返事を待たず、彼は律華を抱きしめる。
「きゃあああ!」
悲鳴を上げる律華の脳裏に、コンサートに申し込んだときの記憶がよみがえった。
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