第3話 よくない状況

 夕食を食べ終えた後、先に藤原にお風呂に入ってもらい、俺はその間、リビングで本を読んでいた。


 この本は先ほど藤原が読んでいたもので面白いと聞いて貸してもらったものだ。


 読書はよくするが、恋愛小説を読むことはほとんどない。たまに胡桃からお勧めされた恋愛ものは読むが自分からは手に取らない。


 集中して読み進めること数分。お風呂から上がった藤原の声がして、読んでいたところに栞を挟み、本を閉じる。


「お風呂上がりました。裕子さんは?」

「お母さんなら夕飯は外で食べてくるから遅く……っ!」


 テーブルの上に本を置いて顔を上げると目の前にはモコモコの可愛らしい寝間着を着た藤原の姿があった。


 普段見る彼女と同じだが、お風呂上がりのせいか色っぽく見える。


「お、遅くなるってさ……」

「そうですか。では、裕子さんの分は明日のお弁当にでも入れましょうか」

「そ、そうだな」

「八神くんはお風呂どうぞ。温かいうちに入った方がいいですよ?」

「あぁ……ありがと」

 

 ソファから立ち上がり、浴室へ向かう。入るまで気付かなかったが、お風呂に入る直前で気付いた。


(湯船につかるわけにはいかんよな……)


 藤原が入ったことを想像しそうだったが、頭を振ってすぐに頭から想像したことを消す。


 取り敢えず、今日はシャワーで体を洗うぐらいで湯船につかるのはやめよう。明日からのことはまた明日考えるとして。



***




 浴室から出て部屋着に着替えると水を飲みにキッチンへ向かう。


 するとリビングから駆け寄ってきた藤原が俺に抱きついてきた。


「ふっ、藤原!?」


 ふわりと彼女の髪が靡くとシャンプーのいい匂いがし、非常によくない状況になっていた。


「かっ、カタッていいました! お化けがいます!」

「お化け?」

「はい、私が1人の時に物音がしたんです!」

「そ、そうか……藤原、一旦落ち着かないか? 良くない状況になってるし」

「……良くない、状況?」


 藤原は俺の服袖をぎゅっと掴むと首を小さくかしげる。


 そして少しずつ状況を理解し始めたのか彼女は顔と耳を真っ赤にさせると慌てて俺から離れた。


「す、すみません! 私、怖いの苦手で」

「いや、大丈夫だ」


 怖いのが苦手というのは知らなかった。それよりカタッという物音はどこからしたんだろう。


「物音はリビングで?」

「は、はい……カタッと音がしたり、ガタッと……」


 彼女の手を見ると震えていた。安心させるために抱きしめるなんて俺にはできないが……


「一緒に物音の正体を突き止めるか」


 小さな手を優しくそっと握ると藤原はホッとしていて、コクりと頷いた。


 手を繋いだままリビングへ移動するといつもならソファの端の上に乗っているひざ掛けが床に落ちていることに気付いた。


「……何か下にある?」


 ひざ掛けの下に何かあるように見え、近づいていくと何かが動いた。それと同時に藤原は手を離し、俺の背中へ隠れて腕をぎゅっと抱きしめてきた。


「なっ、何かいます……」

「……おそらくモカだな」

「モカ?」


 ひざ掛けをバッと取るとそこには茶色いふわふわの毛の犬、モカがいた。


「かっ、可愛いです!」


 藤原はモカを見るなり、俺から離れてモカへ抱きつきに行った。


「お婆ちゃんの家にいるんだけど少しの間だけ預かってるんだ」

「そうなんですね。モカさん、初めまして。藤原渚咲と申します」


 挨拶をすると、藤原はモカをもふもふして癒されていた。


 俺にとってはこの藤原さんがモカと戯れている姿が癒しだ。


「犬、好きなの?」

「好きですよ。特に猫さんと犬さん、うさぎさんは」


 動物全てにさん付けをしていて、そこに俺は可愛さを感じてしまった。


「あっ、モカさん……」


 触れあっていたが、モカは彼女から離れてどこかへ歩いていってしまった。


 モカを追いかけることなく藤原は残念そうな表情をしてソファに座ると、テーブルに置いていた小説に気付いた。


「小説、どうでしたか?」

「まだ最初の方だけど面白いな。読み終えるまで借りてもいい?」

「えぇ、もちろんです。私は一度読みましたから」

「ありがと」


 少し空けて藤原の隣に座る。いつもならこの時間は自室でだらだらと過ごしているが、今日は彼女と一緒にテレビを見て、ゆったりとした時間を過ごす。


 藤原とは前から一度話してみたい気持ちはあったが、こう話せる機会が突然増えると何を話せばいいのかわからない。


 テレビを見つつどんな話題がいいのかと考えていると藤原が俺の腕をツンツンと指でつついてきた。


「八神くんは、卵焼き……甘い方が好きですか?」

「……卵焼きならお婆ちゃんが作ってくれた砂糖が入った卵焼きが好きだから甘い方が好きだな」 

「なるほど、わかりました。ところで料理はよくするのですか? 学校にお弁当を持ってきているようですが」 

「まぁ、学校が……」


 あれ、知られている……? 藤原にいつもお弁当を持っていってることなんて話したことないはずなのに。


「平日はお母さんが仕事で忙しいからお昼は自分で作ってるよ」

「そうなんですね。凄いです」

「ありがとう……藤原はいつもお昼、どうしてるんだ?」

「私も作って持っていってます。その方が節約できますし」

「節約……まぁ、そうだな。学食とか購買で売ってるものは美味しいけど高いし。自分で作った方が安い」


 俺の場合、弁当を作る理由として安く済む以外に料理をするのが好きだからという理由もある。


 最初は何を話せばとなっていたが、卵トークから話が広がっていき、料理トークで盛り上がるとあっという間に時間が経っていた。


 お母さんが帰ってくると3人で少し話してから俺と藤原は2階へ上がった。


「そう言えば、八神くんのお父様は? 一度挨拶はしましたが」

「お父さんはもう少ししたら帰ってくると思うよ」

「そうですか」


 2階へ着くと俺は自分の部屋の前で足を止め、後ろを振り返り、彼女の方を向く。


「じゃあ、おやすみ」

「…………あの、八神くん」

「? どうした?」

「……いえ、何でもないです。おやすみなさい」

「ん、あぁ、おやすみ……」


 藤原が部屋に入っていくのを見届け、俺も自分の部屋へと入った。


(あの表情……何でもないわけないよな……)


 





      

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