E p i s o d e 4 2 グッバイヒロイン (6)

 あの事故があったから、私は「特別」になった。


 その後立て続けに起こった事件が、私をどんどん「特別」にしていった。


 私はあのとき後部座席に乗っていて、前で何が起こっているのか、道がどうなっていたのか、何も見ていない。知らない。


 「あの事故は……あなたが仕組んだものだったの?」

「正確には私だね。主人公は孤独でなければならない。少なくとも、物語の始まりにおいては。そのためには、あの家庭が少々邪魔だったのさ」

「父は……仲間だったんじゃないの?」

「仲間なんて言葉では括れない、同志さ。私たちは一緒に『運命』の研究をしていた。人にはそれぞれ『運命力』と呼ばれる力があり、この強さが人生の質を決定する。当初、この力は生まれつき備わった不変の値だと考えられていたのだが……私たちは発見したんだよ。これを上下させ、『主人公』を生み出す方法を」

「それが、親を殺すこと?」

「端的に言えば、そうだ。だがここにはもっと複雑なプロセスがある。主人公を生み出すイベントは多種多様であり、それは肉親の死に限らない。私たちは世界中からサンプルを集め、運命力を比較した。そして、最も身近で最も強力な運命の持ち主に目をつけたんだ。それが君、岸出咲だよ」

「そんな偶然……」

「恐らく偶然じゃない。この研究に携わった時点で、我々は運命の核心に触れていたんだ。その影響で周囲の運命力も引き上げられたのだろう。私たち自身の運命力も、他に比べたらかなり高くなっていたよ」

「なら、自分が主人公になれば良かったのに」

「それはいけない。君が一番よく分かっているだろう。主人公になった人間は、運命に逆らうことができない。運命の軸が転倒すると、因果律が崩壊し、世界は混沌の渦に巻き込まれる。我々の野望のためには、第三者の生け贄が必要だったんだよ」


そこまで分かっていて、私を巻き込んだのか。私だけじゃない。この町も、学校も、彼らの実験台にされたようなものだ。


 「……あなたたちの目的は?」

「よくぞ訊いてくれた。ずばり、日本の再生、そして世界の改良だ」

「…………」


ん?


「咲くん。君、国際的なニュースは見るかい? 見ないよなぁ。見ていたらこんなことにはなっていないだろうから。いや、責めているのではないよ? むしろ大助かりだ。我々にしてみれば、君の無知ほど活動を促進させるものもないのだから」

「…………」

「気分を害してしまったかな。まぁ気にするな。高校生などそんなものだ。だから代わりに、大人が世界の情勢を教えてやろう。咲くんは知らないと思うが、ここ八年で――」


――五十の国と地域が消えた。


「なぜ消えたと思う? 飢餓? 内戦? 侵略? どれも不正解だ。答えは、だよ。日本のテレビでは流れないから。君の目に入らないからだ。つまり、そう、自然消滅ってやつ。高校生カップルと同じだね」


私のせいで、国が消えた?


「出鱈目だ」

「現に今、世界を滅ぼそうとしている張本人が言うことかね」

「それとこれとは話が……」

「同じだよ」


彼は判然と言い切った。真顔で。大人が少し本気の顔を覗かせれば、子供は何でも言うことを聞くと思っているんだ。私たちだって何も考えないわけじゃない、何も知らないわけじゃないのに。


 知らないことには口を噤め?


 だったら、私の人生にずけずけ入ってくるんじゃねぇよ。


 大体、大の大人がさっきから何を言っているんだ。どうして女子高生の色恋沙汰や時事問題への関心が、世界の存亡やら国の盛衰を左右するんだか。よく考えたらさっぱり意味が分からない。


 脇本くんのお陰で、私はようやくそのに気付けたのだ。


 「どいて」

「戻れ」

「聞こえなかったの? どいて」

「そちらこそ、聞こえなかったのか? 戻って世界を救うんだ。それが君の父親の望みでもある」

「勝手に父の想いを代弁しないで。そんな大役を押し付けられても、期待に添うことはできない」

「難しいことは言っていないだろう? 高校生は高校生らしく、普通に恋愛を楽しめば良いんだ。変に運命に逆らったりせずに……」

「ふっ。ははっ」


思わず声をあげて笑った。狂ったように笑う。怒りを掻き消すように笑う。憂いを吹き飛ばすように笑う。頭を空っぽにするために笑う。腹が千切れるほどに笑う。


「普通に恋愛を……高校生らしくって、ははっ」

「なんだ、なぜ笑う」


彼はひどく気分を害したようだ。こめかみをピクピクと痙攣させ、目を細めてこちらを睨む。


 それにもかかわらず、私は叫んだ。


「自由だ!」


母がくれた言葉。父が望んでいたかも知れないこと。


 それを、何の脈絡もなく叫ぶという、この自由!


 「そんな恋愛、楽しいですか?」

「……は?」

「私はもうやめます。空気を読むのも、運命の言いなりになるのも」


だって私は、自由だから。


「それは自由じゃない。ただの無責任だ!」

「あーあ、言っちゃいましたね。これは言葉を返さなければなりません」


――『現に今、子供に責任を押し付けている張本人が言うことか』。とね。


「人には無責任と言いながら、あなたは責任逃ればかりじゃないですか。主人公の立場を譲り、殺人を父の本望と語り、世界が滅んだらお前のせいだ? どうせ、上手くいかないこと全部周りのせいにしてきたんでしょう。成功しないのは日本のせいだ、世界のせいだ、って」

「我々の思想を馬鹿にするな。これは警告だ。今すぐ私の命令に従わないと――」

「どうします? 私を殺しますか? 殺せるんですか?」

「…………」

「天上天下唯我独尊。なんか今、楽しくて仕方がないんですよ。こんな風に私を呪った連中と会えて、両親の死の真相が分かって。さぁ、運命力を測ってみてください。今の私は、たぶん過去最高に最強ですから」

「……どうして……共感してくれない? 新しい世界が見たくないのか?」


男の虚勢が崩れ、しょんぼりと肩を落として呟いた。顔を歪ませいじける姿は、まるで幼気いたいけな少年のようでもある。


 私は、若干可哀想だなと思いながら、少しの慈悲も込めずに言った。


「見たいけど……、それは、あなたたちが作る世界じゃない。将門灯が生きる世界で、私はそれを、出来れば彼女の側で見届けたいだけ」

「高望みだ」

「そう。でも、高望みをしない高校生なんて、面白くないでしょう?」


私は前に進んだ。私だけの正しさを求めて。


 ほんの一秒でも長く、灯の隣に居られるように。

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