第4話 お参り

影人という一見マイナスっぽい名前は、親によると『日の当たるところだけでなく、影の部分も見れる人』という意味らしい。

要するに世の中の目立たないが大事なところに気づいたり、人の隠れている良いところに気が付けたりだとか、そんな人になってほしいそうだ。

…現状は完全に『影を生きる人』となってしまっているが。


ところでひなたちゃんに会う服装が本当にワンパターンしかない。

本当に話せると思っていなかったのもあるが、姉の古着もだいぶ数が少ないし、ある程度だぼっとしたものでなくてはいくら華奢でも骨格が男であると勘づかれてしまうだろう。

男嫌いのひなたちゃんに女装がばれてしまおうものなら、こんどこそ全男が恐怖になってしまう。絶対に避けたい。

かといって姉の制服は…学校について聞かれた時に非常に困る。

別にあのツートンカラーのパーカーとデニムスカートとレギンスの組み合わせを毎回することに抵抗はないが、女装が家族に内緒な以上洗い回すのも困難なのだ。

そうして行き着いたのは姉の部屋着のジャージであった。

すまん。本当にすまないが、洗濯前の洗濯籠から拝借して帰ってきたら戻す。今後そのタイミングでしか外に出ない、これで完璧だろう。


そうしてそのタイミングは、ひなたちゃんとの初対面から4日後にやってきた。

姉のジャージは俺にはほんの少し(本当にほんの少しだ)大きくて、袖が手首より長いためうまいこと関節が隠れてくれた。

はたしてこれは女装なのかと自分に問いつつ、髪型を工夫して薄ピンクの保湿リップ(本当にすまないが、姉の)を濡ればけっこう垢抜けない女子中学生っぽくはなった。

たまにこのスタイルでランニングをしているという設定にしよう。

軽く走っていればまじまじ見られることもないだろうし、とにかくひなたちゃんに『女友達』として接することができればあとはなんだっていいのだ。


…とはいえ、女友達ってなんなのだろう。

どんな話をするんだろう。

夕焼けを見ながらランニングをしつつ、やはり引きこもりゆえ体力がないためたまに歩きながら前と同じルートを進む。

今日ひなたちゃんと会えるとは限らないのだが、なにげに外に出る理由になるあたり俺にとって悪い方向には進んでいない気がする。女装だけど。

姉の女友達は何度か家にやってきたが…たいがい俺の髪の毛で遊んだり、姉の部屋でなにをそんなに話すことがあるのかと問いたくなるほど長時間喋っていた印象だ。

クラスメイトもそうだった気がするが、多くの女子にとって雑談というのはかなり時間をつぶせるもののようだが…困った。

いくら快活な少女設定の蘭ちゃんとしてそれっぽい振る舞いはできても、トーク力は俺自身のままである。無理だ。ひなたちゃんに会ってなにを話せばいいんだ!?

考えついたのは聞き役に回ることしかなかった。


「蘭ちゃん?」

「っ!!」


まずい、変な声が出かけた。

ここは神社の横で、まだ公園ではないのだが。

俺が『蘭ちゃん』になっている人物はひとりしかいない。


「ひ、ひなたちゃん!もう帰り?」

「ん、ん〜〜」


気まずそうにもじもじしているあたり、今日も登校はしていないようだ。

安心しろ俺もだ。と言う俺本来の人格を殺し、どうにか話を続ける。


「公園行く?」

「ううん、神社がいい」


この小さな神社は俺の家の近所で、親と散歩でよく来たりなにかとお参りをしている。

…女装した俺が入ってきて神様が引かないといいのだが、…まあ今日はジャージだしな。


「いいよ!行こ。なにかお願いするの?」

「…ないしょ」

「そうだよね!私のもなーいしょ」


そう言って神社に入り、手水舎で手を洗って賽銭箱の前に立つ。

小銭は持っていないが、小学校の時から手ぶらで立ち入っていたため迷うことなく鈴を鳴らそうとしたところ、ひなたちゃんが「ふたりぶん」と言いながら小銭を投げてくれた。

すまない、本当の姿が年上の男で…

本堂に手を合わせながら、俺は脳内で言えるだけのことを言った。

やましい気持ちで女装していないから許してください、ひなたちゃんに決して害は与えません、下心はございません、二次性徴を迎えたら女友達は終わります、エトセトラ…

と唱えていたら相当長い間目をつむっていたらしい。

顔を上げるとひなたちゃんがこちらを覗き込んでいた。


「な、なに?」

「いや…蘭ちゃんそんなにお願い事があるの」

「うん!将来のこととかね」


嘘ではない。


「引越ししてすぐ神社ってすごくいいね、挨拶みたいで」

「うん。挨拶。のつもり」

「ひなたちゃんってなんで引っ越してきたの?」

「………」


しまった。トーク力のない俺は聞き役に徹するべきという作戦だったのだが、センシティブだった。


「…男の子にいじめられたから」


いじめられたから。

ではなく、『男の子に』いじめられたから。


この言葉をわざわざつけた理由を、俺は考えてしまうのだった。

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