2日目『走るたけし』

 カラマツの林道を抜ける風が肌を刺し、ぼくは歩を緩めた。

「先輩、そろそろ着てくださいよ」

「ほてった身体を冷ますにはこれが一番手っ取り早いんだよ」

「だからってちゃんちゃんこ一丁にキャップ、水泳パンツは怪しすぎますよ」

 いくら田舎道で誰も来ないからといって、たまに軽トラくらいは通り過ぎるし、その視線が厳しい。

 昨日、おでんで暖をとりそのまま寝落ちした『たけし先輩』は、起き上がるとすぐちゃんちゃんこを手に取り

「いくぞ!」

 と、寝ぼけて何が何だかわからないぼくは、寝巻きのまま外に連れ出された。外はまだ暗く、向かいの公園の時計塔は5時を刺していた。

「そんなに薄着で寒くないんですか」

「ちゃんちゃんこ着てるだろ」

「暖かい服を着れば暖かいって理屈はちゃんとフル装備してから言ってくださいよ。この寒空で下がビキニ一つでどこが暖かいんですか」

「見ろ。カラマツだって冬に葉を纏っていない。なのに俺ときたらちゃんちゃんこがあるんだ、贅沢だろ」

「先輩はいつから樹木になったんですか……あっ、ちょっと待ってくださいよ」

 ぼくは呆れながらも遠ざかる先輩を見失わないように走り出した。カラマツの葉が木枯らしで落ちる。

 そのとき、ほんの少しだけ、彼を包んでいるように舞ってみえた。


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