第9話:ダブルデート

 彼女と付き合って数日経った頃、安藤さんの彼女の提案でダブルデートをすることになった。正直、月子と二人きりの方が良かったが、乗り気な月子を見ると断れなかった。

 ダブルデート当日。待ち合わせ場所に早めに行くと、既に安藤さんが居た。


「早いな」


「安藤さんこそ。いつから居るの?」


「海で良いよ」


「じゃあ海、いつから居るの?」


「さっきだよ。たまたまこの辺に用事があって、その用事が思ったより早めに終わってね」


「ふぅん? 楽しみで早めに着いちゃったとかじゃなくて?」


「別に。むしろ憂鬱。なんで四人でデートしなきゃいけないんだ」


「分かる。君も断れなかったんだ?」


「そ。月子のこと、あんなに敵視してたくせにすっかり懐いちゃって。確かに、愚痴聞いてやってとは言ったけどさぁ……」


「はぁ? ちょっと! 変なお願いしないでよ! あの子、頼まれたら断れないんだから」


「じゃあ代わりに君が陽子の愚痴聞き係になってやって」


「なんでよぉ。君が聞いてやれば良いでしょ。恋人なんだから」


「恋人だからこそ言えない愚痴もあるだろ」


「ああ、そういうこと……私は無いよ。月子に不満なんて一つもない」


「嫉妬深そうな君があの八方美人に不満一つないとは思えないけど」


「……」


「はは。あるんじゃん。聞いてあげよっか」


「結構です」


「あんまり溜め込むと身体に良くないよ?」


 海が揶揄うように笑ってそう言った瞬間だった。「この浮気者ー!」と叫びながら誰かがこちらに向かってきた。海の恋人の朝川陽子さんだ。その後ろを月子が慌てて追いかけてくる。


「うおっ。びっくりした。なんだよ居たのかよ」


「ごめんね。なんかちょっと、話しかけづらい雰囲気だったから」


「そう。だから月子と一緒に監視してたらなんか『溜め込むと身体に良くないから』とか聞こえてきて……なんの話してんだよ! 変態!」


「どっちがだ」


 呆れる海。どうやら彼女は私が海に口説かれていると勘違いしたらしいが、私はそんな風には感じなかった。というよりは、海からそういう目で見られるという発想がなかったと言った方が正しいかもしれない。海が彼女に向ける感情は私が月子に向ける感情と同じものであるという認識ではあったが、男子達が私に向ける感情とは結びつけられなかったから。結びつけたくなかったが正しい。そこを結べば私の月子に対する想いもイコールで結ばれてしまうから。それを話すと陽子は気まずそうだった。


「私、海に一目惚れだったので……見た目に恋してるから……」


「でも、見た目にしか興味ないわけじゃないでしょう?」


 月子の言葉に朝川さんは全力で頷く。それを見た海は「それが伝わってなかったら付き合ってねえよ」と笑う。その優しい微笑みに思わずドキッとしてしまったが「私が帆波を好きになったのも同じ理由だなぁ」と言う月子の照れ笑いに一瞬で上書きされた。

 それから、目的地である遊園地に向かって四人歩きながら、陽子は語った。海の関係を誰にも話せずにずっと苦しかったと。四人で遊びたいと言われた時は正直、面倒だと思った。だけど渋々月子に付き合って、他人と恋の話をする楽しさを知った。海が月子に、陽子の愚痴を聞いてあげてと頼んだ想いも。

 月子も楽しそうに笑っていたが、ふっと急に暗くなる。理由を聞くと彼女は「ちょっと、私にこの幸せを掴むきっかけをくれた人のこと考えちゃって」と言う。海のことではなく、鈴木くんのことらしい。


「彼が、私に海と話すきっかけをくれたんだ」


 彼にも幸せになってほしいと、彼女は語った。

 優しい彼女がそう想いを馳せる彼のことを、私はどうしても信用出来なかった。すると陽子が言う。「あの人、海にしか興味ないから大丈夫だよ」と。海に危害を加えないという信用は出来なくとも、自分や他の女の子に危害を加える人間ではないことは信じられるらしい。


「海はもうちょっと警戒した方がいいと思うけど」


 そう言う陽子に対して海は「また始まった」とため息を吐く。私は陽子と同じ意見だったが、月子は海の味方についた。だけど正直、海の気持ちは分からなくはなかった。分からなくはなかったから、余計に苛ついた。そしてその苛立ちをこれ以上二人にぶつけたくなくて、陽子を連れて二人から離れる。二人も私の想いを汲んでくれたのか、追いかけては来なかった。

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