第214話 血染めの十牙

「ジークヴォルト王だと!?な、なぜここでジークヴォルトの名が出て来るのだ……!?」


「――こういう事だ、トールセブリン」


 背後から冷淡な声が響き、大公は思わず振り返る。その声の主は、自分をここまで導いた銀髪の獣人少年であった。

 ――だが次の瞬間。

 黒い霧がその体を包み込み……彼の姿は、人間種ヒューマンへと変化する。

 銀色の髪と蒼の瞳、闇の如き静かな威圧感をまとった――青年の姿に。


「我が名はジークヴォルト・フォン・クレヴィング。お前の国と対峙している、キルヒェンの王だ」


「じ、ジークヴォルトだと!?き、貴様が!?馬鹿な、何をふざけた事を言っている!」


 ジークヴォルトが反乱軍を扇動しているという話は耳にしていたが、こうして対峙するのはトールセブリンにとって始めての事。


「――よく似ているな」


「な、なに!?」


「お前の弟、トールバルデルも同じような表情をしていた。本来ならば違う反応をしろと言いたい所だが……」


 ジークヴォルトは口元を緩める。


「しかし、悪役兄弟がそろって同じ反応をするというのもそれはそれで面白い。合格だ」


「な、なんだ!?いったい、何を言って……」


 トールセブリンは全く状況が飲み込めない。ただ狼狽するのみだ。


「――僕から説明しましょう」


 静かに声を発したのは、金髪の聖騎士ヴァルフリード。


「グリスフェルドで獣人の反乱が起きたと聞いた時点で、僕は動き出しました」


 そう切り出し、彼は語り始めた。


 実のところ、聖教はかなり早い段階で獣人反乱の兆候を掴んでいた。

 それをもたらしたのはシェムハザイ――『銀の墜星』に名を連ねる空間魔術の使い手。

 マルクトと密かに通じていた男。


 マルクトはシェムハザイとの繋がりを隠したまま、情報のみを聖教本部に伝えた。

 そして動いたのがヴァルフリードだった。

 彼が動いた理由は、グリスフェルド国内に滞在する神官達を保護するためである。


「反乱軍に捕らえられ、聖教の神官達が命を奪われる危険がありましたからね」


 昼夜を問わず不眠で走り続けたヴァルフリードは、ついにグリスフェルドへ到着した。

 彼が選んだのは、キルヒェン軍が布陣する南方ではなく、西方からの進入路。

 やがて彼はグリスフェルド軍と合流。

 その後、反乱軍に対して聖教の神官とトールセブリンの引き渡しを要求した。


 すでにその頃、トールセブリンは『聖教を国教とする代わりに助けてほしい』と聖教に要請を出していた。

 それを知ったヴァルフリードは、彼の身の安全を保証する義務があったのだ。


 だが反乱軍を率いるジークヴォルトは、驚くほどあっさりとその条件を飲む。

 ただし、条件をつけた。


 ――トールセブリンを返してやってもいいが、見せたいものがある。


 と。


 そして彼は自ら獣人の少年に姿を変え……トールセブリンを、この場に連れて来た。

 ヴァルフリードに、真実を見せるために。


「残念だったな、トールセブリン。お前が約束を守り和平のために動けば、『正義の光ジャスティス・レイ』が味方してくれたものを」


 ジークヴォルトは冷ややかに微笑む。

 無論、この結末は最初から計算済み。トールセブリンという悪役をより際立たせるために仕組んだ筋書きだ。


「だ、だが!獣人奴隷など、どのような目に会おうが知った事ではないであろう、ヴァルフリード殿!」


 トールセブリンは声を張り上げる。


「余は、この国の国教を聖教と定めると約束したはず!そなたらにとって重要なのはその一点ではないのか!?」


「――もはや、その約束を信じる事も出来ません」


 ヴァルフリードの澄んだ蒼眼が、大公をまっすぐに射抜く。


「何しろ、目の前で約束を反故にする様子を見せつけられたのですから。あなたは……己の都合で他者との誓いを簡単に破る人間のようですね、トールセブリン大公」


「ち、違う!あれは……獣人との約束だからだ!卑しき者との誓いなど、反故にして当然……!」


「――残念ながら、僕とあなたでは価値観が根本的に違うようです」


 ヴァルフリードの顔に浮かぶ哀れみの表情が深くなる。


