第2話 2人だけの秘密
「あっ、夢か」
「夢ではないですよ」
バッと布団を顔まで被ろうとすると藤原は布団を掴んできた。
ぐぐぐっと布団の引っ張り合いが始まり、力強く引っ張ると彼女はバランスを崩し、俺の方へと倒れ込んできた。
「ごっ、ごめん! 引っ張りすぎた」
「い、いえ、謝るのは私です。重いですよね、すぐに降ります」
藤原は謝ると俺から離れて、立ち上がり、身だしなみを整えていた。
「先、下に降りてますね」
「…………ああ」
なぜここに藤原がいるのか、そう尋ねたかったが、今は早く制服に着替えて下に降りよう。
(てか、恥ずっ。クラスメイトに寝顔見られたとか)
制服に着替え、身だしなみを整えてから下へ降りるとそこにはお母さんと若い女性、そして藤原さんの3人がいた。
お母さんに紹介され、若い女性は藤原桃花さんで、藤原の母親ということがわかった。桃花さんは今日から海外にお仕事で3ヶ月間いるようで、その間だけ娘をここで泊めて欲しいそう。
俺のお母さんと桃花さんの関係は小学校からの親友で、最初、娘1人で3ヶ月間一人暮らしをしてもらおうとなっていたが、それは心配だそうで、俺のお母さんに相談したところ「じゃあ、ここに3ヶ月間だけ住んだら」とお母さんは言ったそうだ。
母親は今日から海外で父親は単身赴任中。そんな中、娘を1人家にというのも、海外へ連れていくというのもできず、結果、八神家へ来ることになった。
ここに藤原が来る話し合いはかなり前から行われていたが俺は初耳だ。来るなら教えてくれても良かったんじゃないかとお母さんに言ったところ、「伝えようとはしてたわよ。けど、忘れてたわ」と言われた。
まぁ、桃花さんが娘を1人にすることに心配するのはわかるし、藤原が八神家に来ることはいいのだが、危険じゃないだろうか。
同級生の男子とこれから3ヶ月住むとか嫌がる人はいると思うが、藤原は嫌じゃないのか?
「では、私はそろそろ行きますね。渚咲、迷惑かけないように」
「はい。いってらっしゃいお母様」
玄関で別れの挨拶をする親子。藤原の悲しい表情を見て昨日の彼女の表情と重なった。
(昨日のあれは……そうか……)
「裕子、渚咲を頼みます。何かあればいつでも連絡を」
「えぇ、わかったわ」
お母さんと桃花さんが話し終えると桃花さんは行ってしまった。
その後、必要なものだけを家から持ってきた藤原はその荷物を持って玄関から2階の俺の隣の空き部屋へお母さんと一緒に向かった。
その間、俺はお弁当を作りながら時間がないので朝食を食べる。
これから3ヶ月だが、藤原と一緒に住む。そっかそっかと簡単に流せるような話ではない。
朝食を食べ終えた頃、藤原が1階へお母さんと降りてきた。
目が合うと彼女は俺のところへ来て、小さく会釈した。
「八神くん、これからよろしくお願いします」
「あぁ、うん……よろしく。困ったことがあれば気軽に言って欲しい」
お母さんの方が相談しやすいかもしれないが、同い年の方が話しやすいこともあるだろう。
「ありがとうございます。私は今から学校に行きますが、八神くんはどうしますか?」
「俺はまだ準備できてないから後から行くよ。いってらっしゃい」
「ふふっ、また教室で。行ってきます」
笑顔で微笑みかけてくれたその天使のような笑顔に少しドキッとしてしまった。
***
「おはようございます」
「おはよ」
教室に入り、自分の席へ着くと珍しく藤原に声をかけられた。
いつもなら周りには人がいてクラスメイトと話しているが今日はいない。
「今日は1限目に小テストがありますが、八神くんは勉強しましたか?」
「テスト……あー、そう言えば先生言ってたな。全くしてない」
なるほど、周りに人がいないのはみんな小テストの勉強をしているからか。
「全くですか……では、これ、テストに出るところをまとめたものです。良ければ使ってください」
綺麗な字で要点が書かれたルーズリーフ1枚を渡され、俺は藤原から受け取った。
「ありがと、助かる」
「いえ、どういたしまして」
藤原は前を向き、勉強を始める姿を見て俺も小テストの勉強を始めようと前を向くと胡桃が泣きそうな顔でやって来た。
「りーくん、小テストあるの何で教えてくれなかったの!」
「朝から声が大きい。俺もついさっき知った」
「なら仲間。残り少ない時間で一緒に勉強しよ」
「なぜ俺なんだ。海人は?」
彼氏である海人なら間違いなく一緒に勉強してくれると思うが。
「海人、今日は遅れるみたいでまだ来てないんだよね」
「また親子喧嘩か」
胡桃は俺の前の椅子を借りて座ると小テストの範囲の勉強を始めた。その時、隣から「羨ましい」という小さな声が聞こえた気がした。
要点をまとめたものを藤原からもらってそれだけを覚えた結果、小テストは満点だった。やはり成績優秀で学年1位の藤原の作るノートは凄い。
(家に帰ったら必ず礼をしよう)
放課後、海人と胡桃で遊んで帰り、帰宅すると玄関には見慣れない靴があった。おそらく藤原のものだろう。
「ただいま」
自室へ行く前に明かりがついていたリビングへ行くと藤原はソファに座って本を読んでいた。
声をかけたら邪魔をしてしまうかもしれないと思い、静かに2階へ行こうとすると藤原は俺が帰ってきたことに気づいた。
「八神くん、お帰りなさい」
「た、ただいま……。お母さん、仕事で帰り遅いらしいから夕飯作るけど食べたいものある?」
好きなもの、嫌いなものがわからないので何が食べたいのか尋ねると彼女は本を静かに閉じてソファから立ち上がった。
「好き嫌いはないのでお任せで。作るのでしたら私もお手伝いします」
藤原は胸の前で小さく拳をぎゅっと握る。その仕草は小動物のような可愛らしさがあった。
「じゃあ、生姜焼きでも作ろうか」
「はい」
教室では遠くから見るだけの存在で話すことのない俺と藤原だったが、今、こうしてキッチンに並んで立ち一緒に料理をする、こんな日が来るなんて思わなかった。
「そうだ、今日はノートありがと。おかげで小テストなんとかなった」
フライパンで肉を焼きながら隣でサラダ作りをしてくれている彼女に今朝のことでお礼を言う。
「いえ、お役に立てて良かったです。話は変わるのですが、八神くんはご友人には私のことはお話ししましたか?」
「いや、話してないよ。藤原と一緒に住み始めたなんて言ったら男子に殺意向けられそうだし。藤原は?」
「私は話す人もいませんし、八神くんが困るかもしれないので誰にも話してません」
彼女はそう言って一度言葉を止めてゆっくりと俺の方に体を向けて人差し指を口元に当てた。
「クラスの方には内緒、ですね」
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