悪の王道を突き進む~悪役貴族に転生したので最高の悪役を目指す事にする~

月下散人

第一章

第1話 悪の王道

「ここは……?」


 気が付くと、俺は見知らぬ部屋にいた。豪奢なベッドに、煌びやかな調度品の数々。どこかのホテルの一室……?いや、高級ホテルのスイートルームだとしても、あまりにも豪華すぎる。

 というか、俺がそんな部屋に泊まれる訳はない。何しろ、俺は金持ちでもなんでもないただの一般的人なんだから。


「いったい何が……え?」


 部屋の中を見回し、そして壁に架けられている鏡の中に映っている自分を見た時、俺は驚いた。

 そこに映っているのは、20代になるかならないかといった年頃の男。白銀の髪と蒼い瞳、すらりとした四肢を持った美青年だ。平均的な日本人である俺とは似ても似つかない姿をしている。


「ぐっ……」


 突如、俺の頭の中に膨大な情報が流れ込んでくる。いや、正確にはふたつの記憶が繋がったと言うべきか。つまり……この世界にいる今の俺の記憶と、日本人だった前世の記憶。このふたつが結合した瞬間だ。


「そうか、ここは……バゼラント大陸の……キルヒェン王国……!」


 キルヒェン王国。ゲーム『バゼラント大陸戦記』に登場する国だ。そう、つまり……俺は、ゲームの世界に転生したって訳だ。


「そして、俺は――。その中の登場人物、ジークヴォルトに生まれ変わった……」


 バゼラント大陸戦記は、その名の通り架空の世界に存在する大陸、バゼラントにおける国家同士の争いを描いた戦記シミュレーションゲームである。


 そして、主人公の属する陣営と対峙する悪役のひとり。それこそがジークヴォルト・フォン・クレヴィング伯爵だ。

 ジークヴォルト伯爵は無能な悪役で、時に主人公と戦い敗北し、時に主人公とは関係ない別勢力にコテンパンにされ、最後は落ちぶれて逃げている所を民衆に殺されるという哀れな末路を辿る。


「まさか俺が、あのジークヴォルト伯爵になるなんて……そんな、そんな……!」


 俺は、思わずその場でがっくりと膝を突いた。まさか、あのヘタレ悪役の代名詞とも言えるジークヴォルト伯爵になるなんて、そんなの……。


「クハハハハハ!最高じゃないか!」


 俺は目元を押させつつゆっくりと立ち上がる。


 前世の俺は、ゲーム、漫画、アニメ……あらゆる媒体を問わず、悪役が好きだった。というか、悪役こそが作品における真の主役だとすら思っていた。だってそうだろ?正義の味方というのは、悪を倒す存在だ。つまり、『悪』が最初にあってこその『正義』。

 もしも、正義の味方が活躍する名作があったとしたら……それを名作足らしめるのは、素晴らしい悪役がいたからこそだ。だから俺は、もしも生まれ変わるなら悪役に生まれ変わりたいとそんな風に願っていた。


「しかしまさか、願いが叶って悪役に転生できるとは。夢じゃないよな……」


「ジークヴォルト様。お茶をお持ちしました」


 本当に現実なのか?と、しばし呆然としていた所で、部屋の外から声が響く。俺はすぐさまジークヴォルト伯爵としての記憶の中から、声の主を探り当てる。この声は……メイドのフィーネか。俺は、この時間に自分の部屋で紅茶を飲むのが習慣だったようだ。


「入れ」


 と、俺はいかにも悪役らしく尊大な口調で命じた。


「失礼いたします」


 腰まで届く美しい金色の髪を持ったメイド……フィーネが、お茶や菓子の載ったワゴン台車を押しながら部屋に姿を現した。フィーネは何事もテキパキとこなす優秀なメイドだ。だが、俺は今日のフィーネの動作に違和感を覚えた。