 トールセブリンはふらつき、顔を歪めた。

 混乱と動揺。しかし胸の奥底から、怒りと共に歪んだ決意が燃え上がる。


「おい、お前達!」


 グリスフェルド軍に向かって怒声を飛ばすトールセブリン。


「こやつらを討て!ジークヴォルトも……ヴァルフリードも殺せ!」


「なっ……!?」


 兵士達が動揺の声を上げた。


「し、しかしトールセブリン様。このお二方を殺せば……キルヒェンも聖教も、二度と和解など叶わぬ敵となってしまいます!」


「そ、そんなものは適当に理由を捏造すればよいのだ!そ、そうだ、この二人は獣人どもに殺されたことにすれば良い!」


 今この場にいるのは、ジークヴォルトとヴァルフリード以外、全てグリスフェルド側の人間。

 ここで始末してしまえば……後はトールセブリンの思うまま、事実を塗り替えることができる。


「やれ!今すぐやるのだ、お前達!」


 トールセブリンは己の軍勢の方へ駆け逃げる。

 そしてその直後、入れ替わるように十人の男たちが軍列から現れた。


「ひゃははっ!こいつらを嬲り殺しにしていいって事ですかい、大公陛下」

 最初に躍り出たのは、サメの如き乱杭歯を持ち、背に長槍を背負う男。

 人呼んで『串刺しの狩人』ワシーリー。


「『正義の光ジャスティス・レイ』?『ルグドゥラ殺し』?くだらねぇ看板だ!俺達に勝てるはずはねぇ!」

 無骨な両刃斧ダブルアックスを振り回し進み出るは、筋骨隆々たる巨漢。

 『嵐風の斧使い』こと、ガルチョム。


「フフッ……ようやく血の匂いを嗅げるね。キルヒェン軍相手では睨み合いばかりで退屈していたんだよ」

 妖艶な美貌を持ちながらも残酷な嗤いを浮かべる青年。

 彼の名は『薔薇剣の男爵』アルセニィ。


「おい、雑兵ども!てめえらも援護しろよ!全部俺らにやらせやがったら後でブッ殺すからな!」

 髭面の巨漢が怒号を飛ばす。振り上げる武器は、重厚な戦槌ウォーハンマー

 『赤髭の豪将』エフゲニス。


「さあ……まずは、ぶざまに命乞いをしたまえ」

 痩身の青年が、弓を引き絞りつつ静かに言い放つ。

 『静寂の射手』アルカーノフだ。


 さらに『火酒の戦士』オルドヴィン、『落日の血剣』ユドラフ、『緑鎧りょくがいの突貫騎士』ラドミール、『大盾の荒武者』バルハフッサ、そして『凱歌の魔術師』クルサーノフと続く。


 その姿を目にした兵士の一人が息を呑み、声を震わせた。


「『血染めの十牙じゅうが』、全員が出るのか……!?」


 ――『血染めの十牙』。

 戦場経験に乏しいグリスフェルドにおいて、血と暴力によって己の実力を研ぎ澄ませた異形の武人たち。

 獣人奴隷を嬲り、死刑囚を試し斬りにしながら腕を磨いた、グリスフェルドの武の頂点である。

 その十名が、今ここに集結していた。


「ほう……素晴らしい。――実に見事だ」


 ジークヴォルトの瞳が楽し気に輝く。

 一方のヴァルフリードは眉をひそめ、訝しげな面持ちだった。


「本気で言っているのですか?正直な所、彼らの実力は――」


「強弱の話ではない。この状況シチュエーションこそが……素晴らしい。悪役十人衆が名乗りを上げ、姿を現す場面などなかなか見れるものではない。――お前も戦え、ヴァルフリード。それがあの悪役共に対する礼儀というものだ」


「――あなた一人で十分でしょう」


「お前も戦った方が、あのザコ悪役共が輝くだろう?聖教の代表として俺との交渉の席に座りたいなら、働いてみせろ」


「……仕方ありませんね」


 金髪の聖騎士は静かに剣を引き抜いた。

 そして――孤高にして最強の悪の王と、至高の実力を持つ聖騎士団総長グランドパラディンが並び立つ。


「何をごちゃごちゃ言ってやがる?」


 『血染めの十牙』の列から嘲りの声が飛ぶ。


「まさか、私達と真っ向から戦うつもりかい?」

「愚かよな!『血染めの十牙』に加え、無数の兵を要する我らに立ち向かうとは!」

「ヒャハハ!命乞いしねぇなら……二人ともさっさと死にやがれ!」


 その声を合図にして、『血染めの十牙』が動き出す。

 そして……一瞬のうちに勝負は決着した。

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