第2話 放課後サウナと太陽フレア

 薄い生地に半袖――はじめからセーラー服は通気性ゼロ。

 クーラーの効きもイマイチなこの教室は、まるで蒸し風呂状態。

 誰も来ないのをいいことに、トキコはリボンをほどき、胸元を大きく開けてパタパタさせながらタブレットを八重の前にポンと置いた。


「ねーねー、ヤスシマンの新しい動画、来てるよ!」


「お、マジか!」


 八重は机の上に乗せていた脚を下ろすと、トキコの横に顔を寄せた。

 ヤスシマン――登録者数100万人を誇る都市伝説系ストリーマーは、『飛梅女子高等学校オカルト研究会』の教科書みたいな存在。

 要するに、ふたりは昔からの大ファンというわけだ。


 動画が再生され、しばらく二人は画面を見つめるが、いつも先に口火を切るのはトキコだった。


「……予想はしてたけど、やっぱり2025年7月の予言の話だったね」


 栗色の猫っ毛ショートヘア――だけど、前髪は目を隠すほど長いトキコ。

 汗で少し湿った前髪をかき上げながら、彼女はゆっくりと体を起こす。

 その空いた胸元がこれ見よがしに八重の顔に並べられ、その谷間から立ち昇る汗の香りが妙にいい匂いがするのもなんだかムカついた。

 痩せてるはずなのに、必要なところにはきっちり存在感を放つトキコ。無自覚にそれを主張する姿は、いつも八重の鼻に突くのだ。


「大津波の原因が隕石だなんて、もう聞き飽きたよ」


 八重は、トキコの得意げなドヤ顔に対して抗議を込めながら、わざとらしく悪態をつく。

 しかし、八重は態度が悪いことがデフォルトなので、トキコは気にもせず動画を見ながら思いついたままを喋り続けた。


「太陽フレアが活発になるせい? ああ、なんかニュースでやってたなあ。……黒点が増えると生き物は活発になるんだって。人間もそうで、活発になり過ぎて戦争起こすようになるんだって。意味わかんないよね。でも、なんとなくだけどそんな感じはずーーっとしてたけどねっ!」


「……それがどう隕石と関係あるの?」


「よくわかんないけど……」


「わかんねーのかよっ! チッ!」


「出た、キッス!」


 八重はトキコのツッコミに負けじと大きな舌打ちを返し、再び机に足をぶら下げながら、乱暴に靴下を脱ぎ捨てた。

 真っ白な細い脚をクロスさせて深く腰掛けると、隣に座るトキコへ軽く体重を預けてバランスを取る。その真っ直ぐで漆黒のロングヘアが、ちょっと暑そうに揺れる。


 トキコは、うなじに空気が触れるように八重の髪をさっとまとめ、逆側の肩へ流してあげながら、動画に対する感想を続けた。


「北海道は大丈夫みたい。来年の今頃になったら二人で一緒に逃げようよ」


「えー、彼女できたって言ってたじゃん。そいつと逃げなよ」


「別れたよー」


「はあ? もう別れたの?」


「また病んじゃったんだよね。んもう……なんでいつもこうなっちゃうんだろう。私と付き合った子、みんな病んでっちゃう…」


「こわぁ……」


「私といて壊れないの、八重だけだよ」


「怖あ!」


「その元カノ、最近ストーカーみたいになっちゃってるし……、うっとおしいし……。どうしたらいいのー!!」


「知らねーよ!!」


 ふたりは、真剣な眼差しで2025年7月に大津波によって大打撃を受ける日本の様子を語るヤスシマンを挟んで、不毛な罵り合いに夢中になっていた。

 どんなに全力でじゃれ合い、怒鳴り合っても、その声は雨の壁に阻まれて新校舎へは届かない。


 こんな場所に、誰も来ない。

 自由奔放なオカ研

 ――ふたりだけの聖域。


 ……の、はずだったので、近づいてくる足音にふたりはまったく気が付かなかった。


 教室のドアが勢いよくガラリと開いた瞬間、ふたりはお互いにしがみ付き、新校舎にまで届くほどの悲鳴を上げながら、絡み合うようにして机とイスから転がり落ちた。

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