「どうした?少し動作がおぼつかないようだが」


 ジークヴォルト伯爵は、無能な人物だが才能は人一倍持っている。才能はあるのに努力を怠り、調子に乗って敗北する……というのが彼のキャラクターのキモだからだ。だから、ジークヴォルトである俺はフィーネの動きがいつもに比べ僅かに乱れている事にすぐさま気が付いた。


「も、申し訳ありません……!」


「謝罪はいい。それよりも理由を聞かせろ」


「それは……」


「俺に隠し事をするつもりか?」


「い、いいえ……!」


 少し戸惑った後、フィーネは意を決したように告げた。


「じ、実は故郷の母が病気だという手紙が昨日私の元に届いて……昨夜は不安のために眠る事が出来ず、今も母の事を……考えておりました」


 そう告白した後、フィーネは深々と頭を下げる。


「申し訳ございません、ご主人様……!メイドとしてあるまじき失態です……!」


 普通に考えれば、これは失態と言うほどの事もでもないだろう。お茶を零したとかならともかく、ほんの少し動作が乱れていただけだ。しかし……悪役である俺は当然、そんなフィーネを許しはしない。


「そうだな、確かに失態だ」


 その言葉に、ビクリと肩を震わせるフィーネ。


「罰として、お前には10日間の暇を与える。その間に故郷に帰り、母親の見舞いに行ってこい」


「え……?」


 フィーネの瞳が驚きに見開かれる。


「で、ですがそれでは、ご主人様の身の回りのお世話をする者が……」


「お前は俺を馬鹿にしているのか?たったの10日程度、お前がおらずとも俺は問題なく生活できる。その計算があるからこそお前に暇を与えたのだ。それよりも、だ……このまま不安を抱えたまま働けば、お前の仕事のパフォーマンスが下がる。いいか、フィーネ。お前は俺に仕える身だ。つまりこの俺のために、その能力を存分に発揮する義務がある。そのために故郷に帰り不安を拭い去ってこい」


「ご主人様……」


 フィーネは、瞳を潤ませながら自身の前でぎゅっと手を結ぶ。


「感謝いたします……っ」


「感謝?何を勘違いしている。これはお前のための措置ではない。お前がパフォーマンスを存分に発揮させれば俺が得をするからそうしているだけだ。ああ、そうそう……お前の母親の病気が治るよう、医者も手配しておこう」


「そ、そんな……!私ごときのためにそこまで……!」


「何度言わせる気だ?これは俺自身のためにやっている事だ。図に乗るな、フィーネ」


「は、はい……!」


 元々潤んでいたフィーネの瞳に、はっきりと涙が浮かぶ。図に乗るなと言われてショックを受けたのか?まあいい。俺は悪役だからな。


「分かったらさっさと故郷に向かう準備をしろ。その間に馬車や医者の手配は済ませておく」


「わ、分かりました。心より感謝を……」


 と言いかけ、フィーネは口を閉じた。感謝などしても俺に否定される事を学習したようだ。そして、俺に一礼した後部屋を出ていった。


「クク……」


 俺は、フィーネのいなくなった部屋で悪役らしい笑みを漏らす。


「せいぜい、母親の看病に勤しむがいい」


 フィーネは優秀なメイドだ。この世界で俺が悪役として快適に過ごすためにはなくてはならない人材と言える。その彼女に最高のパフォーマンスを発揮させるためならば、10日の休暇や医者の手配など安いものだ。


 そしてこれは……悪役としての俺の第一歩でもある。


「そう、これは始まりに過ぎない。俺が悪役として飛躍するためのな」


 『バゼラント大陸戦記』は、残念ながら名作とは呼べない作品だ。売り上げも、ユーザーの評価も決して良くはなかった。その理由は、ゲームシステムがいまいちだからだとかストーリーが分かり辛いせいだとか言われているが……俺に言わせれば違う。悪役が魅力的ではなかったから、名作にならなかったのだ。名悪役のいる作品に――駄作なし。


「だから俺は――この世界で、最高の名悪役になってやる」


 力を蓄え、圧倒的に強大な悪役になり……この世界を盛り上げてやろう。それが俺の進む道だ。

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