弐祓之拾-Ⅱ -夜空に咲く花-

 2-ⅩⅩⅥ


 斎木の自首により、事件から2日後、モールの地下から2体の死体が発見された。

 元神主の凶行としてニュースは取り上げるが、翡翠の処理班の手回しにより、殆ど騒がれることなく終息した。


 入院中の義母は、前田が支援を申し出たことで、今も静かにベッドの上で眠っている。

 店舗の修理も滞りなく進み、損害についても、翡翠が大半を負う形で示談している。




 夏休みも終盤に差し掛かったこの日、翠は日課の瞑想をする為に、修練室にいた。


 「翠ちゃん。」


 振り返ると、藍子が、修練室に入って来るところだった。


 「藍子姉、何?」

 「少し落ち着いてきたし、聞きたいことがあるのだけれど。」


 藍子が、瞑想をしていた翠の前に座りながら、真剣な目で見詰めてくる。


 「香奈さんに使った術。あれは禁珠の力を解放するために使われる術で、私たち、龍牙の巫女にしか継承されないものです。」


 力の解放は、操作を誤れば術者本人を構成する力までも解放してしまう危険な術。それ故、術の操作に長け、神に近しい存在と言われている巫女にしか継承されていない。


 「……あれは、正宗が、教えてくれたの。」


 黎が香奈を攻撃している間、3階の手摺りの上で待機していた翠は、正宗から頭の中に情報が流れ込んでくるのに気が付いた。


 それは、正宗の記憶。


 以前の持ち主である先代の龍牙の巫女が使用していた術。それがあの術だった。


 「そうですか。正宗には、やはり意志があったのかもしれませんね。」


 物に宿る記憶――。

 それを読み取ることは出来るが、意志のない物から送り込まれることはまずない。逆流してくることはあるが、それは個人結界が無意識下で遮断してしまう。

 つまり、そこに明確な意志が存在しなければ、術者に記憶が送り込まれて来ることはないのである。


 「正宗は、何度も私に返事を返してくれたよ。」


 話しかける度、また危険が迫ってくる度に、翠にその反応を示していた正宗。


 小さく震えたり、翠の手に温もりを与えたり、完全に形作られてはいないものの、そこには確かに意志があったと、翠は信じている。



 あの日から、何度も正宗を呼び出そうと召喚するが、翠の左手には何も現れない。


 意志を持っていたが故に、翠の力を支えきれない自身に憤慨していたのかもしれない。


 「正宗は、最後まで私を助けてくれたの。あの時、正宗が全身を龍牙力に変換してまで術の制御を行ってくれた。」


 正宗は、術を使い慣れない翠の代わりとなって、術を制御していた。

 意志がなければ到底できない芸当である。


 「正宗の為にも、もっと強くならなきゃ……。」


 妙子も正宗も、翠にとっては大切な存在。

 絶対に失いたくはなかった。

 その2人に救われた生命。無駄にはできない。


 「あなたには、退魔師として、新たな武器が必要ですね。」


 正宗に変わる武器。


 翠は気持ち的には、もう少しこのままで居たかったが、そうも言っていられないのが実情である。

 風神坊にしろ、紅蓮にしろ、少し前までは殆ど現れることがない大物である。


 実際に風神坊がこの世界へ来たのは、ずっと昔のことではあるが、それでも続け様に現れたということは、魔界との境界に張られている封印が弱まってきている証拠といえなくもないだろう。


 「…もう少しだけ、待って。」


 それでもやはり、気持ちの整理をつけたい。


 「解りました。でも、これだけは持っていて下さい。」


 藍子は黒いリストバンドを出してきた。


 「これは?」


 一見、普通のリストバンドにしか見えないが、何らかの力を感じる。


 「何か、少し懐かしい感じがする。」

 「とりあえず、武器の代わりです。あなたの身に危険が及びそうになれば、きっと助けてくれるでしょう。」


 翠は、左手に通してみた。

 すると、リストバンドは、翠の手首にフィットし、そのまま姿を消してしまった。

 しかし、体中に新しい力が巡っているのが解る。


 「ありがとう、藍子姉。」


 そのとき、修練室のドアがノックされた。

 扉を開けて顔を出してきたのは綾子だった。


 「み~ちゃん、居る?」


 綾子は部屋の中に翠を見つけて、満面の笑みで近寄ってきた。


 「そろそろ時間だよ。平井さん達も、もうすぐ下に着くって。」


 あの後、さすがに疲れ果てて、海へは行けなかった。

 一緒に行く約束をしていた平井 祐子は、少しホッとしたようだったが、変わりに美佐達も誘ってプールに行く約束をしていた。


 「じゃあ、行ってきます。」


 メンバーは、浅野 陽子、黒木 美佐、平井 祐子そして、翠と綾子の5人である。

 明羽は、今回は遠慮していた。


 冴種の脅威が消えたわけでないが、それでも香織と雷應は信じられる。



 “強くなりたい―。”



 綾子の願いを叶えるためにも、あまり過保護にしていては駄目だと気が付いてもいた。


 「綾子ちゃん、本当に修行するのですね?」


 藍子が立ち上がりながら聞いた。


 「はいっ!」


 翠の側に居るために、と綾子が自分で選んだ道。

 翠はしなくてもいいと、何度も説得するがまったく聞く耳を持ってくれなかった。


 「こんなに頑固だとは思わなかったわ。」


 翠が少し拗ねた顔をして、先に歩き出した。

 慌てて、綾子が翠の後を追って、腕を絡める。


 「もう、決めたの。」


 翠と一緒に歩いて行くためには、絶対に必要なこと。

 こればっかりは譲れない。

 たとえ暫くの間、離ればなれになろうとも…。



 綾子の決心は堅かった。



 2人の後ろ姿を見ながら、藍子はそっと微笑んでいた。


 妙子の死、そして正宗の消滅――。


 翠には辛すぎるその出来事も、綾子がいればきっと大丈夫だと、藍子は確信していた。














一瞬の煌めきを

最大限に輝かせて、

瞬く間に散り急ぐ夜の花は

儚くて逞しい。


もし――

永遠の一秒があるのなら、

そこに映し出されるものは

忘れられない想い?

刻み込まれた景色?

それとも……



夜空に咲く花が


語りかけるは、きらびやかな栄光。

見せつけるは、淋しさ誘う余韻。


それでも流れる時間は

留まることを知らない。



そっと輝かせて、

見落としてしまいそうな光の雫を…。


散る花が道を示すのなら、

消える前に歩きだそう。



夜空に咲く大輪の花。















                     第弐話 =完=



-------------


ここまで、読んで頂きありがとうございます。

このお話は、これで完結となります。


本当なら、1章Episode15までで全5章、それが2部ある構成の物語ですが、個人的理由でここまでとなります。


今も昔も、楽しんで頂けていた方には、大変申し訳ない気持ちです。



本当に、ありがとうございました。


2024.9.16. 語り部・LbFennelより


-----


追記(2025.3.30.)


この後、あとがきが入っています。

そちらは、以前、近況ノートに書いたものですが、この後の展開などの簡単なネタ晴らし等を書いていますので、興味のある方は、読んでみて下さい。



ここまで、本当に、ありがとうございました。

心よりお礼申し上げます。


2025.3.30. 語り部・LbFennelより





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