第2話:出会い

 彼との一件があってからすぐに、私は別の学校に転校した。親切な女の子が、友達になってくれた。しばらくすると彼女に好きな男の子が居ると打ち明けられた。ああ、またこのパターンかと思いながら、私は彼女の恋を応援した。彼女の好きな男の子は、どことなく彼に似ていて、嫌いだった。あんなのを好きになる彼女のことも、嫌いだった。それでも私は彼女と友達のフリをした。その方が本音を打ち明けて孤立するよりずっと楽だったから。彼女が好きな男の子とも極力関わらないようにしていたが、偶然にも委員会で一緒になってしまった。ただそれだけのことで、彼女は機嫌を損ねた。弁解するのも面倒で、私の方から彼女を捨てた。

 中学に上がる頃には私は孤立していた。姉や両親は心配してくれたが、学校生活に特に支障はなかった。陰で悪口を言われるくらいで、幸いにも直接的な嫌がらせは何もなかったから。


 ある日の放課後。その日は雨だった。私は傘を忘れ途方に暮れていた。借りれる友人はおらず、頼めば貸してくれそうな男子は山ほどいたが、頼れば色々と面倒なことになりそうで嫌だった。なにより、頼ることで自分に気があると勘違いされるのが嫌だった。濡れて帰るしかないなと覚悟を決めて一歩踏み出したその時だった。


「あの。良かったら送って行こうか?」


 少女とも少年とも取れるような声だった。振り返るとそこに居たのは女子だった。背が高く、見上げた顔も美少年という感じだったが、制服はスカートだった。「白王子、あの子と仲良かったっけ?」と、声が聞こえてくる。白王子というあだ名には聞き覚えがあった。カッコいいよねと噂されていたから男の子だと思っていたが、女だったらしい。「誰にでも優しいからなぁ。利用されてるんじゃない?」という声を聞いて、彼女が私に声をかけた理由を察する。孤立して可哀想な私に優しくすることで、好感度を稼ごうとしているのだろうと。しかし、この雨の中濡れて帰るよりはマシだと判断して素直に甘えふりをした。彼女はそれが愛想笑いであることに気付いたのか苦笑いしたが、流してそのまま私を連れ出した。


「濡れてない? 大丈夫?」


 そう言って彼女は私の方に傘を向ける。自分が濡れることなどお構いなしに。その優しさが、私には不気味で恐ろしかった。


「君、天龍さん……だよね。白王子って呼ばれてる」


「うん。そうだよ。私は天龍月子。君の名前は?」


「……帆波ほなみ水元みずもと帆波ほなみ


 名乗ると、彼女は歩きながら私の名前を復唱する。記憶を辿るように上を見て「ああ」と小さく声を漏らす。私のことを知っているかと問うと

「噂で名前くらいは聞いたことあるよ」と答えた。そしてこう続けた。


「けど、それが本当かまでは知らない。君と話すのは今日が初めてだし、顔すら知らなかった。だからみんなが噂する水元帆波さんが、君のことを指しているのかもわからない。もしかしたら同姓同名の別人かも」


 思わず足を止めた。なぜこの人は初対面の私にそんなことを言えるのだろう。見上げた顔から、下心は感じない。それがまた不気味で、開かされかけた心の扉を押さえつけ、警戒心を強める。


「あの光景を見て、よくそんなこと言えるね」


 しかし、彼女は怯まずに真っ直ぐに私の目を見て語った。


「噂の水元さんは、男子達が自分を巡って争う様を見るのが趣味で、人の男にも平気で手を出して、飽きたら捨てる。そんな感じの悪趣味な女らしい。けど……私には君が、男子達から向けられる好意を、女子達から向けられる嫉妬を、自分のステータスだと誇りに思っているようには見えなかった。あの状況を楽しんでいるようには全く見えなかった。だから、噂に聞く悪女はきっと君じゃない」


 そう語る彼女の目は不気味なほど澄んでいた。吸い込まれそうで怖くて、目を逸らして足を進める。彼女は私を濡らさないように、慌てて着いてくる。

 本当の優しさなんてない。優しさにはいつだって裏がある。女だからと仲間外れにされた私を拾ってくれたあの子は、可哀想な私に優しくする優しい自分を周りにアピールするため。彼女に利用される私を心配してくれた彼は、私を自分の物にしたいという欲望から。彼に酷いことをされてショックを受ける私を慰めてくれた人達は、罪悪感があるから。私が濡れないように雨から守ってくれるこの人もきっとそう。周りから良い人だと思われたいだけ。しかし、パフォーマンスなら観衆が居ない時までやる必要はない。二人きりになっても優しいふりを続ける必要などない。途中で見捨てたところで、私を信じる人間など居ない。私が被害を訴えたところで、彼女を貶めようとしていることにされるだけだ。自分の株を上げるならむしろ、見捨てた方がメリットがあるかもしれない。だけど彼女はどこまでも着いてくる。私を濡らさないように、自分を犠牲にしながら。なんなんだ。


「……私も君の噂は聞いてる。誰にでも優しい、王子様みたいな人だって。……八方美人で薄っぺらい人間なんだろうって、思ってた。私に傘を差し出したのも、ただ周りからよく思われたいだけだって」


「思ってたってことは、今は違うって思ってる?」


「……」


「……家、こっちであってる?」


「……」


 彼女のその問いを無視して意味もなく歩く。これだけ不快な態度を取られても、彼女はイラつく様子は一切見せず、黙って私に付き添った。

 やがて根負けした私は、彼女に正直に話した。人を信じるのが怖いと。信じたい気持ちはあった。だけどそれを打ち明けるのが精一杯だった。すると彼女は言った。さっき君が言ったことは間違いではないと。


「……私は、王子様じゃない自分が好きじゃないから。……王子様だと、思われていたいんだ」


 だけど本当の自分を見てほしい。受け入れてほしい。白王子の仮面を外して、彼女は私に語る。仮面を外した彼女は弱々しかった。そのか弱い姿が、誰にも信用されずに泣いていたあの頃の自分に重なる。


「……私は、王子様ぶってる天龍さんは好きじゃない。ずっと思ってた。胡散臭いって」


「は、はっきり言うね……」


 彼女は苦笑する。だけど、どこか嬉しそうだった。王子様の仮面の下に隠れていた小さな女の子が、私を見つけてくれてありがとうと笑っているようだった。


「「ねえ」」


 二人の声が重なる。


「「私達、友達になれないかな」」


 互いに譲らずに口にした言葉が一言一句違わずに重なり、どちらからともなく笑い合う。その日私は久しぶりに心の底から笑った。

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