4-20 予感 2

 ――パタン


扉を閉じたヘスティアはシンと静まり返った廊下に出ると周囲を見渡し、物陰に隠れた。

この時間、使用人たちは全員自室に戻り仕事をしている者は一人もいない。なのに気配を感じる。


ヘスティアは廊下の陰に身を潜め、気配を探った。


(何か嫌な予感がする……。誰かいるのかしら?)


その予感は、見事に当たった。


カタンと小さな音が廊下に響いた。それは室内にいた者には聞こえないほどの小さな音だ。

そして全身を黒いマントで覆った人物が周囲をうかがう様子が見えた。


「!」


何者かが侵入してきたことに気付いたヘスティアに恐怖が走る。


(だ、誰なの……?)


今、大声を出せば使用人たち全員が気付いて部屋を飛び出してくるだろう。

ヘスティアは大声を上げようと息を吸い込んだ時。


侵入者はフードを外し、ヘスティアはさらに驚いた。


何と侵入者はセイラだったのだ。


(セ、セイラ様……一体何をしようとしているの?)


侵入者が黒マントで全身を覆いつくしたセイラだったということを知り、先ほどの恐怖は嘘のように消えていった。


(セイラ様が何しにこの離宮へやって来たのか……証拠を押さえてやるわ!)


ヘスティアは何度もサフィニアに嫌がらせをするセイラに怒りを抱いていたのだ

そこでヘスティアはセイラの後をついていくことにした――



****



 今を去ること30分ほど前。


セイラはすっかり雨が上がった夜空を自室から見上げていた。


「忌々しい雨がやっとやんだわ……。全く5日間も降り続けるなんて、どうかしてるわ。だけど、これで実行に移せる……忌々しいサフィニア。今度こそ、あんたは終わりよ」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、セイラは部屋に置かれたチェストの引き出しを開けた。中には大きなエメラルドのブローチが入っている。

このブローチはセイラが父からプレゼントされた物だった。


「離宮に侵入して、このブローチをどこかへ置いてきて、盗まれたと騒いでやる。そこでサフィニアに盗まれたと嘘を言うのよ」


セイラはブローチを手にした。その瞳は激しい憎悪に満ちていた。


誰もがサフィニアを庇う。

誰も自分を見てくれず、気にかけてくれない。


「そうよ。サフィニア……あんたが全て悪いのよ。おとなしくメイドとして生きていれば、良かったものを……」


ぎりぎりと歯を食いしばるセイラ。

クローゼットを開けて奥から黒いマントを引っ張り出して小脇に抱えると馬繋場へ向かった――



「馬車を出しなさい!」


馬繋場へ着くなり、セイラは声を張り上げた。


「え? セイラ様? 今からですか? もう21時を回っておりますよ? 旦那様から20時以降は外出するのを禁じられておりましたよね?」


夜勤で馬番を任されていた御者は、セイラの出現に驚いた。


「うるさいわね! お前はこの屋敷の使用人! そして私はエストマン公爵家の由緒正しい血を引く者よ! それなのに私の命令が聞けないというの!? それに行先は離宮よ! あそこなら同じ敷地内だから問題ないはずよ!」


「わ、分かりました! 馬車をお出しします!」


ヒステリックな叫び声に、たまらず御者は返事をした。


「そうよ、最初から黙って馬車を出せばよいのよ」


セイラは御者が用意した馬車に乗り込んだ。


「いい? 今夜私が離宮へ行ったことは誰にも言うんじゃないわよ。もし言ったなら……お前はクビよ! それだけじゃない。二度と御者として何処でも働けないようにしてやるから!」


「わ、分かりました! 誰にも申しません!」


こうしてセイラに脅された気の毒な御者は、渋々セイラを離宮に連れて行った。


ガラガラと揺れる馬車の中でセイラはエメラルドのブローチを見つめていた。


「見ていなさいよ……サフィニア。あんたは盗人として、屋敷を追い出されるのよ。どこかで行き倒れてしまうがいいわ」


そしてセイラは狂気じみた笑みを浮かべた――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る