Edosipe2' 主人公の邂逅 (2')

 「ねぇ、どうしよう。私、主人公かも知れない」

「はぁ」


一瞬ドキッとしたけれど……それはつまり、灯が主人公かも知れないということ? 私という圧倒的な存在感を隣に据えながら、自分が主人公だと予想したの?


 やっぱり変だ、この子。


「はぁ、じゃなくてさぁ。他に何か言うことないの?」

「みかん美味しいね」

「でしょー。近所のお婆さんがくれてさぁ……じゃなくて」


後から聞いた話では、このみかんは例の事故の二次被害者とも言うべきご老人を助けた見返りなのだそうだ。近所だからそういうこともあるだろうが、なんとも素敵な巡り合わせである。このみかんは美味しく頂かねばなるまい。


 まぁそんな理由付けがなくたって、灯から貰ったものは何でも美味しい。この後どんな災難に遭うか分からないので、早めに食べておくが吉だ。


「さては咲、宇宙人とか信じないタイプでしょ」

「いるとは思うけど、わざわざ地球人に接触してこないと思う」

「ロマンがないなぁ。地球は特別だって、思わないの?」

「思わないね」


よく分からない理由で特別扱いされるのはもう充分。小学生のとき、なぜか友達の筆箱を盗んだと疑われ、自分で無実を証明しなければならなかった恨みを今も忘れてはいない。


 と、話しながらみかんを食べ終えたとき、灯がこちらをじっと見ていることに気付いた。


「なによ、そんなに私のこと見詰めて。惚れちゃった?」

「ま、まさか。和歌山のみかん大使かってくらい綺麗にみかん食べるから、つい」

「みかんの食べ方に綺麗もなにもないでしょうに」

「確かに」


なんだその独特の例え。可愛いかよ。

しかも納得するときは素直とか。可愛いかよ。


 灯と会話できる幸福をしみじみと噛み締めている間も、じりじりと照りつけるような視線を感じた。顔に何か付いているかな、と気にし始めた頃に、彼女は大きくため息を吐いた。


「いいなぁ、咲は。さぞおモテになるんでしょうなぁ」

「急にどうしたの」


確かに私はよくモテる。でもそんなの、ただの主人公バイアスだから。道行く人が二度見するほどの美人、っていうのは古今東西ヒロインの典型だけれども、あんなのは周りの人の反応とか雰囲気に釣られているだけで、たぶん顔は大したことない。私と似たり寄ったりだろう。


 しかし問題はそこじゃない。


「灯は……モテたいの?」

「当ったり前じゃん。高校生たるもの、恋愛の一つや二つ、いや三つや四つや五つや六つ……」

「やり過ぎだって」

「そう言えば、前に言わなかったっけ。咲のクラスの脇本くん、結構良くない?」


……良くないよ。


「血行は良いかもね。すぐに顔赤くなるし」


つい、ひねくれたことを言ってしまった。灯は笑ってくれたけれど、私には罪悪感が積もる。だって彼は――。


 噂をすれば、脇本蹴馬しゅうまがこちらへ向かって歩いてきた。彼は友人との会話に夢中のようだが、うっかり目を合わせないよう、念には念を入れて視線を逸らした。後から思えば、この行動が失敗だったのだ。私がきちんと彼をマークし、灯との距離をキープできていれば、彼女が危険に晒されることもなかった。


 「じゃ、またね」

「うん、また!」


完全に油断していたそのとき、後ろ歩きをしていた脇本くんが灯の背中にぶつかった。小柄な彼女はいとも簡単に吹っ飛び、もつれた脚はかせでしかなくなる。私はすかさず下に入り、片膝を突いて彼女を受け止めた。


 不意に電流のような痛みが走る。しまった、怪我をしていることを忘れていた。


 「ごめん、大丈夫?」


何を抜け抜けと。灯が怪我したらどうしてくれるんだ。脇本くんが灯に差し出した手を振り払いたい衝動に駆られたが、


「うん、平気」


頬を赤らめる灯を見て、心臓の奥がきゅっと痛んだ。


 そうだ。私は、脇本くんの代わりにはなれないのだ。


 こんな風に彼女をときめかせることも、照れさせることも、恋人になった未来を思い描かせることも、私にはできない。


 彼女にとって、私はただのだから。


「気を付けてよ」


八つ当たりだ。でもどうして、彼を責めずにいられるだろう。


「本当にごめん。急いでいたんだ」

「そうは見えなかったよ。あなたたちはふざけていたから、周りのことなんて考えなかったんじゃないの?」

「まぁまぁ……」


灯があたふたして、私たちの仲を取り持とうとする。それが無駄な努力だということを、彼女は知らない。


 私と脇本くんが赤い糸で結ばれていることなど、彼女は知る由もない。

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